第5話 お前は泣くか笑うか?

 部屋を急いで探すが、やはりない。アルスは最悪の想像をした。

 まさか俺が寝ている隙に家に入り込んで盗みを働いていたのかと。

 金品よりナナの方が心配だ。彼は急いでナナの休んでいる部屋まで駆けつける。


「ナナ。何もされていないか。大丈夫か?」

 返事がない。

泥棒でもあり、人身売買の業者でもあったのか。

 ナナはどうなっているだろう。

 とても恐ろしい目に遭わされているのではないか。心配になった。


「女将さん。俺と一緒にいた女の子がここを出て行くのを見ていませんか?」

「これ」

 女将はアルスに一通の手紙を差し出す。

「これは?」

「あんた宛の手紙さ。連れに渡してくれって言ってたよ」

「読んでいいですか?」

「私は頼まれたことをしただけだからね。それじゃ」

 女将は手紙を渡すという仕事を終わらせて、そそくさとその場から去っていた。

 アルスは誰もいないことを確認して手紙を読む。


 アルスヘ。

 私、あなたに伝えなくちゃいけない事が一つあるの。

 実は病気の弟なんて嘘です。

 この手紙をしたためたのは、私との別れを惜しまず次に進んで欲しいからです。

 だからこの手紙を見たなら、私のことを忘れて一人で旅を続けてください。

 あなたの人生が少しでも良い方に向くことをお祈りしています。


「なんだよ、それ。なんで俺なんかを騙すために来たんだよ」

 アルスはナナに対してどうしようもない感情が湧いた。怒りか、悲しみか? 

 言葉で言い表せない感情が駆け抜けたのである。

 様々な感情が暴れ狂った後、ある一つの答えに辿り着く。


「クロキってことは二人共セレにいる可能性もあるかもしれない」

 アルスはまたもや黒木かという思いがあった。

 自然と彼だと決めてしまっていたが、最早ただの偏見ではないという確信があった。


心の中がどうしようもなくもやもやしてたまらなかった。アルスはセレ行きの馬車の待合に急いで向かう。

 御者に、昨日隣にいた女の子がやってきたかどうかを尋ねる。


「ああ。そういえばその子はセレの方へと向かっていったな」

「一人でですか?」

「うん。君の方は具合悪くなったから先に向かっているっていう風にな」

「そんな……じゃあ、朝一の馬車は出発してしまったんですか?」

「ああ。これで午前の便は終了したよ。

次は昼の二時からの便になるけどどうする?」

「いえ、結構です」

「俺も彼女を追わせてやりたいと思うが商売だからな。すまんな」

「いえ。言う通りです。俺の方でもなんとかなるように検討してみます」


 アルスは御者に一礼した後村を出て、

「セレーナ様。答えてくださいセレーナ様」

「私はゲームのヘルプじゃないんですよ。

お手軽に呼び出さないでください、アルス」

「その。俺の仲間がセレに向かってしまったんですけどどうすればいいですか」

「追えばいいんじゃないですか?」

「追う手段がないんですよ。

だから、力を貸してください。

ペガサスの馬車とか、そういう感じの貸して下さいよ」

「無理です。旅立ったばかりなのにバランスブレイクする気ですか、あなたは」

「あいつ。クロキに脅されて

こんなことをさせられているかもしれないじゃないですか。

だから、俺はあいつを助けたいんですよ」


「ナナ・セレーンが望んでやっているとしたら?」

 セレーナに問われると、アルスは一瞬躊躇った。

「かもしれません。けど、それでもし違ったら俺は一生後悔してもしたりません」

「だから、追いたいと」

「はい」


「分かりました。そこまで彼女を助けたいというのなら、神の下に俊敏性のステータスを一時的に爆上げしてあげましょう」

「ありがとうございます。それで、どのくらい速くなるんですか?」

「馬車で四時間掛かる所を一時間で辿り着くことが出来るようになります」

「それってほんとうですか?」

「はい」

「それならそれをお願いします」

「分かりました。アルスの覚悟は受け取りました。

早速、俊敏性のバフを行いましょう」

 と言ってセレーナは呪文をまたもやブツブツ唱えた。彼女の指が緑色に輝く。

 その力は指をさされたアルスの下に譲渡された。

 それを示すかのように、彼の身体は緑色の光を帯びている。

「よし。ちょっと走ってきまっ」

 あまりにも早くなりすぎて転んでしまった。

「やっぱりか。根本的なステータスを上げないと、それを活かせないみたいですね」

「使いこなせなくても、何度転ぼうが俺は諦めませんよ」

「ごめんなさい。全然力になれなくて」

「いえ。いつもいつも助けてもらってばかりで頭が下がりません。ここまで来たら超ダッシュしてセレへ向かいます」

「分かりました。私も陰ながらあなたのことを応援しています。

どうか、ナナ・セレーンを救ってあげてください」

 女神はそれを言うと、いつもと同じように姿を消した。

 アルスは話を終えた後、全力ダッシュでセレを目指したのであった。


 セレ地下の一角は一種のスラム街のようになっていた。

 ドワーフやエルフ、魔族、人間の奴隷や様々な種類の落伍者や

社会的弱者がみっしりと集まっている。

 まさに負け犬達の吹き溜まりといっても差し支えない。

 そんな彼等を一つにまとめているのが勇者であるタケシ・クロキだ。

 身長百九十五センチ。体重九十五キロ。

 脂肪がなく、筋肉がバランスよく付いた均整の取れた身体をしている。

 彼は不法投棄された質の悪い木椅子にふてぶてしく座りながら、

 ある人物の帰還を待っていた。


「よぅ。ナナ・セレーン。この勇者様から買う薬代は作って来たか?」

「これで二百セリスです」

「残念。薬の価格が暴騰してしまってな。

薬代はなんと三倍の六百エリスになっちまった」

「六百エリスなんて用意出来ませんよ」

「払えない? だったらどうする? 

こいつらの慰み者になるか? 

てめぇの身体で残りの四百セリスを稼ぐのに何年掛かるかしれねぇけどな」

 勇者は嫌味に笑って見せる。


「黒木。お前って奴は相変わらず最低だな」

「お前の人生程じゃねぇよ。大木」

 ナナに向かって低い声で言った後、クロキは取り巻き達に問う。

「こいつが俺のことを悪者だと言うんだと。

こいつと勇者の俺様、どっちを信じるよ。なぁ、皆」


「そりゃ勇者クロキ様の方に決まってますよ。こんな見てくれだけの雑魚冒険者の言葉なんて誰も信じませんよ」

「ええ。俺も同意です」


 クロキの取り巻きの住民が大袈裟に頷いて見せる。

 他の人達もナナを馬鹿にするようにニヤニヤと笑っている。

 ナナ以外の人間は全員、勇者クロキを信じるという話なのだろう。

「じゃあ。どうする? 後、四百エリス。どう稼ぐ?」


「金持ちそうな冒険者を騙せばいいの?」

「正解。流石だな、ホモ野郎。

金持ちそうな汚らしいおっさん引っ掛けて楽しんで来いよ。

念願の女になったんだからそのくらいの仕事しなきゃなぁ」

 クロキはナナに向かって侮蔑の言葉を吐いた後、哄笑する。

「なぁ、ナナ。あいつは見つかったのか?」

「知らない」


「転移者、転生者も皆成長(レベルアップ)出来る可能性がある。つまりてめぇがそれを隠すってことは俺と敵対することになるぞ」

「知らないって!」

 クロキはナナの反抗的な態度が気に入らなかったようだ。


「大木。お前はなんで俺に逆らおうとしている?」

「お前が大嫌いだからだよ。糞野郎」

 クロキはナナの罵倒を聞いてにやにや笑う。

 彼女の態度から、それが十分理解出来たからである。

「なんだよ。なに考えてる?」

「くっくく。お前は泣くか笑うか?」

 クロキは不敵に笑うのであった。

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