第8章 『思わぬ危機』          全25話。その11。

        11 思わぬ危機。



(なぜだ、なぜこんな事になった。そうだ、確かスマートフォンや固定の電話が使えないからという理由で、俺はこのロープウェイのゴンドラに乗って麓へと降りて、下にいる機械操作をしている従業員に今の現状を知らせて、警察に助けを呼ぶんだったな。だけど……よ~く考えてみたら、いくら一ノ瀬九郎の話で……登山サークルの部員の大石学部長・飯島有・斉藤健吾・陣内朋樹・田代まさやの五人が信用できないと言っても、俺がわざわざ下へ降りなくてもよかったんじゃないのか。いくら『白面の鬼女のせいで』平常心を失っているあいつらでも、最悪俺達を見捨てて逃げる際は警察くらいには連絡をしてくれるんじゃないのか。1年半前に先輩達との間で何があったのかは知らないが、ちょっと大袈裟過ぎるんじゃないかな。それに白面の鬼女の事だが……俺達がロープウェイのゴンドラに乗り込む際は、恐らくはその瞬間を見計らって必ず襲ってくる物とばかり思っていたのだが、どうやら俺の取り越し苦労で終わったようだな。それによ~く考えてみたらロープウェイのゴンドラで下へと降りている真っ最中の俺達をあの白面の鬼女が追いかけて来る手段は当然ない訳だから、必要以上に恐れる事はないのかも知れないな。そうだ、きっとそうだぜ。下に降りて電話を借りて、警察に救助要請をしたら、あの五人の登山サークルの部員達は警察に保護して貰う事にしよう。せっかく助かったのにまたあの殺人鬼がいる山頂に戻す訳には行かないしな。それにハッキリ言って足手まといだ。なので上に戻るのは俺一人だけで十分と言う訳だ。まあ正直、出来ることなら俺も上には戻りたくはないんだが、上に如月栄子さんという依頼人がいる以上……探偵として見捨てる訳には行かないからな。最低でも依頼人の生命は守らないと……後ついでに羊野の奴も回収しないとな!)


 時刻は二十時二分。下に向けてゴンドラが動く中、勘太郎は自分が下へと降りる意味を深く考える。


 注意深く回りに警戒しながらゴンドラに乗り込む際も何故か白面の鬼女はその姿を現さない。そう何故か白面の鬼女はこの絶好の最後のチャンスを見過ごしたのだ。それともただ単にこのゴンドラに乗っている五人の登山サークルの部員の中に白面の鬼女が狙う真のターゲットがいないだけなのか。もしもそうなら山荘ホテルに残っている他の登山サークルの部員達の身が一番危ないと言う事になるのだが……。いろいろと深読みをし過ぎて白面の鬼女の襲撃に本気で怯えていた勘太郎は(白面の鬼女は絶対に俺達を追っては来れない)と言う言葉を心の中で何度も繰り返しながら、無理矢理に安堵の溜息をつく。


「ふう~、風も少し出て来たし雪もチラホラと降って来たな。これは早く下に降りて助けを呼ばないと上に再び戻る事は難しくなるぞ。しかし、山の下に広がる森は漆黒の闇だというのに町の方は様々な家やビル群の光で輝いているな。中々に幻想的で綺麗な光景だぜ」


 麓へと降りるゴンドラの窓から外の景色を眺めた勘太郎は現実から逃避するかのように闇と光が織り成す幻想的な光景を楽しむ。


 もうすっかり日が落ち、明かりが無いと外を歩く事もままならなくなっている冬山の外の闇は昼間の光景とは全く違い、暗く不気味な世界が何処までも続く別の顔を覗かせる。

 山頂付近にあったロープウェイ乗り場の明かりは既に見えず、このゴンドラの明かりと、遙か遠くの先に見える麓のロープウェイ乗り場の明かりだけが今の登山サークルの部員達には渇望する希望の光のようだ。


 その証拠に、勘太郎を除く五人の登山サークルの部員達は皆下へと降りるのを待ちきれない様子で闇の世界の先に広がる街の明かりを上から眺め、到着するその時を今か今かと待ちわびているようだった。

 後数分で到着するゴンドラの中で長椅子から外を眺めていた大石学部長が行き成り声を上げる。


 大石学部長・「もう少し、もう少しで下に着くぞ!」


 飯島有  ・「早く、早くしてよ。このゴンドラ意外と遅いわね、イライラするわ!」


 陣内朋樹 ・「飯島先輩、もう白面の鬼女に襲われる心配は無くなったんですから落ち着いて下さいよ。下に降りたら後はそのまま家に帰るだけですよ!」


 田代まさや・「やっぱり俺達が先に山を降りたのは正解でしたね。これで少なくとも俺達だけは助かりましたからね」


 斉藤健吾 ・「下に降りたら俺達でまずは祝杯をあげようぜ。俺達はこの山から……いいや、あの白面の化け物のいるテリトリーから無事に生還したんだ。しかし上に残った後輩達も大変だよな。救助を養成して警察が駆けつけるにしても、俺達が乗ってきたゴンドラをまた上まで上げないとあいつらはゴンドラに乗り込む事も出来ないからな。あの隠れる所が限りなく限定された凍死が伴う闇の山頂で、後輩達は今もその恐怖にブルブルと体を震るわせながらその絶望的な不安に必死に耐えている事だろうぜ。そうつまりはロープウェイのゴンドラが戻らない限り、あの山頂からは絶対に逃げられないと言う事だ。それに……これからの天候次第ではあいつらの救助は明日の朝になってしまうかも知れないな。今日の深夜には天候がかなり荒れるらしいからな。それまでに、あの赤いワンピースを着た白髪の女が大人しくしていたらいいんだけどな!」


 四人一同「ハハハハハハ~、違いないぜ!」


 ついさっきまでいた山頂での出来事をまるで過去の話の用に……人ごとのように話すそんな彼らに勘太郎は思う。


 今もあの山頂で殺人鬼の恐怖に怯え、耐えている後輩達の事は、もうどうでもいいのかよと。

 まあ確かに、白面の鬼女の襲撃に怯える心配は無くなり、後は麓に降りて下のロープウェイ乗り場で機械を動かしている係員の人にでも今の状況を話すことが出来れば、後は警察やら山岳救助隊やらがまだ上に残っている人達を直ぐにでも助けに行ってくれる事だろう。なのでかなり安心ではあるのだが、それでも救助隊が助けに来てくれるまでにはそれなりに、かなりの時間が掛かりそうだ。


 まず第一に救助隊は、夜は二次災害を防ぐ為に余り動かないので最低でも助けが来るのは翌朝の朝方頃だと思われる。

 なので、それまでに何とかして殺人鬼の脅威から身を守り、今いるみんなで協力をして隙を作らない用にする以外に方法は無いのだ。


 風と雪がやや強くなり順調に進むゴンドラが少し揺れるのを体で感じた勘太郎は、外を眺めながら窓にへばり付く学生達に向けて言う。


「少し落ち着いて下さい。下に降りたら先ず俺達がやらないと行けないことは、下にいるであろう係員の人に現在、上で起きている緊迫した状況を伝え、警察に通報をする事です。上にはまだあなた達の後輩や他の人達がいるんですから余り浮かれた発言は不適切だと思いますよ」


 勘太郎の指摘に「な、なんだとう!」と逆上の声を上げる斉藤健吾だったが、そんな斉藤健吾を大石学部長が止める。


「確かに探偵さんの言うとおりです。正体不明の殺人鬼から逃げ延びることが出来た安堵からつい喜びが先に出てしまいました。上にはまだ他の登山サークルの仲間達や如月栄子さんに、あの羊のマスクを着けた探偵助手さんもいたんでしたね。そうです、喜ぶのは全員が無事に帰ってきてからです。つい嬉しくて、はしゃいでしまってすいませんでした」


 深々と頭を下げる大石学部長に釣られて飯島有・斉藤健吾・陣内朋樹・田代まさやがそれに続く。


(可笑しい……一見見る限りでは礼儀正しく常識人で仲間達からの信頼もあつい用なのだが、なのになぜ二井枝玄や一ノ瀬九郎は彼に警戒するかのような事を言っていたのだろうか。まだまだ分からないことが多すぎる。彼らはまだ俺が知らない本性をまだ見せていないだけなのだろうか。それとも大石学部長に過敏な反応をしていた二井枝と一ノ瀬が、ただ単に不信と偏見で大袈裟に言っているだけなのだろうか? その真相はまだ分からないが、まだ上にいる他の登山サークルの部員達が皆無事に帰ってくるまでは彼らから目は離せないと言う事だけは確かなようだ。)


 そうこうしている内に街の明かりが徐々に近づき、無事に下のロープウェイ乗り場の到着地点にたどり着いた勘太郎と登山サークルの五人の部員達は、ゴンドラのドアが自動で開くと、皆急ぎ足で係員がいると思われる運転室へと向かう。


 その運転室でペットボトルのお茶を飲んでいた係員のおじさんを見つけた登山サークルの学生達はその場へと駆け込むと、勢いに任せて皆バラバラに話し出す。


「は、白面の鬼女が……赤いワンピースを着た白い髪の女が現れたんですよ!」


「お、お願い、お願いです……警察に……警察に連絡して……人が殺されたの……早く助けて!」


「俺達、あの山頂から逃げてきたんだ。まだ上には人が何人もいるから早く助けてやってくれ!」


 などと登山サークルの部員達が皆一斉にバラバラに話した事で係員のおじさんは状況が呑み込めず思わず聞き返す。


「はあ? お客さん達……さっきから一体何を言っているんですか。赤いワンピースを着た女が……白面の鬼女がなんですって?」


 緊迫した顔をしながら大勢で機械室に乗り込んで来た登山サークルの部員達に困惑していた係員のおじさんだったが、そんな係員のおじさんに後から来た勘太郎が上で起きている状況を説明する。


「俺達が泊まっている山頂の山荘ホテルで殺人事件がありましてね。山荘ホテルの臨時の管理人の小林さんが謎の犯人の襲撃に遭って亡くなってしまったんですよ。しかもホテル内に設置してあるはずの固定電話の配線がその謎の犯人に切断されたようなので、俺達は下と連絡を取る為にこのロープウェイのゴンドラに乗って下へと降りて来たんですよ。電波塔もないので山頂では当然スマホも使えませんからね。なので至急警察に連絡をお願いします!」


 上で起きている状況の説明を淡々と話す勘太郎の言葉に酷く驚いた係員のおじさんは直ぐさま地元の警察に連絡を入れる。


「……。」


            *


 数分後。


「これで大丈夫じゃ、すぐに警察の応援が来てくれるはずだ!」


「本当ですか、それは有難いです。まだ上にいる他のみんなも早く救い出してやらないと!」


「そうだな。だがあの小林さんがその赤いワンピースを着た犯人に殺されてしまうとはな、正直驚いたよ。この山に伝わる白面の鬼女伝説は私も勿論知っているし、その幽霊の目撃例や不審な怪事件もたまに起きてはいたが、まさか直接あの白面の鬼女に殺される者まで現れるとは流石に思わなかったよ!」


 かなり驚きながら係員のおじさんが言葉を発したその時、外の方で何かが爆発する音とその後に何かが崩れる音が勘太郎達の耳に聞こえてくる。



 ドッカンアアァァァァァーン! ゴゴゴゴォォーガラガラガラガラ!



 どこか遠くの方で爆発音にも似た何かをはっきりと聞いた勘太郎や係員のおじさんを始めとした他の登山サークルの部員達は、何が起きたのかを確認する為に皆一斉に外へと出る。


「な、なんだ、今の音は?」


 勘太郎の呟きに、大石学部長がもしやとばかりに口を開く。


「ま、まさか、雪崩や土砂崩れでもあったんじゃ無いだろうな?」


「そんな……その音のした方角って街に続く道路の方じゃない。あの道沿いには切り立った山やトンネルがあるから道が塞がれたらひとたまりもないわ。い、嫌よ、こんな時に、このタイミングで帰れないだなんて……絶対に嫌よ!」


「とにかく車で様子を見に行こうぜ。俺達の車はここの駐車場のパーキングエリアに止めてあるから、いつでも出せるぜ!」


 飯島有をなだめながら車を取りに行く斉藤健吾は、大急ぎでその場を離れる。車を取りに行く斉藤健吾の後ろ姿を何気に確認した勘太郎は、近くにいる係員のおじさんの方に顔を向けると、これから登山サークルの部員達と一緒に雪崩が起きたと思われる現場を見に行く事を告げる。


「じゃ俺達はちょっと雪崩の現場を見てきますので、今現在こちらに向かっていると思われる警察と俺達が万が一にも行き違えたら、その時は説明の方をよろしくお願いします。おそらく警察は別の道を使ってここまで来ると思われますから、なにも心配はないはずです」


「分かりました、その時は私が警察に詳しい説明をして起きますね。そんな事よりも再び雪崩がまた起きるかも知れませんので、二次災害には充分に注意をしてくださいね!」


「分かりました。では行って来ます」


 そう言葉を返すと勘太郎と他の登山サークルの部員達は皆一斉に運転室の扉を開けると、そのまま休憩所の建屋から外へと出る。


          *


 五分後、九人乗りのワゴン車をロープウェイ乗り場・売店前に横付けした斉藤健吾は、登山サークルの四人とおまけの勘太郎を乗せながら、崩落したと思われる現場へと車を走らせる。


 街に続く道路を五百メートルほど走らせた斉藤健吾が運転する赤いワゴン車は不安がる他のみんなを後部座席に乗せながら重々しく走る。

 パラパラと雪が降り積もり、風が吹く道路を赤いワゴン車は左に右へと軽快に走るが、大きな坂の下をワゴン車が通りかかろうとしたその時、勘太郎達の目に飛び込んできた光景は余りにも無情な物だった。


 その光景を見た大石学部長は悲嘆に暮れた表情を向けながら思わず口を開く。


「くそ、やっぱりそうか。雪崩か土砂崩れかは分からないが、雪と土砂で道が完全に閉ざされてもうこれ以上先に進む事が出来ないぞ!」


「この雪や土砂の量だと、ここが開通するまでに二~三日は掛かるだろうな」


 しみじみと言う大石学部長と斉藤健吾に、飯島有はヒステリックに声を荒げながら言う。


「じゃあ別の道から行きなさいよ。それで街へ出ればいいでしょう!」


「残念だけど、車で行ける道はこの国道の道一本しか無いんだ」


「なんですてぇ~! でもさっき探偵さんとあの係員のおじさんとの会話で、警察は別の道を使ってくるかも知れないとか言っていたじゃない!」


「あれは探偵さんがこのロープウェイ乗り場の事を知らないから言えた言葉だよ。確かに夏は他の道路も使えるが、冬の季節は今俺達が走っているこの一本道しか確か使えないはずだ。あの係員のおじさんも気が動転していたせいか、その事を伝え忘れていたみたいだけどな」


「そんな……じゃ~これから一体どうするのよ。これじゃ街にも行けないじゃないのよ。あなた達何とかしなさいよ。だからこんな所に来るのはいやだったのよ!」


「いや~そんな事言われても……」


 相変わらずの無茶ぶりに静まり返る車内の中で、勘太郎はその場の空気を変えるかのように口を出す。


「とにかく車から降りて状況を確認して見ましょうよ。何かいい打開策が見つかるかも知れませんよ」


「そうだな、そうしよう」


「ええ、そうですね」


 勘太郎の提案に飯島有を除く男子部員達が、皆助かったとばかりに続々と車から降り、五十メートル先に見える土砂崩れの現場へと足を向ける。

 降りしきる雪が強い風で宙を舞う中、土砂崩れの現場に着いた勘太郎達は、各々が持ってきていた懐中電灯で辺りを照らしながら状況を確認する。


「これは凄いな、これは完全な土砂崩れだな。五十メートル先くらいまで土砂で道が埋め尽くされているぞ」


「どうやらそのようだな。これじゃ車はおろか人の足でも、とてもじゃないが通ることは出来ないぜ」


「じゃあ~今夜はどうするんだよ。ワゴン車で野宿かよ?」


「それしか無いだろう。明日の朝になれば、恐らくは救助ヘリが助けに来てくれるさ。それまでの辛抱だ」


 仕方がないとばかりに話し合っている四人の大学生達に勘太郎はすかさず提案を出す。


「いや、ここにいても仕方が無いと思いますよ。取りあえずはロープウェイ乗り場へ戻りましょう。まだロープウェイ乗り場の外にある待合室や休憩所の方が暖かいし広いし、何より売店には食料もありましたよね。それに救助ヘリが助けに降り立つとしたら、それは広いパーキングエリアがあるロープウェイ乗り場の前だとは思いませんか」


「「たしかに!」」


 勘太郎の話に大きくうなずいた登山サークルの部員達は、どうやら待合室や休憩所があるロープウェイ乗り場の方に戻る気になってくれたようだ。


 今後の話をしながら盛り上がる大学生達を尻目に土砂崩れの現場の前に立った勘太郎は、その崩れた爪痕にマジマジと目を向ける。


(山の山頂のホテル周辺では白面の鬼女が出没し、下ではまるで俺達を逃がさないとばかりに土砂崩れで唯一の逃げ道を塞がれる。

 こんな偶然が果たして本当に起こりえる物だろうか。

 もし、この土砂崩れが自然に起こった物では無く、人為的に起こした物だったのだとしたら、この犯行は用意周到に練られた計画性のある物と言う事になる。

 もし、俺の考えが正しかったのだとしたら、白面の鬼女の殺人計画はまだ始まったばかりと言う事になる……)


 勘太郎がそんな事を思い巡らせていたその時、五十メートルほど離れたワゴン車から「きゃああああーああぁぁーっ!」という若い女性の悲鳴が聞こえて来る。

 その悲鳴の方角を思わず見た登山サークルの男性部員達四人とおまけの勘太郎は、あってはならない現実に驚き体を硬直させる。

 なんと山の山頂に居たはずの、あの白面の鬼女が、何故かワゴン車の前に立っていたからだ。


 この雪風が吹き乱れる寒空の中、血塗れの長袖のワンピースを着た白面の鬼女は、長く伸びた白髪を不気味に風になびかせながら手に持つ片手鎌の刃先をワゴン車のタイヤに深々と突き刺す。


 その瞬間周りに空気が抜ける音が響き渡り、ワゴン車のタイヤがパンクをした事を告げる。


 既に四輪のタイヤに鎖鎌の刃先を突き刺し穴を開けていた白面の鬼女は「キイイイーィィッ、キッイイイイイイイイイイイイイーィィィ!」と訳の分からない雄叫びを上げながら、片手に持つ鎖鎌で(飯島有のいる付近の窓ガラスを)狂ったように叩いて見せる。

 その度に車内から叫び声をあげる飯島有を遠目で見ながら、勘太郎達は信じられないとばかりに震えて立ち竦む。


「ば、馬鹿な……何であの白面の鬼女がここにいるんだよ。奴は一体どこから現れたんだ?」


「て、言うか、あいつはあの山の山頂にいたはずだよな。だったら絶対におかしいぜ。少なくともここにいる俺達は誰よりも早く下のロープウェイ乗り場に降り立ったんだぞ。先回りなんか絶対に出来ないはずだ!」


 陣内朋樹と田代まさやが震えながら話すその隣で、勘太郎は五十メートル先にいる白面の鬼女に注意を払いながら考える。


(確かにそうだ。少なくともここにいる人間は皆白面の鬼女を見ている人間だ。つまり、全員が白と言う事だ。

 仮にあの白面の鬼女が人間の仕業だと言うのなら、少なくとも犯人は、あの管理人の小林さんが殺された時に現場にいなかった人と言う事になる。

 たとえ仮に、あの山頂ホテルの中に犯人がいたとしても、俺達よりも早く山頂を下り、街へと続く道を爆薬か何かで完全に封鎖し、俺達がこの現場に来るのを予測し、更には計画的に俺達を待ち構えていたと言う事になる。だがそんな事は普通の人間には到底出来ない芸当だろう。

 まさに不可能な事であり、やはり妖怪や幽霊の仕業としか思えない……そんな出来事のはずなのだが……さてさて、これは一体どうした物かな……。

 それに百歩譲って、このトリックを実現させるとしたら、少なくとももう一人くらいは確実に協力者が必要になる。

 そう考えるのなら、あの白面の鬼女と呼ばれる人物は、山の上にいる人物と麓の下にいる人物と、少なくとも二人は確実にいると言う事になる。そうなるはずなのだが……確か羊野の意見は違っていたな。だがあの瞬間移動のトリックをたったの一人で行う事はそれこそ不可能と言う物だぜ。そうだろう、羊野!)


 そうあくまでも一つの可能性であり、まだまだ分からない謎の一つである。


 まるで遠くで尻込みをしている勘太郎達にこの危機的状況を見せつけるかのように、狂わんばかりにワゴン車の窓ガラスを激しく叩いていた白面の鬼女だったが、土砂崩れの方にいる勘太郎の存在に気付くと、その隣にいる四人の登山サークルの部員達に顔を向けながら「ワタシノ……シタイハ……ドコ……ドコナノ……ドコナノ……」と不気味に呟く。


 だがしばらく独り言を言っていた白面の鬼女は急に海老反りに体をのけぞらせると「キイイイーィィッ、キッイイイイイイイイイイイイイーィィィ!」と奇っ怪な奇声を上げながら勘太郎と登山サークルの部員達がいる方へと堂々と近づいて来る。


 そうまるで獲物を逃がさない、血に飢えたハンターのように。


「ひいいいいいーっ、来たああーぁぁ、あの、白面の鬼女だぁぁぁ!」


「ま、間違いない。あれは確かに上で……山荘ホテルで見たあの白面の鬼女だあぁっ!」


「そんな馬鹿なあああーぁぁ。あり得ない……降りられる訳がない。俺達よりも早くこの麓まで、あの白面の鬼女が先に降りられる訳がないんだ!」


 信じられないとばかりに棒立ちになりながらも叫ぶ陣内朋樹と田代まさやに、白面の鬼女は鎖鎌を振り回しながら勢いよく襲い掛かる。


「キイイイーィィッ、キッイイイイイイイイイイイイイーィィィ!」


「うわああーっ!よるなぁ、やめろ、やめてくれぇぇぇ!」


 白面の鬼女が繰り出すその鎌の一撃を寸前の所でどうにか両腕で防いだ陣内朋樹だったがその両腕を隠していたスキーウエアの袖の部分は綺麗に裂け、その二つの腕からは真っ赤な血がポツポツと滴り落ちる。

 その鎖鎌の鋭利な切れ味にしばらく呆然としていた陣内朋樹だったが、徐々に痛みが伝わってきたのか己の置かれている状況に気付き、痛みと恐怖で小さく「きゃあぁぁぁ!」と悲鳴を上げながらその場にしゃがみ込む。


 そんな陣内朋樹を見ていた田代まさやは四つん這いになりながらもその場から逃げようとするが、恐怖のせいか中々立ち上がることが出来ず狼狽する。

 そんな二人の危機を離れた距離から動けずに見ていた大石学部長と斉藤健吾は、あまりの恐怖と緊張の為か体が震えてどうする事も出来ないようだ。


 恐怖で周りが張り詰める中「逃げないと……早く逃げないと……」とうわごとのように独り言を言う陣内朋樹の前に、堂々と仁王立ちをする白面の鬼女が頭上に鎖鎌の刃先を掲げながらその刃先を振り下ろす態勢を取る。


 その瞬間を見た勘太郎の体は勝手に動き「させるかーああぁぁ!」と叫びながら白面の鬼女の腹にタックルを噛ませる事に成功する。


 勘太郎は白面の鬼女が持つ鎖鎌の柄を押さえながらその体に力の限りに抱きつき、大声で叫ぶ。


「今だ! ここにいるみんなで白面の鬼女を取り押さえるんだ。は、早くしろ!」


 そんな勘太郎の自己犠牲とも言える行動と勇気に、四人の大学生達の声と足音が勘太郎に近づいて来たかと思われたが、そのまま勘太郎の横を通り過ぎた他の登山サークルの部員達は皆脇目も振らずに飯島有のいるワゴン車の方へと走り去る。


 そんな事などは知るよしも無く必死の覚悟で白面の鬼女を押さえ付けていた勘太郎だったが、いくら待っても他の登山サークルの学生達の助けが一向に来ない事に大いに焦る。


「早くしてくれ。いったいどうしたんだ!」といいながら顔を上げて見ると、五人の登山サークルの部員達の姿はもう既にそこには無く、パンクしたワゴン車を捨てて全速力でロープウェイ乗り場のある方角へと逃げ去ったようだ。


「う、嘘でしょうおぉぉぉーっ。必死の覚悟で白面の鬼女を捕まえたのに、せっかくのチャンスを自ら棒に振るだなんて、ありえんだろう。それにあいつら、迷わず俺を置いて逃げやがった。くそ、一ノ瀬九郎の言っていた心配ごととはこういう事だったのか!」と叫びながら、必死にありったけの力を込めて白面の鬼女に覆い被さる。


 だが、そんな勘太郎の全力を尽くした力にも関わらず、ゆっくりと力任せにその細い体を引き起こした白面の鬼女は、勘太郎の襟首を強引に掴むと片手背負い投げの要領で勘太郎を空中へと勢いよく放り投げる。


「ぐっわああぁぁぁぁーぁぁっ、あんなに体は細いのに……な、なんて力だ!」


 勢いよく背中から地面のアスファルトに叩き落とされた勘太郎はかろうじて柔道の受けみでその衝撃を裁くが、そのダメージは結構大きい用だ。

 本来なら背中の痛みでしばらくはその場から動けないのだろうが、そんな悠長な事も言ってはいられない。

 何故ならあの白面の鬼女がすかさず次の攻撃に移ることが容易に想像できたからだ。


「うおおぉぉぉぉぉーぉぉ、立てぇぇー俺のからだよぉぉぉぉ!」と叫びながら体を震わせ立ち上がろうとする勘太郎に向けて大ぶりの回し蹴りが飛ぶ。その回し蹴りを今度は腹部に受けた勘太郎は鋭い痛みと胃酸が逆流する嘔吐と共に悶絶しながら、再び凍てつくコンクリートの地面へと叩き付けられる。


「がっはあーっ!」


 ドカン、ゴロゴロ!


 またも無様に地面へと倒れる事になった勘太郎は腹部と背中の痛みで息も満足に吸う事が出来ないのかお腹を押さえながら苦しそうに悶絶する。


(くそ、絶対絶命のピンチだ。まるで細い女性のような体つきをしているのに、その力は圧倒的だ。それに今の戦いぶりからして体術にも精通しているな。これじゃどう逆立ちしたって俺に勝ち目はないぜ。この危機的な状況を覆すには一体どうすればいいんだ?)


 無様に倒れながらもそんな事を考えていると、パンクしたワゴン車の方から走り寄る誰かの足音が近づいて来る。


「ちょっとあんた、いい加減にやめなさいよ。このままじゃ本当に探偵さんが死んじゃうじゃない!」といいながら近づいて来たのは意外な事にあのヒステリックでうるさい飯島有だ。


「飯島さん……あんた……大石学部長達と一緒に逃げなかったのか。て言うか一体何をしに来たんだ……俺に構わずに早く……早くここから逃げるんだ!」


 助け起こそうとする飯島有をかばいながらそう叫んだ勘太郎は目の前にいる白面の鬼女と対峙をするが、何故か白面の鬼女は全く動かない。何かに警戒しながらただ黙って勘太郎の後ろにいる飯島有を激しく見詰めるだけだ。


(なぜだ、なぜ白面の鬼女は俺と飯島有に襲いかかって来ない。今が俺達を襲う絶好のチャンスなのに……?)


 意外にも助けに来てくれた飯島有を後ろに下がらせながら勘太郎がそんな事を思っていると、「イッタイ……ナンノ……マネダ……」と言う白面の鬼女の機械音にも似たたどたどしい声が聞こえてくる。

 その白面の鬼女の謎の答えに解答するかのように勘太郎の後ろにいた飯島有が笑いながら答える。


「いえいえ……私はただ……私を必死で庇おうとする、人のいい黒鉄の探偵に、後ろには十分に気をつけろという警告をしようと思いましてね、わざわざ顔を見せにここまで来たのですよ。フフフフ、黒鉄の探偵は全く甘いですね」


「え、なんだって?」


 その飯島有の言葉に後ろを振り返ろうとした次の瞬間、勘太郎の右腕に何かで切られたと思われる鋭い痛みが走る。


 ザク!


「ぐっわあぁぁぁー、飯島さん……一体何を?」


 その鋭利な切り口と真っ赤な血の色に右腕の袖のウエアーごと突き刺された事を確認した勘太郎は手に持つ懐中電灯を向けながら、今しがた自分を刺した飯島有の姿をマジマジと見る。


「はあ、はあ、はあ、一体なぜなんだ、飯島さん。まさかあんたが白面の鬼女を雇った闇の依頼人か?」


 飯島有の思わぬ裏切りに勘太郎が錯乱していると名前を呼ばれた飯島有は「違う、違うよ、黒鉄の探偵」といいながら負傷した右腕を庇う勘太郎に顔を近づけながら話し始める。


「ハハハハ、流石に状況が掴めず狼狽しているようだな。まあ、口で説明するより実際に見て貰った方が早いか。これが答えだよ、黒鉄の探偵!」


 そう言うと飯島有は自分の顔の頬に手の指を当てるとまるでその厚皮を引っ剥がすのと同時に何かのマスクを被る。


 その素早い一瞬の動きに目がついてこれず、瞬時に地面へとはぎ捨てたショッキングな飯島有の顔の皮だけをマジマジと見ていた勘太郎は、その精巧に作られた狐のマスクを着けた如何にも不気味そうな人物に視線を戻しながらその顔をマジマジと見る。


 その不気味さと狂気を覗かせる狐のマスクを着けた怪しい人物に警戒心を向ける勘太郎だったが、そんな勘太郎にその狐のマスクを着けた謎の人物は一体何がそんなに可笑しいのか、またもケラケラと笑いながら、まるで相手を挑発するかのように話し出す。


「ハハハハ、俺のことを大学四年・登山サークルの部員の飯島有だと思っていたようだな。本物のあの女性はもうとっくの昔に大石学部長達と一緒に逃げているよ。俺はあいつらがこの場所から遠ざかるのを見届けてからわざとお前の前に出てきたんだよ」


「一体……なんの為に……そんな事を……?」


「勿論、黒鉄の探偵……お前に挨拶をする為だよ。そして……もう一つの任せられている任務は、お前達を誰一人としてこの舞台から逃がさないことさ!」


 そう言いながら狐のマスクを着けたその謎の人物は如何にも大袈裟に両手を広げながら勘太郎に向けて手に持つ片手鎌をまるで手裏剣のように素早く投げつけるが、その物凄い勢いで投げ付けて来た片手鎌は目の前にいる勘太郎の横を通り過ぎると勢い余ってか、そのまま真後ろにある少し離れた一本の木に勢いよく突き刺さる。


 その間一髪な状況に緊張した勘太郎の額からは溢れ出る大粒の汗が次々と下へと流れ落ちる。


「あのロープウェイ乗り場から出られる道は全て爆発物を使って雪崩で崩してあるからな。なのでだれもここからは逃げられないぜ!」


「と言う事は……もう既に狂人ゲームは始まっていると言う事か?」


「流石に察しがいいな。まあ、そう言うことだな!」


(白面の鬼女が持っている同じ型の片手鎌か。俺はあの片手鎌で右腕を刺されたのか。それに特殊メイクなのか、飯島有の顔をしている時は飯島有の声その物だったが、あの狐のマスクを被った時から行き成り声の質が変わったぞ。あれはどう聞いても若い男性の声だ。あの狐のマスクの人物はその特殊メイクの変装に合わせるかのように、その声さえも男性の声と女性の声を自由に使い分ける事ができる人間のようだな。そんな特殊な特技を持った奴が実際にいたとはな。まあアニメの声優さんによっては男性役と女性役を使い分ける事のできる人もいるみたいだから強ち出来なくは無いと言う事か……)


 後ろにいる白面の鬼女のみならず、まさか正体不明の狐のマスクを着けた謎の人物にも襲われる羽目になってしまった勘太郎は、後ろと前に最新の注意を払いながら狐のマスクを被る人物にその真剣な眼差しを向ける。


「お前のような如何にも怪しげな奴が出て来た段階でなんとなくお前達の正体が分かってきたよ。今この場に出て来たと言う事は、もう自分達の素性を隠すつもりは一切無いと言う事か。なら名乗れよ……お前らの二つ名をよ!」


 その凄みと迫力のある勘太郎の言葉に狐のマスクを着けた人物が先に名乗りを上げる。


「フフフフ、察しがいいな。俺は円卓の星座……狂人が一人、狂人・闇喰い狐と言う者だ。どうぞお見知りおきを。一応は100の姿と顔を持つ狂人と言われているよ」


「狐のマスクの人物が……狂人・闇喰い狐か……そして……」


 勘太郎がそう呟くと今度は後ろにいる白面の鬼女にその視線を向ける。


「キッイイイイイイイイイイイイイーィィィ……エンタクノセイザ……キョウジンが……ヒトリ……ハクメンノ……キジョダ……」


「狂人・白面の鬼女……こいつも円卓の星座の狂人の一人か。白面の鬼女だけでも生命の危機をヒシヒシと感じるのに……ここで一気に二人の狂人を相手にしないといけないとは正直思わなかったぜ。流石にこれは無理ゲーだし、流石に積んだかな?」


「ハハハハ、黒鉄の探偵……お前は今ここで死ぬのだ!」


 まるで恐怖を煽るかのように大袈裟に言うと、意気込んだ闇喰い狐はそのまま勘太郎に襲いかかろうとする。だがその行く手を勘太郎の後ろにいる白面の鬼女が止める。


 白面の鬼女が投げつけた鎖鎌つきの分銅がその鎖を伸ばしながら闇喰い狐の体に直撃する……いやしたかのように一瞬見えたが、狂人・闇喰い狐は寸前の所でその重そうな分銅の一撃を交わすと間合いを取りながら後ろへと下がる。


「一体なんの真似だ……狂人・白面の鬼女……」


「コノキョウジンゲームハ……ワタシト……クロガネノタンテイとの……タイケツダ……ダカラ……タトエダレデアロウト……ジャマハ……デキナイ……ジャマスルモノハ……タトエダレデアロウト……カナラズコロス!」


「白面の鬼女……てめぇー、人がせっかく手伝ってやろうとしているのに……」


「ブガイシャハ……ジャマダ……ココカラデテイケ……デナイト……コロス!」


「ハハハハ、せっかく上からの命令で逃げ道は全て爆破をしてやったのになんて言い草だよ。白面の鬼女、俺がお前を殺してやるぜ。お前の自慢の瞬間移動を俺にも見せてみろよ!」


(こいつら、これから戦うのか。意見が合わなくてまさかの仲間割れか。いいぞ、そのまま二人が潰し合ってくれたら、俺が生き残るチャンスが必ずあるはずだ。一時はもう駄目かとも思ったが、この絶望的な大ビンチの中からようやく希望の光が見えてきたぜ!)


 そう心の中で思った勘太郎だったが、何故か前と後ろから二人の狂人に蹴り飛ばされる。

 またもやなすすべ無くダイナミックに雪が降る地面へと蹴り倒された勘太郎は頭を両腕で守っていたせいか地面への直撃はどうにか免れたが、体中は打ち身でボロボロのようだ。しかも腹部に蹴りを入れられ、右腕には刺し傷もあるので、勘太郎の肉体的ダメージは直ぐには立ち上がれないほどに疲弊しきっていた。


「アハハハハハ、お前を残したまま同士討ちをすると本気で思ったか。まずはお前をここで殺してからするに決まっているだろ。馬鹿が! じゃ白面の鬼女、早く黒鉄の探偵にトドメをさせよ。それで黒鉄の探偵は終わりだぜ!」


「……。」


 白面の鬼女は今も弱り切って中々立ち上がれない勘太郎をジッと見ていたが、鎖鎌を構えながら勘太郎に話しかける。


「アノ……トザンサークルノブインタチノ……イノチヲタスケルタメニ……ソノミオテイシテマモッタユウキハ……ドウヤラホンモノノ……ヨウデスネ……ナカナカニ……コウカンガモテマスヨ……コンナカタチデナカッタラ……アナタハミノガシテヤッテモイイと……オモッテイタノニ……ヒジョウニ……ザンネンデス……」


 そう言うと白面の鬼女はまだ立てないでいる勘太郎に向けてその鎖鎌の刃先を頭上へと構えるが、行き成りどこからともなく森の闇の中から飛んできた小石が白面の鬼女の体に当たる。


 コツン……ゴロゴロ。


「コイシダ……イッタイドコカラ……トンデキタ……」


「くそ、そこに誰かいるな。まさかこんな所に人が……目撃者がいたとはな。流石に思わなかったぜ。だが目撃者は必ず殺さねばならない……これは俺の失態だ。だから目撃者の始末は……俺に任せろ!」


 そう闇喰い狐が叫んだ瞬間、その木の陰に隠れていた謎の人物は直ぐさま闇が広がる森の中へと消えて行く。


「そんな訳でちょっとあの目撃者を消してくるぜ。あの逃げた方角には確か廃墟と化した別荘がいくつかあったはずだ。恐らくはそこに逃げ込んだのだろうぜ。雪に足跡も残ってあるし俺から逃げ切る事はまずできないはずだ。この俺が直に言ってあの不幸な招兼ねざる目撃者を殺してきてやるぜ!」


 勘太郎を助けようとした目撃者を消すために狂人・闇喰い狐は直ぐに動き出そうとするが、そこに瀕死の思いで立ち上がった勘太郎が闇喰い狐の前に立ちはだかる。


「い……行かせる訳がないだろう。狂人・闇喰い狐……そんな非力な民間人を追いかけ回すよりも俺との戦いを望んでいるんだろ。いいぜ、相手をしてやるよ。俺がお前らの相手をしてやる。さあ、どこからでも掛かってこいや!」


(一体どこの誰かは知らないが、俺が時間を稼いでいる間に何とか遠くに逃げてくれ。もう俺には……こんな事しかできない!)


 仕方が無いとばかりに死の覚悟を決めた勘太郎は勢いのままに二人の狂人を引き止める為に虚勢を張るが、そんな勘太郎の思惑をなんとなく理解した闇喰い狐はせせら笑いながら勘太郎に言い返す。


「狂人・白い腹黒羊ならともかく、お前などが俺達の相手になるかよ。お前はあくまでもただのおまけだぜ! なんでお前みたいな貧弱で頭も体も弱い奴が二代目・黒鉄の探偵を名乗っているんだ。理解に苦しむぜ!」


「なんとでも言えよ、とにかくお前を……目撃者の元には行かせないぜ。絶対にだ! うりゃあぁぁぁぁぁぁぁーぁぁ、俺の渾身のタックルをくらえや!」


 最後の体力を使い切るかのように勢いよく走り出した勘太郎は闇喰い狐に向けて必死に挑みかかろうとするが、その勢いを襟首をつかんできた白面の鬼女に物凄い力で強引にまた後ろへと投げ飛ばされる。だが勘太郎を助けようとしてくれた目撃者の危機に体中のアドレナリンを分泌させた勘太郎は極度の興奮の為か体の痛みを忘れどうにか立ち上がると、取り敢えずは目の前にいる白面の鬼女の方を何とかしようと直ぐに身をひるがえし身構える。


(くそ、あの闇喰い狐の行動を止めるにはまずは先に白面の鬼女の方を何とかする必要があるようだな。だがいったいどうすれば白面の鬼女の囲いを突破して……目撃者を追う闇喰い狐を止める事ができるんだ?)


 一時的とはいえ自分の体の痛みを忘れた勘太郎は残された少ない体力で、目の前に立ちはだかる白面の鬼女の猛威にどう立ち向かうかを必死に考えるのだった。

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