第9話 守るべきもの Part1

「ウォー」何人かの生徒が吠えた。「うるさい。静かにしろ。」試験監督の教師がすかさずたしなめる。しかし、1学期の期末試験最終科目が終わったとなれば吠えずにはいられない。これから終業式までの数日は消化試合のようなものであり、赤点の心配のない運動部員たちの意識はすでにインターハイの予選を兼ねた県大会、近畿大会へと向いていた。一方一般の生徒は夏休みに思いをはせ、試験勉強で覚えたことなど記憶のかなたに追いやられていた。「夏休みの前に先ずは試験の打ち上げでしょう。ねぇ、カラオケに行かない。2、3年生は明日まで試験だから部活は明日からなんだ。」千田三津弥がやや食い気味に伊藤智花と神宮沙耶子を誘う。「千さんは夏休みずっと部活なのですね。」伊藤智花が少し哀れんだ表情で応える。「そうか、千さん、今日遊べないと部活だけの夏休みに突入か。どうしようかな。」神宮沙耶子は少し悪い顔で応える。「ねぇ、行こうよ。今なら三津弥様の北野坂46ヒットメドレー生ライブ特典付きだよ。それに沙耶ちゃん中間試験の打ち上げ行けてないでしょう。」「それ特典じゃなくてジャイアンオンステージ的な罰ゲームでしょ。」「沙耶ちゃん言い過ぎですよ。千さんは本気でアイドルを目指したことも有るのですから。」「えっ、本当?スカウトされたとか?確かに千さんって見る方向によっては美少女だもんね。」沙耶子が心底驚く。今度は智花が悪い顔になって言葉を続ける。「中学の時に、ここが重要ですよ。小学生ではないのです。中学生になってから芸名を考えて、サインの練習もしていたのですから。たしか、芸名は鈴蘭・・。」「うわぁぁぁぁぁぁぁ、やめてっ。思い出したくもない黒歴史なんだから。若気の至りと言うことにして触れないで。」「ふーん。まぁ、私が本当のアイドルクラスの歌声を聞かせてあげようか。」三津弥の黒歴史にはそれ以上触れず、沙耶子が自信たっぷりに宣言する。「おやまぁ、珍しく沙耶ちゃんが自信たっぷりなのですね。でもお気を付けください。沙耶ちゃんは確かに音楽の授業で歌う唱歌はお上手でしたが、カラオケボックスには魔物が住んでいるのですよ。」「そう。練習して行っても入るタイミングを逃す、何故かキーが外れる。魔物の仕業としか思えないんだから。」「ふっ、魔物がいたとて如何ほどの物か。魔物に会うては魔物を斬るまで。我がカラオケ道に一分の隙もなし!!」謎のテンションのままカラオケに繰り出すことになった。「沙耶ちゃん。ご主人は良いのですか。」「俺のことは気にせずに楽しんで来てくれ。夕食当番は俺だし。晩飯カレーな。」いつのまにか沙耶子の傍にいた光時が声を掛けた。「ありがとう。そうさせてもらうは。それと、カレーには野菜をちゃんと入れてね。」光時が一瞬顔をしかめた。「なんか、妻をクラス会に送り出す夫の台詞だね(ですね)。」智花と三津弥が嬌声を上げた。サムアップで沙耶子を送る光時に沙耶子もサムアップで応えた。

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