第23話 人魚との出会い その1

 海には上半身人間で下半身が魚の尾を持つ種族が住んでいる。ぶっちゃけて言うと、人魚という奴だ。その人魚は海を縄張りとして、生活をしている。


 女性しかいないと言われ、どうやって子孫を増やしているかは不明である。歌に魔力を込め、男がふらりと海まで行き、何かをやっているのだろうというのが今の通説である。今回はそういった被害を食い止めるのが主題ではない。被害者はいるが、1日休めば、普通に生活できるレベルに回復することが多いためだ。


 ならば何故、人魚を主題として取り上げているのか。ちょっとした出会いがあり、学んだことがあったからだろう。


 かつて人間のみ住んでいたサピエンの近くの国にいたときの話だ。津波が発生しない地震が起こり、エイル達はそこで救助をしていた。古い建物が多く、地震で崩れ、瓦礫の下敷きになっている人が多数いた。今回はかなり急いで駆けつけ、更に力のある巨人が助っ人として来たため、以前より人を救うことが出来た。


 それでも全てを救えるわけではなく、死者がいることに変わりはない。建物が崩壊し、道が封鎖され、今までのように生活ができなくなった。避難生活でストレスをためている者だって出始めている。


彼らの精神ケアをどうすべきか、治癒魔術師の議題として出そうと思いながら、エイルは薄暗くなりつつある道を歩いていた。その時、ある女性とぶつかった。


「きゃっ」


「すまない。不注意だった俺が悪かった。大丈夫か」


 女性は尻もちを着いてしまった。エイルは慌てて謝り、手を伸ばす。


「はい。お気遣いありがとうございます」


 立ち上がった女性サラサラとした背中まである金髪で、青い瞳で、160cmぐらいのスレンダーな体型をしている。綺麗な印象が強い。袖のない薄いピンク色のワンピースの格好をしている。靴は履いていない。


一見普通の女性のように思えるが、気になる点があった。スカートの裾から見える足だ。エメラルドグリーン色の鱗が生えている。腕も似たようなものだ。手足を注視すると、水かきのようなものがある。


 エイルは目の前の彼女の種族が何かを察した。


「君は」


「あはは。まあ人魚という奴ですよ。魔術でこんな感じになってます」


 鼻息が荒く、頬が赤くなっている。凄いだろと自慢している。


「なるほど。人魚が地上に行く時に使う魔術があると噂で聞いたが……本物だったとは」


 正直エイルは人魚の話を疑っていた。ストリア大陸を中心に旅してきたとはいえ、人魚と遭遇することは滅多になく、確認する機会がなかったためだ。


「まあこういうの、難しいですから! それに地上に行くためにも資格がいりますし! これがその証拠です!」


 耳に小さい虹色の真珠がある。文字のようなものが刻まれている。人魚側にも陸地に上がる決まりがあることが分かる。


「ついこの間取れまして、初めての陸地上がりだったわけですが……その」


 人魚の女性はキョロキョロと周りを見ている。戸惑いがあるように思える。


「人の住まうとこってこんなに荒れてました? 歩いてきたのですが、こういうの初めて見ました」


 彼女たちの住処としてる海までかなり遠い。まだ情報が錯綜しているため、何も分からずに来てしまったのだろう。「よく歩いて来られたな」など言いたいことはたくさんあるが、情報を教えることが先だろうとエイルは判断する。


「この付近で地震があった」


「大地が揺れる災害の1つですね。学習してます。えーっとということはですよ。あなたはここの住民ということでしょうか?」


「いや。援助活動をしている。その団体の長として忠告をしておく。帰った方がいい。余震だってあるし、油断出来る状況ではないからな」


 綺麗な女性は目を大きく開いていた。


「見た目の割に偉い立場のお方……なんですね」


 さり気なく失礼な発言。


「おい」


 エイルの声にやや怒りが籠っている。それでも大事なことはもう一度言っておく。


「とりあえず早めに帰っておけ。自分の命が大事だ」


 空の色を見る。既に夜空になり、星々が光っている。ため息を吐きながら、続きを言う。


「だがもう暗い。明日にしておけ」


「はい。お言葉に甘えて、滞在させていただきます。お世話になります。えーっと」


 互いに名前を知らない状態のため、エイルは名乗る。


「エインゲルベルト・リンナエウスだ。エイルでいい」


「エイルさんですね。はい。覚えました。私のことをサルビアと呼んで下されば」


「分かった。付いて来い」


 サルビアは大人しく、エイルに付いて行く。比較的瓦礫が少ない道を選び、ノーボーダーズが駐在している所に着く。ど真ん中に噴水がある広間だ。噴水に囲うようにいくつかのテントが張っている。


「エイル。そろそろ会議が始まるが……おっと」


 ダンデが出迎えてくれた。サルビアを見て、フッと微笑む。


「お嬢さん、君はどこから来たんだい?」


「えっと」


 サルビアの顔全体が赤くなる。ダンデのことをあまり知らない女性なら惚れるいつもの流れだ。


「みんな揃ってるからね」


「分かってる」


 ダンデにサルビアのことを託し、エイルは治癒魔術師など医療系の者のみの会議が行われるテントに入る。既に全員揃っている。


「全員揃ったことだし、始めよう。議題は被災者の精神的ケアだ」


 エイルが司会進行を行っていく。


「前回の巨人の島だとほんの少しでしたよね。やれたのって」


 1人の男性治癒魔術師が指摘した通り、巨人の島での活動時、被災者の精神的ケアはそこまでガッツリとはやっていない。余裕がなかったからとかそういうわけではない。


本当に必要ではなかった。死を受け入れるのがとても早かった。死生観がかなり独特だからだろう。厳しい冬が長い故、自然との戦いが日常となっているとこでは、大地震があっても、変わりはない。先に黄泉の国に行き、そこで手伝いをし、再び生を受けて戻っていく。これが巨人たちの考えだ。


一時的なお別れで、また会えると思っている彼らだからこそ、想定していたよりも心の傷を負うことが少なかった。相談できる場を設けたり、情報提供や生活支援などを行ったりしたことで、彼らは立ち直ることが出来た。


「あそこは独特ですからね。死が身近にあるからこそ、お別れを大事にして、次に向かって、やっていってるのですから」


「そうそう。前に進むことが大事だって言ってる人、多かったしな。タフだったよ。ほんと」


「うん。むしろ俺らの方が精神的にヤバかったな……。生存者が見つからなかったし」


 仲間達がどんどん話を進ませていく。方面としては議題とややズレている。このままだと脱線しかねないため、エイルはパンと両手で大きい音を立てた。


「会議に専念しろ。確かに前の時は必要最低限しかやっていなかった。良くも悪くも特殊だったしな」


「ええ。ここの国、ハビエレクトはこういった支援をやる余裕がないものね。別件のドラゴン討伐を処理するのに一苦労してると聞いてるし」


 ルーシーの言った通り、サピエンの隣国であるハビエレクトは凶悪なドラゴンを対処するので手一杯の状態だ。討伐が完了したらしいが、被害地域の復興や重傷者の治療など、他にやるべきことがまだ残っている。だからこそ、ノーボーダーズは地震が発生したという報せを聞いて、駆けつけてきた。


「そうだな。不安になる状態だ。精神的に参るのも分からなくもないだろう。ただ俺は精神については詳しくはない。案があれば、積極的に言ってくれ」


「長期的に出来そうなのがいいですよね。アマリリスさんでしたっけ。ここについて教えて頂けると助かります」


 イザベラがアマリリスと呼ぶ小太りした赤茶色の髪の女性に言った。


「そうだな。ある程度は書物とかで知ってはいるが、実際と異なるかもしれんし」


 イザベラが積極的に地元の人と接している。みんなも彼女に見習って、話そうとしている。いいことだなと思いながら、紙と羽ペンを用意する。


「わっ私でよければ。はい。ここの町は―」


 アマリリスから町の制度を詳しく聞き、それに合わせられるような、精神的ケアの提案がいくつか出てきた。その中で可能なものをいくつか選び、夕食前に会議が終わった。

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