第20話 巨人の島 その3

 巨人の島に到着した翌日、ティタンの領主から神獣様と言われる3M程の金色の猪を借り、小柄な巨人と人間の獣使い20人の指導の下、出発準備に取り掛かる。相当な魔力を持つため、荷物の積み込み時、マチルダが魔獣だと勘違いし、思わず剣を鞘から抜いた。アクシデントはそれぐらいで、特に事故が起こることなく、無事に終わった。


「彼奴によろしくね」

「はい」


 昨夜、オリーブが言っていた通り、神獣様は本当に空を飛ぶ。外から見たら、空飛ぶ馬車の猪版と言った所か。


「本当に空を飛んでるな」


 冷静な方のエイルですら、驚きの表情を見せている。


「神々がいたときからいたと言われてますからね。とは言え、獣ですので、休息や食事は私達と同じく、必要です」


 獣使いが楽しそうな声で言った。空を飛べる獣とは言え、翼を持っているわけではない。魔力を使っての飛行だ。体力も使うとなると、地上で休息になるはずだと、エイルは推測を立てる。


「そうか。地上に降りるのか」

「はい。他の集落にお邪魔する事になります。事前に連絡を入れさせているので、トラブルになるようなことはないかと」


 オリーブたちが色々と手回しをしてくれていたようだ。ここまでサポートしてくれると逆に申し訳なくなるものだ。


「感謝する」


 エイルは短く言った。


「こちらのセリフですよ。遠いこの島まで来てくださっただけでも大助かりです」

「そうか。最善を尽くそう」


 神獣様と地元民の力を借り、1日で霜の村に辿り着いた。相当無茶をさせたようで、獣使いは神獣を休ませている。まだ被害が少ない所で寝床をしている事が分かる。下には津波で押し寄せてきた大木がある。住宅で使われていた板や柱もある。遠い所に居住区があったはずのものもある。ティタンの時と比べ、強い津波がやって来たのだろう。


「あなたたちがドラグ王国からやって来た団体ですね」


 約4Mの男の巨人が出迎えに来てくれた。茶色の毛皮を纏ってはいるが、袖がなく、素足だ。コートを着る必要がある寒さだが、平気なようだ。腰から足元が泥まみれで、濡れている。顔色は特に異常は見られない。体の震えもない。今見ている限り、大丈夫そうだ。


「エインゲルベルト・リンナエウスと言います。霜の村の長はどちらにいますか」

「今は原因究明のための調査に行って不在です。こちらに来ることは既に知っておりますので問題はないかと。それよりも治癒魔術師に頼みたい事があります。こちらに」


 エイル達治癒魔術師は巨人の案内に付いて行く。木を切り崩した広場に入る。ど真ん中に焚火があり、囲い込むように寝袋に人間が寝ていた。ざっと10人程と言ったところか。


「生き残ったのは他にもいますが……力不足でした」


 巨人は拳に力を入れる。涙が出そうだ。エイルは静かに指示を出す。


「状態を見るぞ。治癒魔術師以外の者は捜索の手伝いなどをしてくれ」


 近くの人を診察する。しゃがんで全体を見る。顔が青ざめており、筋肉の震えで全体もガクガクと揺さぶっている。歯でカタカタを鳴らしている。そっと肌に触れてみると、冷たい。海の匂いが鼻に来る。津波で濡れて、低体温になったのだろうかと仮の推測を行う。ねばねばとした違和感があったため、ある事も可能性として頭に入れておく。


「大丈夫か。聞こえてるか」


 耳元で話しかけ、更に頬をぺしペしと叩いてみる。声をあげたり、目を開いたりと言った反応がない。意識が低下している。寝袋の中に手を突っ込む。服が濡れたままだったのか、湿っているように思える。それでも魔術で暖かくなっているはずだ。


「他に原因があるっぽいな。我に真実を見通す目を与えてくれたまえ」


 魔術を使って、普段見えない何かを見えるようにする。


「呪いか」


黒い何かで体を纏っていた。エイルがしかめ面になるレベルでどす黒い。呪いは身体を蝕んで、最悪は死ぬ事もあり得る。専門家じゃないと対応出来ない厄介な代物だ。


「他はどうだ。呪いらしきものがある場合は挙手してくれ」


 周りの確認を行う。5人、手を挙げていた。思ったよりも人数が多いと思った。


「一気にやっちゃった方が早いな。色々と尋ねたいところだな」


 癖のある茶髪を1つに纏めている緑色の目をした女性、イザベラがエイルに近づいてくる。


「イザベラか。何か提案があるのか」

「はい。呪いの解除を私に任せてくれませんか」


 呪いを解く術は専門の術師から教わる必要があるため、エイルのような一般の治癒魔術師は縁がない限り、習得する機会がない。イザベラの履歴に解呪の経験があり、実際にドラグ王国で見ている。


 万が一のケースに備え、呪いを対処出来る術師を連れてきて正解だったようだ。心身共に弱っている時、呪いが溜まりやすい傾向が多い事を知っているからだ。今回はあまりにも知っている物と異なっており、本来は感知出来ないはずなのだ。推測を立てながら、エイルは彼らに次の行動を言う。


「頼む。君たちも手伝え。呪いにかかっていない者の容態について聞きたい」


 解呪している間、一般の治癒魔術師のメンツを集合させて、報告を貰う。峠を乗り越えているため、あとは回復していくだろうという見解だった。


「確かに災害の時って、呪われやすいけど……ちょっと変じゃないかしら」


 同行しているルーシーが首を傾げながら言った。


「自然に出来る呪いって、弱って来た時に黄泉の国に誘うって本に書いてるぐらい、普通は私達が気付くことなんて無いはずよ?」


 黄泉の誘いと呼ばれる自然で出来た呪いは人間が感知できるものではない。治癒魔術師でも知っている事だ。だから一部の人の眉がピクピクと動いていたり、腕を組んで考え込んでいたりしている。


「ああ。術師が仕掛けたものだろうな。旅をして、様々な呪いを見てきたが……」


 巨人の島を除くストリア大陸の各地を歩いていたエイルは思った事を言葉にする。


「あんなの初めてだ。他の皆はどうだ」


 反論はない。エイルが周りを見ていた時だった。赤茶色の短髪の細い男性がそっと右手を挙げた。口が強くギュッと閉じ、周りをキョロキョロと見ている。


「言って構わないぞ」

「あ。はい。ありがとうございます。そのですね。別大陸で呪術に特化してる国家もあるとは聞いてはいるのですが……どうなんだろうなと」


 怯えながらも、知らなかった事を教えてくれた。別大陸出身となると、エイルもあまり交流した経験がない。もう少し詳しく聞く必要があるなと、彼に質問してみる。


「どの大陸だ。4つ大陸があるが」

「南の大陸ですね。ネイチヤ大陸。呪術が得意な人が多いという話を耳にしたことがあります。ただ距離が離れすぎていて、あり得ないですよね」


 ネイチヤ大陸はここから空間転移を使っても1週間かかる距離にある。接点があるとは思えないが、巨人の島に詳しくないため、否定出来る要素がない。


「ここの情報が一切ないからな。可能性として、消すわけにはいかない」


 軽い足音が複数。イザベラ達女性3人が近づいてくる。報告しに来たようだ。


「エイルさん。今お話ししても」

「ああ。大丈夫だ」

「報告です。無事、解呪終わりましたよ!」


 1歩前進した。そのはずだが、彼女達の顔は明るい感じがしない。エイルはあれの事だろうと口に出す。


「呪いの件で気になるのか」

「はい。今までと違って、あまりにも異質過ぎて」

「俺達も同じような考えだ。治療優先だが、巨人にも聞き取り調査をしておこう。周辺の調査の報告も聞こう。大規模な災害だけでは説明がつかないしな」


 大地震と津波の影響だけではなく、術師による呪いの影響を考えながらの行動を取る必要が出て来た。それでも最善を尽くすしかない。

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