第11話 エイルの相談室

 翌日、カノースはタンジーと共に故郷に戻り、ひとまず性暴力の件は終わった。エイルは治癒魔術師として支援を行う。魔術で傷を癒したり、定期的な診断をしたり、病を治したりするのだが、何故かカウンセリングを行う羽目になった。


「そういうの得意ではないのだが」


 本当に得意ではない。治癒魔術師として体を治す事を専門としているからだろう。精神を専門としているわけではない。


 それだけではない。気を遣う事をあまりしないタイプだ。相談相手の精神状態によって、接し方を変える事が出来る程器用じゃないという自覚がある。そう言うことがあり、ほんの少しだけ不満気である。


「まあ経験って大事だしな。あっちでやってくれ。そんじゃ頑張れよ」


 頼んだ張本人、エニシダがにやにやと楽しそうに伝えた。


「おい待て。行ってしまったか」


 何かを言おうとしたが、彼は既に豆粒ぐらいの大きさしか見えない位置に。諦めてため息を吐く。


「ったく彼奴何を考えてるんだか」


「あのーエイルさんで合っていますか」


 女性に話しかけられたので、声のする方に向く。猫耳の金髪の女性。黒に近い緑色の質素な服装で、気の弱そうな印象が何となくある。キャンプ地に入ってまだ日が浅いため、他の誰かに用があるのだろうと推測する。


「そうだが。誰かに用なら呼ぼうか」


「いえ。そうじゃなくてですね。えーっと。そのエニシダさんからお聞きしました。

話を聞いてくれると」


 既にエニシダは何人かに宣伝を行っていたようだ。エイルは心の中で舌打ちをする。


「彼奴め」


 そこまで強く友人を非難したつもりはない。そのつもりだが、女性にとって怖いものだったようで、少しだけ怯えている。表に出したつもりはなかったが、無意識に出ていたようだ。


「ああ。すまない。エニシダに対してだからな。良い治癒魔術師なんだが、たまに軽

い気分で仕事を頼む事があるからな。その辺りは勘弁して欲しいと思う」


 彼女が納得するかは分からないが、出来るだけ優しい声で言った。途中から本音が出てしまっているが、問題はないはずだとエイルは考える。


「ふふっ」


 何処かで笑いのツボにハマったのか笑った。


「何かおかしいことを言ったか」


「いえ。お気になさらず」


「そうか。確か話をしたいんだったな。こっちで聞こう。盗聴を防ぐ結界が貼られて

いるから安心しろ」


 茶色のテントに入る。小さいテーブルと椅子2つ。お湯を保存しているポットと乾燥したお茶用のハーブなどが奥にある作業台に置かれている。


「座ってくれ。茶を出す」


 自己流でハーブティーを入れ、女性に出す。


「ありがとうございます」


 彼女はティーカップを受け取り、早速飲み始めている。


「美味しい。誰かに教わったのですか」


「いや。誰の教えというものではないな」


 エイルの脳裏に影の薄い兄弟子が浮かぶ。


「強いて言うなら兄弟子の真似事みたいなものだな」


「そうなんですね。その方、相当な腕前なのでしょう」


「かもしれないな」


 あまりにも存在感の無い兄弟子なので、カトレー家の養子に入る前は評価どうこう以前の問題だったかもしれない。ただ目の前の人は彼を知っているわけではない。そのような理由でぼかした答えになった。


 無言になる。基本聞き役に徹する事が多いのか、或いは彼女自身、本題を出すには勇気がいるのかなど様々な理由があるのかもしれない。静かな時間が流れていく。


「あの……ありがとうございました」


 空気を変えたのは彼女だった。小さい声でお礼を言った。


「ここに来てから数日も経っていないはずだが」


 エイルは記憶を辿る。キャンプ地に来たのは一昨日ぐらいだ。診察をしたぐらいで特に治療をした記憶はない。


「怖い目に合わずに済み始めたのはあなたのお陰です」


 その言葉で察する。相手は性暴力にあった被害者だ。舌打ちしただけで怯えているのは、自分も酷い目に遭うのではないかとフラッシュバックを引き起こしたかもしれない。エイルは静かに言う。


「……ただ手助けをしただけだ。そういうのはラークスパーさん達に言って欲しい」


「えへへ。既にお礼を伝えておりまして、エイル様が最後だったのです」


 彼女はラークスパー達に感謝の言葉を言っていたようだ。


「私だけではありません。ポム、アイ、パンジーも同じでしょう。本来なら3人と一

緒に御礼参りしたいところですが……3人とも引き籠ったままで」


 申し訳なさそうに、視線が下に移動する。


「そうか」


 仮に実行犯が外に追い出されたところで、彼女たちの傷が治るわけではない。深過ぎて閉じこもる人が出るほどのものだ。それを今、実感する。そしてどう言えばよいのかどうか、分からない。どれが適切か。悶々と考えても思い浮かばない。


「……すまないな」


「いえ。十分やってますよ。何かしようとしてくれただけでも本当に」


 エイルの謝罪の言葉に女性は手を動かして慌てながら言った。どうにかしようと思ったのか、頬が赤い。


「最初はただの夢だと思っていました。でも毎晩同じ恐怖を味わって。何が何だか分かりませんでした。だから他の人に言う事が出来ませんでした。でも気づいてくださる方が多かったのが幸いだったのだと思います。普段診察して下さるミントさん、チャービルさんのお二人のお陰で対策が始まりましたので」


 エイルはただ聞くだけだ。聞いた話をざっくり纏めて口に出す。


「ミントさんとチャービルさんが気付いて、色々やってくれてたんだな」


「はい。それでもいつ襲われるのか分からなくて、怯えていました。あなたが来たお陰で犯人を見つけ、追い出す事が出来て、ホッとしましたよ。やっと安心して眠れるって。でもその……3人は」


 先程、彼女が言っていた通り、友人らしき3人がテント内で籠ったままだ。外に出る事自体怖くなる程、傷付いてしまったのだろう。目の前にいる女性のように、あの件について話そうと思う人は少ないのかもしれない。カウンセラーは見てきた事を思い出す。


「さっきも言っていたな。引き籠ったままと」


 エイルの言葉に彼女は静かに縦に頷く。彼は続きを言う。


「ああいうのはすぐ立ち直るわけではない。心はそういうものだと聞いている。気長に彼女達が外に出て来るのを待つしかないだろうな。お前にも出来る事もある。それをやりながら、過ごせば良い」


「出来る事ですか? でも優れた魔術師じゃありませんし」


 相手は治癒をする事と魔術を使う事は同じ意味合いだと捉えているようだ。


「ああ。魔力が無くとも出来る。なるべく傍にいろ。会話をする機会があれば、聞く

方に徹しろ。意見を相手に押し付けるな。全部師匠の教えだ。出来たという実感があまりないがな」


「分かりました。やってみます。ありがとうございました」


 女性が急に立ち上がり、エイルはびっくりする。


「あ……ああ」


「それでは失礼いたしました」


 相談相手は軽やかな足取りでテントから出た。


「はー……慣れない事をするものではないな」


 どっと疲れが出たのか、緊張から解放されたのか、エイルは背もたれのある椅子に移動し、行儀悪く座った。


「こういうのはエニシダ達がやるべきだろうが。ったく」


 誰もいないのを良い事に愚痴る。本人としては相当苛立っているが、傍から見たら、ちょっと拗ねた印象しかない。眉間に皺が寄って、頬を膨らんでいる。


「ごめんくださーい」


「さーい」


 のんびりとした女の子と小さい男の子の声が外から聞こえ、中に入って来た。休めたのはほんの一瞬である。


「うおっと。もう次の人来たのか」


 子供用の椅子2つ用意する。2人ともお行儀よく座る。


「今度からは返事を確認してからに入れよ」


「はーい」


 注意をしたエイルは背もたれの無い椅子に座る。


「それで何を話したいんだ」


「あのねあのね!」


 今日は休みの時が読めないなと思いながら、ちびっ子2人の話を聞くのだった。

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