第3話 ルーシー・カトレー

 ギルドに加入し、ヴィクトリアと出会ってからひと月。他のパーティーに入らせてもらって、資金稼ぎをしたり、ヴィクトリア主催魔力増強訓練をしたり、治癒魔術師が集まる定期的な勉強会に参加したりと、ハードな毎日を過ごしていた。そんなある日、依頼を達成し、報酬を受け取った後の事だった。場所はドラグ王国北部にある村である。


「さて。いつもなら空間転移出来る場所まで移動して帰るわけだけど、ちょっと寄るとこがあるの。付き合ってくれるかしら」


 協力してくれるヴィクトリアの一言。今日のMVPは間違いなく彼女だ。エイルは拒否する資格がないと考える。


「分かった。付き合おう」


 このように答えた。この答えはヴィクトリアの顔を明るくした。違った。別の何かがあるはずだ。エイルはヴィクトリアの企みに気付きながら、同行していく。仲間として付き合って、彼女が悪い事をしそうにないと分かっているからだ。


 村としては整備されている道を通って、北方面に進む。白い建物が見え始めている。村長の家なのだろうか。そう思いながら、ヴィクトリアに付いて行く。


「ハートカズラ家のお嬢様じゃないですか。何か御用があるのでしょうか。それより馬車は用意されてないのですか!? 執事とかは!? いやまさか脱走!?」


 麦畑で作業をしていた村人が慌てて、こちらにやって来た。気持ちは分からなくもない。強い権力を持つ貴族の娘が平然と歩いている。護衛がいない。慌てる要素は普通にあった。


「元からこういう奴だ。じゃじゃ馬娘だからな。そこら辺は家族も知ってる(多分)」


 エイルなりのフォローが入る。村人はエイルの顔を見て、ヴィクトリアの顔を見て、納得したらしい。


「まあメイドがそう言うのなら、そうなのでしょう。しかし……貴族に仕えるのなら、もうちょっと言葉遣いを考えた方がよろしいですぞ。それでは失礼いたします」


 村人は作業していた麦畑に戻っていった。エイル、解せぬ表情を出している。


「何故俺がメイドだと? 恰好からして違うじゃないか。視力検査した方が良さそうだな。あの村人」


 それを聞いたヴィクトリア、あきれ顔に。メイドや執事がいる家だからこその意見を出す。


「あのね。メイドだからってメイド服着てるとも限らないから。それにその見た目じゃー……誰だって間違えるわよ」


 女性が嫉妬しそうな可愛らしい顔立ち、真っ白な雪を思わせる綺麗な長い髪。身長がそこまで高くなく、鍛えられているわけではないので余計に間違えられるというわけだ。


「まずその髪、切ったらどうかしら。ちょっとはマシになるわよ」


 ヴィクトリアは歩きながら、助言をしていく。エイルは彼女に付いて行く。


「断る。この髪型に理由があるからな」

「それ私にも理解出来る事?」


 めんどくさそうな顔になってる。俺を何だと思ってるんだと、エイルは心の中で愚痴りながら、律儀に返答する


「手が必要な時があるからだ。ああこの飾りのお陰である程度魔力の維持が出来る優れものだ。それを活用するためと言うのもあるな」

「……便利だから伸ばす人、初めて見たわ」


 ご令嬢、感心のハードルを超え、ドン引きである。


「普通お洒落で伸ばすでしょ。あーこんな事してる内に着いたわ」


 イギリスのカントリー・ハウスを想像させるような白色の建物。その右隣に硝子のドーム状があり、庭園である事が分かる。見ただけで分かる。話に聞いていたあの家だ。


「そろそろ来ると思ったわ」


 建物から女性が出てきた。茶色のショートボブで緑色の瞳をした女性。ヴィクトリアより少し背が高く、胸の大きさはそこそこと言ったところか。黄緑色のドレスを着ており、大人の貴族のイメージ像に近い。


「お久しぶりです。カトレー先生」

「ええ。私が当主になって以来ね。詳しい話は中でしましょうか。どうぞ。こちらへ」


 カトレー家が薬に使う植物を育てる家である事をエイルは知っている。しかし先生と呼ばれる女性とヴィクトリアの関係はどういったものだろうか。


 疑問を持ちながら、建物の中に入り、応接室に入った。低いテーブルを挟むように赤いソファーが2つある。エイルはヴィクトリアの隣に座り、対面にあるソファーにカトレー先生が座る。ハーブティーと茶菓子が出され、ヴィクトリアとカトレー先生の会話から始まった。


「大きくなったわね。ヴィクトリア。やっぱ手紙だけじゃなくって、こうして直接会うのが一番だって分かるわ」

「そうですね。手紙だけだと分からない事、ありますから。とりあえず、お元気そうで何よりです。紹介するわ。エイル。この女性は魔術学院で教師として務めていたの。私が入学した時にお世話になった1人の先生よ」


 魔術学院での生徒と先生の関係だった。ヴィクトリア自体、在籍年数が3年と短いため、世話になった人や仲の良い友人は貴重なのかもしれない。だからこそ、卒業した今でも、手紙のやり取りをしているのだろう。


「初めまして。ルーシー・カトレーです。元ドラグ王国の魔術学院の教師として務め、現在はこのカトレー家の当主として、様々な仕事をしております」


 名乗ろうと思ったが、先を越された。カトレー先生が自己紹介したのでエイルも。念のため、敬語を使う。普段は敬語を使わない人だが、時と場合を弁えてはいる。出来るのなら普段から使えやと言う話だが。


「普段からヴィクトリア・ハートカズラの世話になっております。エインゲルベルト・リンナエウス。エイルとお呼びください」


 ヴィクトリアが目をぱちぱちしている。エイルの本名を初めて聞いたからだろう。


「ガレヌス先生の弟子ね。噂を耳にしたことがあるし、手紙でも知っていたわ。でも

まさかこんな可愛らしい男性だなんて思いもしなかった!」


 手紙で知っていたのかもしれないが、男性として見られ、嬉しくなったのか、エイルの頬が赤い。口元が緩んでいる。


「あのー……ルーシー様」


 応接室の出入り口の近くにいる若い執事がそろーっと右手を挙げる。


「はあい?」


 カトレー元先生、当主とは思えない威厳の無いのんびりとした声である。


「旦那様が全速力でこちらに来ておりますが」

「話し合いに参加してるもの。いつ終わるのか分からないし、間に合うためなら、本気で走る。そういうものよ」


 ダダダダと言う階段の駆け上がる音が聞こえる。止まったが勢いあまってドアに激突。思いきりドアを開け……。


「ガレヌス先生の弟子はまだいるかーっ!」


 両耳を両手で防ぎたくなる程の声量で叫んだ。肩ぐらいまである金髪を1つに結んでいる。身長は180cmぐらいで、エイルより大きい。程よく鍛えられており、男らしいた体格をしている。エイルが舌打ちするぐらい、女性にモテる旦那様像であった。


 ドアに激突したのが原因か、鼻から血がちょろりと出ている。カトレー元先生が動じずに、にこにこと笑っているので、多分問題はなさそうだ。


「ウィリアム。まだ本題に行ってないわよ」

「そ……そうか。それなら良かった」


 何処から走って来たのかは不明だが、全速力で走りっぱなしだったのか、息切れを起こしている。


「旦那様。どうぞこちらに」

「ああ。すまない」


 ウィリアム、旦那様と呼ばれる男は奥様の隣に座って、紅茶を一気飲み。


「さきほどはすまなかった」


 謝ってきた。貴族の旦那が頭を下げて。


「いえ……お気になさらず」


 事情がありそうな雰囲気が出ている今、簡単な言葉しか言えないエイルである。


「全員が揃ったことですし、本題に入りましょうか」


 カトレー先生のセリフに疑問を持つ。ただ元先生と卒業生が会話をするだけではないらしい。要領を得ないエイルはヴィクトリアに目配せをする。察したヴィクトリアはウインク。


「おい待て。知らないのは俺だけか。どういう了見だ。ああ?」


 隣にいる彼女にガンを飛ばす。


「いやごめん。本当はもうちょっと調整して、知らせようと思ったんだけど。あとでお詫びに何か奢るわよ」


 ヴィクトリアが何か行動をしている。すぐに謝っているため、予想外の事があったと考えて良いだろう。


「……本題次第だ」

「それじゃ言うわね。私、カトレーせ……じゃなかった。カトレー当主を救助団体のメンバーに推薦したいの。今回は色々と話し合って、加入させるかどうかをあなたに判断してもらおう予定だったのよ。カトレー当主だけで大丈夫かなって思っては……

いたんだけど。夫の付き添い希望で、日にちが合うのはあまりないっぽいから」


 カトレー家は優秀な魔術師を輩出している。魔法薬学のエキスパートであり、薬で使う植物を育てるプロでもある。提携出来たらという思いはあった。この推薦は嬉しい誤算である。ただ何故か、他にもあると疑いたくなる。直感というやつだ。


「細かいところは私とウィリアムから言うわ。ガレヌス先生の弟子のエイル君。私が入る代わりに、ある条件を受け入れて欲しいの」

「カトレー家に入り、次の当主になって欲しい」


 思考が止まる。入る。カトレー家。次の当主。言葉を心の中で言う。それでも点と点が繋がらない。エイルは話を聞き続ける。


「カトレー家は子供に恵まれなかったの。先代の子供は私のみ。本来は男が当主になるのだけど……急に亡くなったから仕方なく引き継いだわけ。だから魔術学院の先生、辞める事になっちゃったんだけどね」


 女性が当主になってはいけないというルールはない。このまま次の世代が大きくなるまで、務めればいいだけの話のはずだ。


「それなら跡継ぎの子を産んで育て上げるまで務めればよろしいはずだが」

「出来てたら条件なしで入ってたわよ。でも……先生として務めてた時期でも子を産めなかった」


 子を欲しくても産めない。望んでもないのに産んでしまう。世の中は望んでもいない事が起きる。子を産む奇跡を起こせる魔法があるらしいが、そんなものは眉唾物だ。出来る事をやりつくしただろう。それでも出来なかった。


 その苦しみはまだ家族を作っていないエイルには分かりづらい部分である。ひょっとしたら女性だからこその苦しみもあるのかもしれない。


「当主として、カトレー家を終わらせるわけにはいかない。私の代で終わりってわけにはいかないの。村にとって必要な物だから」

「最初は貴族の子供を養子として受け入れる案もあった。しかし本来の家業まで手が回らないだけでなく、権力争いに巻き込まれる羽目になる危険があった。それにああいうのは必要以上に金を民衆から取る。考えが合わないのだ」


 本当は力を貸したいところだが、救助団体の設立や経営をやるため、出来そうにない。出来る事は引き受けるが、出来ない事は最初から出来ないと言える男。それがエイルである。


 ただ拒否するだけではだめだ。少しは相手の利益に繋がるようにしておきたい。自分より相応しい人物を推薦しようと決意する。


「村にとって必要な事だから、跡を継いでほしいという言い分は理解出来る。しかし俺はそこまで器用じゃない。働き過ぎで確実に身体と心を壊す。条件を受け入れたいところだが……断るしかない。この加入の件、破棄させてくれ」

「こっちの方こそ……ごめんなさい」


 カトレー元先生がシュンとする。それを見たエイルは心が痛くなりながらも、代案を伝える。


「その代わりと言ってはなんだが、こちら側も提案をさせていただきたい。ある人物の推薦したい」


 一瞬でルーシーが元気になった。


「ひょっとしてガレヌス先生のもう1人の弟子のジャクソンね!?」


 実はエイルの師匠のガレヌス先生にもう1人弟子がいる。兄弟子に当たる人物のジャクソン。優秀で身分関係なく平等に接するので評判は良い。しかし中々印象が残らない。要するに影の薄い奴。何故分かったのだろう。何処で知ったのだろうか。疑問はあるが、家業で知ったのだろう。


「あの人が承諾するかどうかは分からないが……」

「よーし。それなら早速行動しちゃうわよ。2人とも暫く仕事はないのよねー?」


 ルーシーが立ち上がる。


「はい」

「それなら暫く家に泊ってちょうだい」

「部屋の掃除を済ませておきます」


 執事が何処かへ行った。


「うん。よろしくねー」


 それを見たルーシーはのんびりと手を振って見送る。


「私たちは推薦書を書きましょー。おー!」


 エイル達の頑張りが聞いたのか、或いは元から魔法薬学に興味があったのか、無事に兄弟子のジャクソンが跡継ぎとしてカトレー家の一員になり、その報せはドラグ王国中に広がる。貴族や治癒魔術師が驚きの声をあげ、歴史的な出来事となった。


 そして跡継ぎが決まってから3日後、エイルは拠点の村のギルド近くの宿で届いた手紙を読む。ルーシー・カトレーからだ。


『色々とお世話になりました。この間ダメになった加入の件、改めて申請します。救助団体の加入を希望します。返事をお待ちしております』


 加入申請だった。もう2枚あった。1枚目は兄弟子からだった。


『どうも。お久しぶりです。エイル君。元気にしてますか。この間の推薦ありがとうございました。ボッチだった僕が家族に入れるなんて夢です。今はカトレー家の跡継ぎとして、必要な事を学んでいます。忙しいですけど、楽しいです。君のお陰で新たな一歩を踏み出せるようになった。そう思います。本当にありがとうございます。この恩はいずれ』


 律儀だなと思いながら、2枚目を見る。


『カトレー家として、エインゲルベルト・リンナエウスが設立する予定の救助団体を援助する事を約束する。ルーシー・カトレー、ウィリアム・カトレー、ジャクソン・カトレー』


 援助についてだった。非常に助かる事だ。


「早めに返事を出しておこう。まずは……」


 手紙でのやり取りだったが、薬学のエキスパートで魔術学院の元教師のルーシー・カトレーが入った。今回の加入は魔術学院繋がり。次はどのような人物を入れるべきだろうか。暫くは悩むエイルであった。

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