第二章  デビュー戦

第2章  1

 翌日、ウルバーン砦内は聖女の話題で持ちきりだった。


 事の発端は、ヴォイドさんが主神マールへ今回の事を報告した、その内容だった。


 プラチナムハートの駐留所には天界へと連絡が繋がるクリスタルと、それを管理する魔術師が必ず滞在しており、重要な事項は主神へ必ず報告を上げることになっている。

 今回の私の件もその例に漏れず、むしろ最重要情報として、主神マールに報告された。

 そしてどういう方法かはわからないが、主神マールによって私はいつの間にか調査、観察され、まぎれもない聖女だと断定されたらしい。

 しかもどうやら私がぐっすりと眠っている間にだ。


 主神マールは私の事を観た後、ヴォイドさんにこう告げたらしい。


 聖女エリカは今後の戦況を左右する重要な存在であること。

 そしてその力は神にも匹敵するほど強力であること。

 よって、プラチナムハート全軍は今後聖女に対し一切の協力を惜しまず、神命をもってこれを徹底すること。

 また、クエスター・ヴォイド・アリューションは本日より聖女エリカ専属の従者となること。


 本人のあずかり知らぬところで神様御自ら、私の事をそういう扱いにしてしまったらしい。

 これには私もびっくりだ。


 しかもこれは秘密通信の類ではなく、その後全軍通達されてしまったというのだからなおさら驚きだ。

 本人が何も知らず眠ってる間に、世界中のプラチナムハート達に聖女降臨のニュースが流れてしまったというわけだ。


 朝起きて最初の話がそんな内容だったこともあり、仰天するわ緊張するわで朝食はろくに喉を通らなかった。


 ちなみに私には女性の隊員の兵舎の一室が仮住まいとして与えられたので、しばらくの間はここに逗留することになりそうだ。

 布団がふかふかだったのはありがたかった。


 ただやはりというか、予想以上にというか、どこかへ移動の際に誰かとすれ違う度に、聖女様!と拝まれるのは勘弁だった。

 コミュ障で人見知りの私には結構なダメージとなるのだ。


 ウルバーン砦は、プラチナムハートの駐留先ではあるが、普通の人も割と多く滞在している。

 多くはウルバーン都市軍の兵士だが、他にも主神マールを信仰している聖職者や、市井の魔術師、出入りの商人や砦の用務員、清掃員、といった民間人もいる。

 私の噂はそういう人たちからあっという間に広がり、その日の午後には城塞都市内でも聖女降臨の話題が広まっていたそうだ。


 さてその私はと言えば、まともに喉を通らなかった少し遅めの朝食を終え、昨夜の会議室らしき部屋で、再びヴォイドさんと話していた。


「会う人会う人皆さんに聖女様ーって、どれだけ広がってるんですか」


 呆れ顔で私はそう愚痴る。大まかな報告を彼から受けた直後の事だ。


「さすがにあなたの存在を秘匿にもできなかったもので、駐留団長に報告したら、主神に報告せよと命ぜられてしまって……そうなってしまったら私としてはお手上げです」


 やや困ったような顔を作り、彼はそう返してきた。


「それにしても……この世界って、神様と直接お話しできるんですね。

 少し驚きです。

 それとも、主神様だけですか?」


 これは私にとっては結構な疑問だった。

 私にとって神というのは概念だったり、高次の存在だったりであり、基本的には会話すらままならない存在だという固定観念がある。

 しかし、ヴォイドさんの報告で主神と話したなどという言葉を聞かされ、少しどころではなく驚いたのだ。

 会える神様とかなんかすごくない?


 いや、冷静に考えたら私、昨日転生の女神と直接会って話してたんだよな、と思い出した。

 会ってるじゃん。

 まぁ転生の神様に会えたこと自体すごいんだけれども。


「この世界の神は大半が現人神ですね。

 何らかの機会があれば、聖女様であればお会いすることはできるかと思いますよ。

 といっても、世界の創造主たる古き創造の神々は既に世におりませんので、唯一の例外を除いては会えませんが」


「ああ、龍神様」


 唯一の例外。

 この世界の誕生から今までを見届けているという絶対神的存在。

 そして英雄や賢者を神という位置まで高めたという存在。

 龍界が邪神からの侵攻を退け続けているのも、その力によるところが大きいのだろう。


 その龍神様にも会える機会があるかもしれない。

 何気にすごいな、エイトリージョン。


「ところで、ヴォイドさんが私の従者になるという話なんですけど」


「何かまずかったですか?」


「いえ、まずいとかまずくないとか以前に、私ごときに従者って、ヴォイドさんって結構立場が上の方ですよね?役職者ですよね?」


「ヴォイドと呼び捨てで結構ですよ、聖女様。

 それに私の役職であるクエスターというのは、その名の通り探究者という意味ですから、逆に今回の人事のような特殊な事例なら大歓迎なんですがね」


 言いながら彼は嬉しそうに笑う。

 というか、さん付けやめろって言われた。

 それに対して私の事は聖女様呼ばわりですかそうですか。


「あの、だったら私のこともエリカって呼び捨てにしてください。

 聖女様って言われるのすごく疲れます」


 実際このわずか短時間ですら既に疲れてる。

 きっとこの先、この世界に平和を取り戻すまで、行く先々で聖女様、聖女様って呼ばれるんだろう。

 想像するだけでぐったりしてくる。


「いや、さすがにそれは無理ですよ、主神お墨付きの聖女様ですから、呼び捨てなんて恐れ多いです」


 まあそうなんでしょうね。そう言うと思ってました。


「じゃあせめて、聖女様はやめて、名前の方でお願いします」


 これが私の最終ライン。

 本当は様付けだって嫌なんだけど。

 柄じゃないし。


「エリカ様、でよろしいですか?」


 言いながらヴォイドはやや困った顔を見せる。


「但し、公の場では聖女様と呼ばせていただきますよ」


 これは仕方がないか。

 って、公の場!?

 いや、これはあるよね、王様や貴族様とのお付き合いとか、神様に謁見とか。

 むうっ、想定外だった。

 『サンクチュアリ』では無かったよなー、そういう場面。

 割と大天使とか相手にずけずけしゃべってたし。

 魔王とか相手に丁寧語使ってるだけマシだったと言えばそうなんだけど。


 それにしても、従者とは。

 その呼び方は何とかならないんだろうか?

 旅の道連れとか旅のお供とか、なんかこう、もっと砕けた感じの。

 たしかに『サンクチュアリ3』でも従者という名のお供はいたけど、彼ら普通にタメ口で色々おしゃべりしてたよなぁ。

 気になるのは従者という単語の堅苦しさか。


「あと、その従者って、どのくらい従者なんですか?」


 なんともまあ我ながらふざけた質問だと思う。

 これで聖女というのはお笑い草だ。


「言葉通りですよ。

 この世界の案内人といいますか、色々お手伝いさせていただきます」


 いたってまともな返答だ。

 けれど、ヴォイドの言う意味ではありがたい。

 確かにこの世界の事は私にはわからない事だらけだ。

 これからも色々わからないことは山のように出てくるだろうし、そういった時に傍にいて疑問に答えてもらえるだけでもありがたい。


「いたらない聖女ですが、よろしくお願いしますね」


 言って、私はペコリと頭を下げた。


 そういえば、主神的に、いや宗教的に、私の信仰はどうなんだろうか?


 私の力が問題なく使えるという事は、エカール百八の神々はここからはるか遠くに実在するとして、私の祈りを聞き届けてくれているわけで、私の信仰はそのエカール百八神で変わることはない。

 ゲームの中の神様なので宗旨もなにもわかったものではないが。


 主神マールの立場からすれば、私の存在は異教徒であり異端だ。

 しかし、主神はその私を正式に聖女として認めたのだ。


「マール様は他の神々とも親しいですからね、気にもされてないと思いますよ。

 それに聖女様が信仰しているならば善なる神々に間違いはないですからね」


 なるほど納得の回答だ。

 主神マールが寛容の神で良かった、と胸をなでおろした。


 それにしてもはるか遠くから私のステータスを見られるとは、やはり神はすごい。

 いや、ステータス見られたんだよね?多分。


「ところで、この世界ってステータスみたいな能力が数値化して見られる魔法とかってあるんですか?」


 すると、ヴォイドは不思議そうな顔で聞いてくる。


「ステータス……ですか?

 能力が数値化して見えるって、何気に便利そうですね。

 エリカ様は使えるんですか?」


 無いらしい。

 しまった、これは失言だった。


「私、今までに色んな異世界の本を読んできたんですけれど、多いんですよ、そういう魔法や技能が使える世界って。

 あ、ちなみに私の世界には、無かったんですけどね」


 何だか無理矢理だけれど仕方がない。

 異世界の本、と言って通じるかどうかはわからないけれど。


「さすがに数値化は無理ですが、気力や魔力で相手を推し量るような事ならできるとは思います。

 実際に私もやってますし」


 そうか、その手があったか。

 昨夜気門開放した時に私が感じたのと同じような事だ。


 気門開放せずともできるのかどうかはまだ確かめていないけれど、昨日の戦闘を思うにこれは多分大丈夫だろう。


 こういう技術は戦士ならばごく当たり前に必要とされる能力なのかもしれない。

 人の殺気が感じられなければ、戦場で真っ先に死ぬのは自分だ。

 修羅場を何度も潜り抜けての言葉だろう。


 私は大丈夫なのだろうか?

 今までの自分と違うという事に不安を覚えないでもない。

 上手くこの体を使いこなせないと、本来のエリカに失礼だ。


 それに、と思う。

 自分の事を聖女様だと信じてくれる多くの人々に安心を届けるためには、これからもっとこの体に慣れ、より多くの命を救い、より多くの敵を倒していかなければならない。


 そのためには、まずはウォーミングアップが必要だな、と考えた。


「私、少し動きたくなりました。どこかに敵の先遣隊とか偵察部隊とかって情報ありますか?」


「今、何と仰いました?」


「ウォーミングアップしたいんです。聖女デビューですから」


 正直、軽く戦うぐらいじゃ物足りないのだけれど、というのが本音だ。


 ダンジョン一つ軽く潜ってボスを倒して、を何周かはしないと物足りない。


 けれど、そんな便利なエンドコンテンツがこの世界にもあるとは到底思えないし、ならば軽い実戦で我慢するしかない。


「聖女デビューでウォーミングアップって……どういう意味ですかっ?!」


 そりゃわからないのが普通よね。

 自分でも何言ってるんだろうこの人って思う。


 反面、少しでも今の自分の不安を潰していくために、実際に身体を動かして、戦闘術や祈祷術がきちんと使えるのかどうかを試してみたいのだ。


「いや、あるにはあるのですがね、実は四日ほど前に小規模の軍事衝突があったのですが、都市軍の兵に被害が出ておりまして、すぐには軍は動かせない状況です。

 こちらの前線基地には負傷者も収容されておりますし」


 それだ!

 異世界聖女転生もので聖女様がよく負傷兵をヒールして歓喜されるシチュエーション。

 少なくとも祈祷術の訓練には丁度いい。

 もちろん今後、そういう任を依頼されることも多くあるだろう。


 一応、万が一、無いとは思うが念のため、祈祷術に失敗してしまった場合に備え、ヴォイドには目的は告げずにおこう。


「位置関係はどうなってますか?

 ここから前線基地への距離とか、そこから更に敵への距離とか」


「ですから軍は出せませんよ?聞いてどうするんです?」


 ヴォイドは困り顔だ。


「私達だけで行くんですよ。まずは前線基地へ行って、それから敵の先遣隊まで」


「本気ですか?冗談と言ってください」


「本気ですよ。冗談言ってる顔に見えます?」


 言って、私は真面目な顔でヴォイドを見つめる。少々哀願の色も交えながら。


「わかりましたよ、そんな目で見ないでくださいっ!

 前線基地までは、馬でなら半日です。

 そこから敵の先遣隊と思われる場所へなら、そう遠くないと思われます。

 詳しい場所は前線基地で聞かねばなりませんが」


 そうと分かれば話は早い。

 どうやら、充実した一日になりそうだ。


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