『赤き鉄槌』


ポイ。


そのハンマーは、無言でガラクタ入れに突っ込まれた。


ストックの眼から、黒目が行方不明になる。

そのショックは稲妻のごとし。


「……」


何か言いたいのに言い出せない。

ストックは石のように、いや、まさに雷に撃たれて黒焦げになった死体のように。

固まってしまった。


今度こそと、渾身の技術を籠めたハンマーだったのに。

一つの言葉も無くゴミ箱に入れられるとは。


「夕食の準備をします」


そう一言だけ言って、真っ赤なカソックを纏った小柄な少女が、ストックの横を通り過ぎた。


白金プラチナ色の長い髪を揺らし。

かすかな石鹸の香を匂わせながら。



狩りから戻ってお風呂にでも入ったのだろう。


もう、鍛冶屋の奥の扉を開けるころになって、

ストックはようやく振り返った。


少女が鍛冶屋から出て行って。


そして、ショックが脚に来たストックは、がっくし、と床に膝を落とす。


「……な、なにがいかんのというのだ……。製法か? それとも、あの『銀』は普通の技術では活かし切れんのか?」



ゴミ箱に突っ込まれた何十本という赤いハンマー。

3日前、冒険者の仕事から戻った時に、少女が置いていった新しく買い付けてきた『素材ウガヤ銀』。



ストックはそれらの在る場所を見つめ、考えを巡らせる。


「……何か別の金属と混ぜ合わせてみるか……だが、何と……? それともやはり、根本の作り方の見直しが必要なのか?」


ハンマーを作る全ての工程の、どこに問題があるのかが分からない。


いやその前に。


ストックが仕事で使っているハンマーのほうがもはやボロボロになっていた。


「まずはこいつのほうだな……試しにこいつをあの銀で新調してみるか」



鍛冶師ストックの試行錯誤は、まだ続く。





一方。

―――――


離れの台所。


そこに置かれた踏み台の上に、ヘレニウムは立っていた――。




修道女の時から。

さらに、神官になったあとも。


基本的に、自給自足。


自分で出来ることは自分でする。


調理と言うのもその一環で。

ヘレニウムは、料理も熟達している。


首都グラッセから辺境のエスカロープの街まで旅する中。

サバイバル必至だったこともあり、植物やキノコの見分けも、狩猟もこなす。

さらに、そこにある食材を活かして、即興でレシピを組み上げることもできる。



ちなみに今日の献立は何かと言うと。


野鳥の肉を香ばしいタレで焼くメインディッシュと、その辺の山でとれた山菜の煮込みスープだ。薬草ハーブを香辛料代わりにしているため、香りもいいし、市場でもらった魚の切れっパシを出汁にして旨味も濃い。


それに、市場で買ったパンを合わせる。



洗濯物は既に取り込んで畳んであるし、鍛冶屋の熱を利用したお風呂は、今すぐに入ることができる。


あとはスープが煮詰まるのを待つだけだ。

ストックが今日の仕事を終えるころには、お風呂も食事も、万端だろう。



そんなところに。

鍛冶屋の方からやかましい音が聞こえてくる。

扉を勢いよく開ける音。


話声。


微かな声が漏れてくる。


「――ストックの鍛冶屋ってのはここか?」


「え? お、おうそうだが? あんたは?」


「オレは冒険者をしてる、テッドっていう者だ。ここに、ヘレニウムってやつがいるだろう? こんなちっこくて、真っ赤な服を着た、ハンマー馬鹿のちょっと『頭がおかしい』女の子なんだが」


 ……。


「ああ、それならそっちの奥の離れに居ると思うが、いったい何用だ? 『あんなの』に、何の用があるって言うんだ? あんたヘレの何だね?」


「何、って言われると困るんだが、まぁ冒険者仲間ってところかな」


「仲間!? あの『偏屈の頓珍漢』に仲間だと? あんたも頭おかしいのではないか? 知り合いは選ぶ方が良いとおもうぞ」


…………。


がっさがっさ。

一袋、二袋、三袋……。

ヘレニウムは、無言でスープに真っ赤な香辛料を大量に混ぜ入れ始めた。


カップの水に雑巾汁をたらふく垂らし込み。


洗濯物を外に放り投げてから、丹念に踏みつけ。


お風呂のかまどに墨を大量にたたきこむ。



そして、離れの内側。

玄関の扉の前にヘレニウムは立つ。


「とにかく! 急ぎなんだ。冒険者組合がヘレニウムを探している。通らせてもらうからな」


「お、おお」


話声が終わり、

鍛冶屋の扉を開ける音がして。

離れの扉を開ける音がして。


「おい、ヘレニ……」


ドカッ


扉を開けた瞬間にテッドは、脚を引っかけられ、見事な一本背負いで硬い木の床にたたきつけられた。


「ごふっ!?」


イキナリすぎて受け身も取れなかったテッドは、余りの衝撃に息が吸えなくなる。

グーで殴ったら、ヘレニウムのパワーでどうなるか分からないので。

ぶんなげたのは優しさだった。


「ちょ、お、おま……何すン……」


大の字で床に寝かされながら、息も絶え絶えで抗議するテッドの傍に、ヘレニウムはしゃがみこみ、その情けない顔を覗き込む。


向ける、張り付けた、微笑。

声色はいつも以上に冷たく。


「何用ですか? こんなところまで」



「ぼ、冒険者組合が、あんたを探してる。……あんた、護衛任務を受けるときに、もう一つ依頼を受けただろ……ガランティン古戦場のアンデット退治」


それを聞いて。

ヘレニウムは 『あっ』 と言う顔になる。

完全に忘れていた顔だ。


ハンマーと何も関係が無い依頼だったので、全く気にしていなかった。

護衛依頼の往復と現地滞在で約4日。


街から鍛冶師の所に荷物を運ぶのに半日。


そしてさらに3日ほど過ぎている。


「やっぱりな……それが今大変なことになってる」


「ほんの一週間でですか?」


「ああ……急にアンデットたちがあふれ出したらしい。今、組合で緊急依頼を出して、冒険者を駆り出してる。エスカロープの兵隊もこれから出るって話らしい」


「ふーん」


あ、ダメだこいつ、全然興味が無い。


とはテッドの心境。


テッドは身を起こす。

全力で説得を開始。


「普通に殴り倒してもダメなんだ、あそこのアンデットは……! なぜか数日で復活する。それが、今は尋常じゃない……。組合は上級神官アークビショップのあんたを探してる……すぐに来てくれないか。頼むよ」



不満気な表情のヘレニウム。


「……気が乗りませんね」


それに。


「『私は頭がおかしい』ので」


と付け加えるヘレニウムに、テッドは凍り付く。


「キ、キイテタノカ、アンタ……?」


それでようやく、なぜぶん投げられたのかを理解した。


「ええ。『あんなので』『偏屈で頓珍漢』で、知り合いにする価値もないそうですね」


テッドは冷や汗たらたらになる。


「お、おおおお……」


超高速で、テッドはその場に正座し、床に頭をこすりつける


DO GE ZA だ。


「すまん! 本当にすまん! この通り謝る! だから来てくれ……このままだと街まで押し寄せてくる。マジでやばいんだ」


テッドの謝罪には、エスカロープの街の行く末が乗っかっているようだった。

是が非でも連れて行かなければならない、という意思が感じられる。


ハァ。

とヘレニウムは、テッドの狼藉を溜息と共に流し。


「仕方がないですね」


それにもともと、依頼は組合から受けたもの。

忘れていたのも事実。

お金もそれなりに出るという。


ハンマーと関係ないのがかなりやる気を削ぐけれど。


行くしかないので行こう、と、本当に仕方がない、という態度でヘレニウムは立ち上がる。


「よし、それじゃまず、組合に行こう」




そうして、身支度を終えたヘレニウムは、テッドと共に冒険者組合へ赴くのだった。

去り際に。


「お風呂と夕食は用意しておきましたので」


ストックにそう告げて出て行った。






「ほっわあああああ、熱じッ、いいいいいいいぃぃぃ!?」


「ごあ、辛っ、辛辛辛辛辛辛辛辛辛辛辛辛辛っ!」



「み、みずみずみず、水水ッ!!」


「ゴファッ!!!」


「―――(ちーん)」


熱湯風呂で全身を火傷し、50倍激辛スープで絶叫し。

トドメの雑巾汁で、気を失った。


そんな鍛冶師が仕事に復帰したのは、一両日後だったという。

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