『上級神官《アークビショップ》の冒険者①』


「なんか、良さ気な依頼は、ねえかなーっと」


ある日。


大剣を背負い、腰にメイスを下げた革鎧姿の青年――。

テッドは、冒険者組合本部に居た。


そこで、依頼受付の掲示板に貼られた依頼書を眺めていた。

腕を組んで、う~ん、う~ん、と唸っている。


両手剣を新調したうえに、メイスまで購入して、お財布は素寒貧だ。

確実に稼げる仕事を見つけなければならない。


もしも次に失敗したら、酒場でバイトをする羽目になるだろう。

そんな安い賃金で、もう一度大剣を買うのにどれだけの時間が必要な事か。

考えるだけで面倒だった。


テッドは真剣だ。


「う~ん……こっちは下水道か。――手ごろだけど、不定形のやつに、買ったばっかりの剣食われたくねえしな……。酸でボロボロになっちまう」


小声でつぶやきながら、テッドが悩んでいると、本部入り口の方にたむろっている冒険者たちがざわついた。

その言葉の端々に、ヘレニウムという名や、紅い、鉄槌、というキーワードが滲み、思わずテッドは振り返る。


すると、予想通り、真っ赤な礼服に、白い鎧、所々に十字模様を描いた姿が目に入る。

その背中に流れる白金色の髪も間違いない。


「……あいつだ……」


当然、その人物はテッドがシデの森で会った少女だった。


テッドは駆け出しの冒険者だ。


それに毎日組合に顔を出しているわけでもない。

それはヘレニウムも同じだ。


つまり、テッドが冒険者組合で、ヘレニウムを見かけたのは初めてだった。

とはいえ、基本自営業の冒険者同士が、何度も同じ場所で出くわすということは、パーティーを組んでいる意外、稀有な事なのだが。



ヘレニウムは、入り口からまっすぐ、テッドが居る掲示板の所までやってくる。

そして怖じもせずその隣に立った。


が、まるでテッドとは面識が無いかのような素振りのまま――つまりテッドを気にも留めず、依頼書を吟味しだす。


180近い青年テッドからすると、ヘレニウムはずいぶんと小柄で、150cmか140cm程しかなさそうだった。

だから、掲示板の一番上に貼ってある書類を見づらそうにしている。


暫くすると、気に入ったのか、依頼書を剥がそうとして、手を伸ばすが、ギリギリ指先が届かない様子だ。

つま先立ちをしても、やっぱり手は届いていない。


「取ろうか?」


そうテッドが声をかけると。

なぜか、ムスっとされ。


「結構です」


そう言うと。

ヘレニウムは背中に背負った盾から、ハンマーを外そうとする。

ハンマーで依頼書をひっかけて取る気なのだろうが。

冒険者組合の中で抜刀は禁止されている。

だから


「それは禁止だ、取るよ」


「禁止なのは剣を抜くことであって、ハンマーは関係ありません」


きっと、冒険者登録する時にもらう書類に『抜刀禁止』そう書いてあるのだろう。

だが、それはへ理屈の部類で。

危険だから、組合内で武器を使うな、という真意が込められているはずだ。


テッドは神官少女の抗議を無視して、お目当てであろう依頼書を掲示板から引っぺがした。


そして読む。

少女に渡す前に。


「なになに――デルバン坑道からの積み荷の護衛か。報酬がなかなか美味しいな」


その隣で、横から依頼書をぶんどろうとしてくるヘレニウム。

対するテッドは長身を活かし、書類を『高い高い』して、防衛する。


ちなみに依頼は、最近積み荷を狙う賊が多くいるため、護衛が必要とのことだ。

そして、デルバン坑道といえば、低位の鉱物なら『金』、中位なら『ミスリル』、最高位ならば超希少な『ウガヤ銀』の採掘が見込めることで有名だ。


それらを街まで運ぶ荷馬車の護衛が、仕事のようだ。


テッドはヘレニウムに依頼書を渡す。

というより、腕を少し下げたらぶんどられた。

「これに決めたのか?」


「いけませんか?」


「いや、別に」


 しかし護衛をひとりで行う気なのだろうか?

 ヘレニウムはそのまま受付に行ってしまった。


 オオムカデを一撃で倒せるのだから、盗賊相手でも余裕だろう。

 だが、盗賊はだいたい大勢で襲ってくる。

 ムカデ一匹相手にするのとは、依頼の難しさのベクトルが違うのだ。


 青年は少し心配だった。


 受付嬢とやり取りをしている背中をじっと見つめてしまう。






 一方。

 受付では。


「こんにちは。ヘレニウム様」

受付嬢と、ヘレニウムは既に馴染みだった。


「これを」

ぺらり、と赤い神官少女が、事務員姿の受付嬢に依頼書を渡す。


「かしこまりました――ところで……」


「なにか問題でも?」


「いえ。あの。別件でこちらからお願いしたいお仕事があるのですが――」


「別件?」

ヘレニウムは少し考え、わざわざ神官に依頼するような話と言ったら思い浮かぶのは一つで。


「祓魔業の話?」


「ええ、まぁ。最近アンデットたちの動きが活発化しておりまして」


 アンデットとと聞いて思い浮かぶのは、スケルトンなどの動く屍たちのことだ。

アンデット退治は祓魔を専門とする聖職者などに依頼される仕事としては定番のやつだった。

 しかも聖堂への依頼は、基本的に無料だ。

 まぁ、お布施と言う形で、あるていど支払われるのが通例ではあるけれど。

 つまり、代行者にお金は入らない。

 

 もし、このアンデット退治を『聖堂の神官』としてのヘレニウムに依頼されてしまうとお金も出ないわけで。


 ヘレニウムは、見た目は何も変わらないすまし顔だが。

 冒険者の表情の機微に敏感な受付嬢には、解る。

 ヘレニウムは、嫌そうだった。 

 それを押し隠しながら、

「低位のアンデット程度なら、普通の冒険者でも、討伐は可能なはずですが?」


「それはそうなのですが。今回は数が問題でして……ヘレニウム様はガランティン古戦場というところを御存じですか?」


 その場所は、よく国家間の戦争に使われる平野だった。

 古戦場と言う名だが、今でもしばしば現役で利用されている。


 そこで死んだ戦士の死体が、アンデット化するという事だ。

 それも大量に。

 現状でも冒険者に依頼を出しているが、きりが無いのだという。

 他の場所のアンデットならともかく。

 古戦場は別だ。

 何の原因か不明だが。

 物理的に倒すだけでは、また復活するからだ。


 エンカロープにきて日が浅いヘレニウムに、受付嬢は説明する。


「……冒険者の神官は?」


「幾人かにお願いはしているのですが……」


 修行中だったり、『天恵』が微妙な神官ではやはり一時しのぎでしかないという事だった。

 

 説明を聞いても。あまり乗り気でないヘレニウムに、受付嬢は最後の手段を講じる。


「ああ、勿論、『冒険者』としてのヘレニウム様にお願いいたしますので。報酬もそれなりになるかと」


 つまり金が出る。

 割とたくさん。

「そうですか」


「お受けいただけます?」


「致し方ありませんね」


それで渋々、ヘレニウムは納得した。

受付嬢も胸をなでおろす。


というわけで、護衛と古戦場。

二つの依頼を遂行することになった。



受付嬢に別れを告げ、カウンターから立ち去ろうとするヘレニウム。

そこに、


「すいません、ヘレニウム様」


声がかかる。


「どちらさま?」


「わたくし、アプリコットと申します」


ヘレニウムを呼び止めたのは、別の神官少女だった。

身長は155程で。

黒っぽい礼服の、低位神官プリーストだ。

背中に杖を携えている。


「それで?」


「依頼をお受けになるのでしたら、わたくしも、同行させていただけませんか? 高位神官アークビショップ様のお仕事を一度拝見……」


「嫌」


 ヘレニウムは秒で断った。



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