⑩ 秘密兵器の出番!

 そして、翌日の金曜日。

 放課後、私たち四人は一度家に帰ってから近所の公園に集まった。

 そこではタクとユートが液晶モニターつきのコントローラーをのぞきこんで、なにか悪だくみでもしてそうな顔をしていた。

 リンちゃんは大きなラジコンっぽいものを手に持って、興味深そうにひっくり返したりしてる。

「ごめんね、お待たせ。秘密兵器ってラジコンだったの?」

 秘密兵器って言っていたのにラジコンを飛ばして遊ぶっていうのは、かたすかしな答えだった。

 するとユートは意外そうにまゆを上げる。

「あれ? なんだ、ヒナは動物の番組とかをたくさん見ているから知っていると思ったんだけどな。ドローンだよ、ドローン。聞いたことないか?」

「あ。ヘリコプターからの撮影みたいに空中映像をとってくれる機械だっけ?」

「そうそう。タクの家にはな、こんなものまであるんだよ。ハイテクだよな」

 そういえば観光地を特集した番組だと空中からの風景を放送することがあった。

 そんなときは『ドローンが撮影した映像がこちら』なんて前置きで映像が切りかわっていた気がする。

「言っておくけど、これは僕のおもちゃじゃなくて父さんのだよ。ゲーム機本体の何倍も高いから、こわさないようにしないと」

 タクはそう言って好奇心のままに動いているリンちゃんを見つめた。

 ドローンが持つ四つのプロペラがどんなふうに動くのか知りたいのか、つまんでイジろうとしているところだね。パキッとイヤな音が聞こえそう。

 あはははとリンちゃんは苦笑いでごまかしているけど、いかにも弱そうなプロペラをつつくのはたしかにこわい。

「えっと、このドローンでなにを探すの?」

 これが本題だよね。

 私が切り出してみると、ユートはいかにも計画をねった様子で答えてくれる。

「目的は二つある。一つはネコ探し。低空で飛んでいれば人やネコのすがたも見つけられるし、公園からならあの連中に出会ったり、何かをされたりする可能性も低いだろ?」

 ふつうは一つの目的のためになにかをするものだけど、ユートはこうやって一石二鳥で物事を運ぼうとするからすごい。

 猫は塀の上みたいな高いところも好きだし、空から探せれば私たちの目線では見えないところも確認できる。

 そういうところはとっても効率的そうだった。

 じゃあ、あと一つはなんだろう?

 しばらくなやんだけど、答えが出ない。降参してユートに助けてもらう。

「のこりはなにがあるの?」

「犯人探しだよ。だってさ、森のなかでごみを焼いたりうめたりしてかくしていたんだぞ? つまり、ごみをふつうには出せないところで飼っている証拠だ。こまめにすてるのも手間だし、ベランダとかにためていたっておかしくない。それを探すんだ」

 ユートが大まかに説明してくれると、タクもいっしょになって話してくれる。

「それでユートはネコ探しのついでにマンションのベランダも確認しようとしているんだよ。ドローンは飛ばしていい場所が限られるし、バッテリー的に三十分くらいしか飛ばせないから鳥になった気分で捜索とまではいかないんだけどね」

「あ、そうなんだ?」

 テレビの空撮みたいに自由自在に見てまわれる――そんな想像をしたけど、そこまでカンタンな話でもないみたい。

 複雑そうにしているタクに比べてユートは自信ありげだった。

 でも、それなら私も心配ごとがある。

「それで探すのはいいけど、空き缶とかプラスチックごみをベランダに置いている人ってたまにいるよね。つごうよく犯人グループっぽいごみ袋だけ見つけられるかな?」

「もちろん。だってごみは指定されたごみ袋ですてて、あの犯人っぽい大人が持っていた黒いごみ袋みたいなルール違反だと回収されないだろ? 犯人グループは最初からふつうにすてる気がないからあのごみ袋を使っているんだ。昨日今日でごみの集め方を変えるとは思えないし、ベランダに黒いごみ袋を置いているところを探すだけでかなりしぼれるはずだ。昨日、ごみをすてていたから今日はないかもしれないけど、続けていれば見つかるかもしれない」

「うわぁ、なるほど。そこまで考えていたんだね!?」

 地域指定のごみ袋とちがって黒いごみ袋は安いし、中身をかくすのにもつごうがいい。

 そんな利点を取ったからこそ犯人がのこしていそうな隙だった。

 少しずつ相手のしっぽが見えてきた気がして胸が熱くなってくる。

 こんな方法を考えついたからこそ、ユートはほこらしげなのかもしれない。

「じゃあ、さっそく探そう。一番はうちのネコの兄弟探し。おまけで密輸の犯人探しだ」

 ユートの声に、おー! と返す。

 リンちゃんがドローンを地面に置くと、タクの操縦で空を飛んだ。

 本当にテレビで見る空中撮影みたいな映像がコントローラーの液晶にうつしだされてる。

 まずは公園まわりをぐるりと見下ろしてみた。

 けど、ネコのすがたは見えない。近くのマンションのベランダにも黒いビニール袋のごみは見当たらなかった。

 続けていれば見つかるかもしれないって言っていた通り、ユートも確実な方法とは考えていなかったんだと思う。

 軽く残念そうに息をはいたくらいで気を取り直していた。

「タク、バッテリーもそんなにもたないだろ? 別の公園でも見て今日は終わりにしよう。また塾もあるしな。リンもそうだろ?」

 着陸したドローンをひろいあげ、またじっくりと観察していたリンちゃんは昨日とはちがった様子だ。

 楽しそうに口元をゆるめている。

「そうなんだけど、今日は格闘技の練習なんだよ。こう、パンチやキックとか、相手を投げたりとか、関節技とか。護身術にもなるし、ちょっとおもしろいんだよねー!」

 ドローンをタクにあずけると、習ったことの再現をしてくれる。

 その動きはひゅっひゅっと風を切るし、クラスの男子がマネごとでするものとは明らかにキレがちがった。

 こういう差が本当にスターみたいなんだよね。

 そんな気持ちで見つめていると、リンちゃんは私を見つめてきた。

「ヒナちゃんもせっかくだからやってみない? 女の子も習っているんだよ?」

「ええっ!? 私はそんな運動神経はよくないし……」

「ノープロブレム! こういうものはきたえていくものだよ。ちょっと動いておいたら中学生になったときの部活で選択肢が広がるかもしんないしさ」

 今はクラブにはいっている人なんて少ない。

 だからこそ今のうちにやっておいたら一年生のうちから試合でレギュラーになれるお姉ちゃんみたいな人もでてくるんだと思う。

 同じことをして同じくらいに成功するとは思えない。だけど、もしあれくらいになれたらどうだろうと想像してみる。

「うーん。やっぱり運動はしっくりこないかな」

「えぇー。ヒナちゃんがいてくれたらもっと楽しかったんだけどなぁ」

「運動で一番になってほめられたらうれしいとは思うよ? でも、私は動物のことを調べたり、みんなでこうしていろいろやっているときのほうがいいかなぁ」

 ユートやリンちゃんのように、好きなこととやりたいことがまだかっちりとは定まっていないけど、おしいところまでは来ている気がした。

 そのうち私にも特別ななにかが見つかればいいんだけど。

 そんなことを思いえがきながら次の公園にむかって移動していたところ、私たちは路上にパトカーがとまっているのを見つけた。

 そういえばこの道はあの火事があった畑の近く。

 もしかすると博物館のおじさんから連絡を受けて警察が確認に来たのかもしれない。

 一人は車内でなにかをしていて、のこるもう一人は車によりかかってタバコを吸っている。

 四人そろって移動していたのが目立ったようで、自然とその警察官と目があった。

 物置が火事になったときの関口っていうおじさんだ。

「おや。奇遇――でもないか。君たちがあの不法投棄も見つけたんだし、家はこの近所だものな」

 おじさんは携帯灰皿にタバコをしまうと、うむうむとうなずいた。

 博物館の人にはユートが保護したネコについていたダニを追っていたらあの骨と甲羅を見つけたんだとは伝えてある。それを聞いたんだろうね。

 おじさんは私たちのところに近づいてくると、片ひざをついて視線をあわせてきた。

「実は話にあった丘をちょうど調べてきたところなんだが、ごみがなくなっていてね。君たちに確認したいことがあったんだよ」

「ちょっと待った! あのときと同じで俺たちは見つけただけだって!」

 証言と食いちがっているから、うたがわれている。

 私もそう感じたようにユートはすばやく反論していた。

 そんな行動はもしかすると早とちりだったかもしれない。おじさんは少し面食らった表情になった。

「ああ、うたがってはいないんだ。物置の小火と同じく君たちは見つけただけなんだろう。そういう証言や監視カメラの映像もあがっているし、丘にはたき火のあとがのこっていたんだ。ただし、ごみは持ち去られていた。……状況的には、君たちに見られたから骨やごみを持って逃げたということになるんだろう。そうだね?」

「逃げたかどうかは見てないですけど、人に会ったのはたしかです」

 ユートはおじさんに答えながら私に目くばせをしてきた。

 こんなときにたよられるとしたら、おじさんが本心でそう言っているか色を見てってことだよね。

 ユートが私に目をむけたからおじさんもこっちを見てくる。

 少しふしぎがっている色だけど、親といっしょで心配をしてくれている色だった。

「心配、してくれているんですか?」

 そういう色だったんだと説明する代わりに、聞いてみる。

 それを聞くとユートたちもハラハラした様子がうすらいだ。

「ん? ああ、そういうことだよ。相手のナンバーもわかっていたことだし、すぐに事実確認はできた。その男は駅の近くにあるペットショップのオーナーの子供だ。博物館の館長が取引禁止の動物の骨と甲羅を鑑別したからにはたしかめないわけにはいかないし、私たちは午前中に動物にくわしい者とそこを見に行ったんだよ。結果はシロだった」

 シロ。たしか警察用語でそんなものがあるって聞いたことがあった気がする。

 なじみがないんだけど、身の潔白とかいう白と同じだよね。

 ……いや、それもおかしいよ。

 だってあの男の人は現場を見られてあせっていたし、骨と甲羅は取り引きしちゃいけない動物のもの。

 うしろめたいことにつながっているとしか思えないよ。

 おじさんも解決したような顔ではないし、話には続きがありそうだった。

「お嬢ちゃんもなんとなくわかっているみたいだな。その通り、おかしいんだ。ショップはたぶん、ルール違反をしていないってアピールするためにきっちりと整理した場所なんだろう。そっちを見せている間に証拠隠滅なんてのも考えられる。君たち四人は見たところ、ドローンで遊んでいるところか? トラブルを避けたいなら、あまり出歩くのはすすめないぞ」

「そのことは俺たちも考えて、人がいる公園くらいにしか行かないようにしています。今の話だと、あの男の人にバッタリ会うかもしれないからそのペットショップには近づかないほうがいいってことですよね?」

 博物館の館長もしてくれた心配だよね。ユートは十分にわかっているってうなずく。

 ドローンを飛ばすのも人目がある場所からネコ探しをするためだし、今さら感がある話だよ。

 だけど意外なことにユートの言葉に対しておじさんは首を横にふる。

 そのままなにかを言おうとして、少しまよった様子でパトカーのほうをふり返った。

 同行している人はまだ車内にいるのを確認すると、私たちに視線を戻してくる。

「お嬢ちゃんたちのためを思って言わせてもらうけど、ほかの人にはナイショだぞ?」

「え? あ、はい」

 おじさんは変わらず、私たちを心配した色をしてる。

 そういえばさっきからヒミツにしなきゃいけないはずの捜査情報を話してくれているのは、私たちのためを思ってなのかもしれない。

 そういう気持ちでしてくれるなら悪いはずがないと思うけど、一体なんだろう?

「実はな、その男は君たちに会ったあと、ペットショップとは真逆の方向へ逃げたんだよ。それは彼の自宅ともちがう方向でね、密輸動物の飼育場や関係者との連絡場所がそっちにあったのかもしれない。つまり丘やペットショップをさけたからといって、出会わない保証はないというわけだ。わかったかい?」

「は、はい。じゃあしばらくはできるだけ家に……ユート?」

 カッとなってもしばらくすれば気持ちが落ち着くのと同じ。

 時間を置けばあの男の人に出会ったとしても、とばっちりはないだろうっていうアドバイスだった。

 丘の近く以外も要注意なら、もう少し大人しくしていよう。

 そんな話をしようと思ったらユートは口元を押さえて深く考えごとをしていた。

「なあ、ヒナ。さっきは飼育現場がマンションにかくれている前提で探したけど、そういう場所でカワウソとかカメを飼ったらどうなるんだ?」

「え? うーん、カメは鳴かないし温度管理に気をつけるくらいだろうけど、カワウソは高い声で鳴くし、とっても遊び好きみたいだからすぐに近所の人が気づくかもね」

 キューキューとすごくひびきそうな声であまえる動画を見たおぼえがある。

 壁の厚さにもよるけど、くしゃみや物がたおれる音だって建物にひびくよね。

 バタバタと床を走る音とかもふくめて、まったく気づかれないっていうのはむずかしいと思う。

 ユートも同じ想像をしていたみたいだった。

「だよな。俺の家だって一軒家だからイヌとネコを飼えるんだし、ふつうは大変なんだよ。しかも駅と反対方向にはマンションがあんまりない。もしかして、アジトはマンション以外のところに作っていたんじゃ……?」

「ちょっと、ユートっ……」

 考えることにぼっとうしていて、だれの前で考えをひろうしているのか頭からぬけ落ちていたんだと思う。

 タクはあわあわとしているし、リンちゃんは何秒かおくれて気づいた様子だった。

 あっと思ってももうおそい。

 警察のおじさんは、あやしむような目でドローンを見ていた。

「予想よりずっと発想がすごい子たちだな。まさか人目がある公園から犯人探しをしていたんじゃないだろうね?」

 やっぱり気づいちゃうよね。

 私たちはイタズラが見つかったみたいにビクッと反応しちゃった。

 でも、ユートはおじさんをまっすぐ見つめて返している。

「いや、ネコ探しです。あのときのネコの兄弟と母ネコは習性的に丘の半径数百メートル以内にいる可能性が高いんですよね。そっちも保護したいし、塀の上は俺たちじゃ見えないからドローンを使って探しているんです」

 するりと、本音みたいにユートは説明した。

 これも別にウソじゃないんだよね。

 もしかすると、こんなふうにバレたときも当たり前みたいに説明するために一石二鳥の作戦にしたのかもしれない。

 火事のときみたいにユートとおじさんはにらめっこ状態になる。

「なるほど。まあ、ネコの兄弟探しはしてやれなかったからなぁ。そういうことならしかたない。もし警察に迷子ネコとしてとどけられたら連絡してあげよう。それにしても君たちの話は興味深かった」

 おじさんは腕を組んで、感心したようにうむうむとうなずく。

「おじさんたちも当てが外れてからは工場を調べたり、マンションの住人に聞きこみをしたりしたんだが、ごみ集積場にペットのごみが大量に出されるとかも聞かなかったんだ。まあ、ごみはペットショップのごみにまぎれこませている可能性もある。となると飼育現場を押さえるしかないんだが――ドローンに少し興味が出てしまったな」

「え?」

 仕事中の警察官だし、あの手この手で私たちのボロを追求して説教してくると思ったのに、にっかりと笑ってきた。

 なんだろう。悪意は感じないけど、すごくあやしい。

「おじさんたちはパトロール中だ。それを公園で飛ばすなら、あやしいやつがいないか先に行ってたしかめてあげよう。そのときに飛んでいるところを見せてほしい。目的はネコ探しなんだろうが、ビルの屋上も見えるとおじさんはうれしいな」

「そ、それくらいの高さなら見下ろせますけど、屋上ですか……?」

 コントローラーを持っているタクに視線がむけられるけれど、おじさんはなにが目的でこんなことを言っているのかよくわからない。

 ただ、やっぱり悪いことじゃないと思う。

 この前見たカラスみたいにイタズラをしてやろうとか、そういう色ではなかった。

「い、いいんじゃないかな? 私たちも最初から行くつもりだったし……」

 判断にまよっているタクに私なりの意見を伝えてみる。

 こんなときに限ってユートはまた考えごとをしている顔だった。

 ようやくなにか答えが見つかったのか、ユートはハッとしておじさんを見る。

「屋上のプレハブ小屋とかがあやしいってことですか?」

「いやいや、それはあったらいかんな。建築基準法ってものがあってな、屋上にプレハブや倉庫を置くには重量や風対策、高さ制限なんかが定められているし、たいていは申請が必要になる。無許可なら法律違反で罰金ってこともあるんだぞ?」

 なんだろう。

 ユートの言葉をうれしそうに受け取っているのに、ぜんぜんその気はないみたいに言っている。

 でも、なんとなく意味がわかった。

 あの丘に変なダニや密輸にかかわっていそうな証拠が集まっていたみたいに、悪いものがあるところには悪いものが集まっていそうってことなんだと思う。

 例えば、密輸動物を飼っているアジトとか。

 そうだよね。

 たしかにビルの屋上ならニオイも音も気にならないだろうし、ごみはさっき言ったようにペットショップに持っていけるもん。

 ユートとおじさんはにたような悪だくみ顔で私たちを見てくる。

「俺たちはドローンでネコ探しの続きだな」

「いやぁ、若いときにラジコンで遊んだのを思い出す。高いところの風景が楽しみだ」

 二人はこんな建て前をならべて、本音ではいっしょに犯人探しをしていると思う。

 このふしぎなふんいきにこまった私は、同じ気持ちっぽいタクとリンちゃんと目をあわせたのだった。

⑪ ここが犯人のアジト!

 結局、私たちは次の公園でドローンを飛ばすことにしていた。

 さっき話がついた通り関口さんはパトカーをどこかにとめて、公園に先回りをしてくれている。

 いっしょについてきている若めの警察官さんは部下なんだろうね。

 おじさんに引っぱってこられたみたいですごくこまった顔だった。

「ふつうの捜査とちがうんだもんね。ちょっとルール違反っぽいよ……」

「なにか言ったか?」

「ううん、なにも」

 私のつぶやきにユートが反応したけど、首を横にふっておく。

 これはあくまでネコ探しのためのドローン飛行。

 そのとき、ビルの屋上に密輸動物を飼育していそうなプレハブ小屋を発見しちゃっても、あくまでそれはぐうぜんだよねってお話だった。

 公園で幼児を遊ばせるお母さんたちは警察といっしょにいる私たちを見て、どうしたんだろう? って顔をしている。

 私もどうしてこうなったんだっけと今までのできごとをふり返りたくなる気分だった。

「えっと……、じゃあ飛ばしてもいいんだよね?」

 タクは不安そうに問いかけてくる。

 ドローンは飛ばしていい場所をアプリでたしかめるくらいにルールが多いのに、その番人がとなりで見ているんだもん。

 テストの最中に先生がのぞきこんでくるよりこわそうだよ。

「ああ、もちろんだ。今度はネコの兄弟が見つかるといいよな」

「ちゃんとルールの範囲内で飛ばすんだぞ。私たちはパトロールでいそがしいし、ちょっと見させてもらったら行くからな」

 ユートと警察のおじさんは変わらずにこんな調子。

 タクは私に助けをもとめる子イヌみたいな目をむけてくるんだけど、がんばってと念を送ることしかできないよ。

 息をのんだタクが操作すると、プロペラが回ってドローンが空を飛んだ。

 ここはちょうどいいことに、あの丘から見て駅とは逆方向にある。

 つまり、あのときに出会った不審人物が車で逃げた方向ってことになるのかな。

 マンションは少なくてふつうのお店とかビルが多い場所だから、予想が当たっていればアジトがあってもおかしくない。

「うーん、やっぱりネコはいないか」

 ユートはコントローラーの液晶をのぞきこんでネコのすがたを探す。

 これも大切な目的だから真剣な様子だった。

 見つからないまま、もっと高度が上がって建物の屋上が見え始めると今度はおじさんが注意深くのぞきこむ。

 たくさんのビルの屋上が映るなか、見えてくるのは大小のエアコン室外機に、丸いタンクの給水塔、大きな広告看板とか。

 たまに小屋みたいなものが見えても、それは倉庫のようだった。

 これはちがうよね。だって日差しが強い屋上だから。

 エアコンがないと夏の車みたいにサウナ状態だよ。それだと、とてもじゃないけど生き物は飼えない。

「むっ。これは……?」

 しばらくドローンが移動していたら、おじさんが画面に食いついた。

 そこに映るのは五階建てのビル。今までとちがってわりと大きなプレハブ小屋があって、エアコンの室外機もついていた。

 それこそ工事現場に置かれた建設員さん用の事務所みたいなものだね。

「こっそり、近づいてもらえんかな?」

「窓に近づくくらいならなんとか……」

 少しえんりょしながら言ってくるおじさんに、タクはこたえた。

 液晶の映像はプレハブ小屋の窓に近づいていく。

 すると、そこに見えたのは何段重ねにもなったペット用のケージや水槽だった。小さなサルにカワウソ、カメのすがたも少しだけど見える。

「うわぁ、これ……」

 それは飼育現場の確実な証拠映像だけど、私は言葉を失う。

 赤に紫に、青。イライラや不満、悲しみの色が強くて目がちかちかした。

 狭いケージに押しこめられて、いろんな動物が鳴いている環境だもん。ストレスがたまるんだね。

 その証拠に、たくさんの動物がケージのなかをいったりきたりしてる。ほかにも壁や天井を使って回転するように跳んでいたり、ずっと同じ動作のくり返し。

 こういうのを、『常同行動』って言うんだっけ。

 動物園やペットショップでストレスをかかえた動物が見せるシグナルだったはずだ。

「これ、ダメだよ……。あそこの動物、すごくかわいそう……」

「ああ、そうだな。すぐに犯人をつかまえて、ちゃんとした動物園に行けるようにしてやろう」

 自分が牢屋にとじこめられたような気持ちでつぶやくと、おじさんが答えてくれた。

 次の瞬間には私から若い警察官視線を移して指令をだす。

「あのビルの屋上だ。直接でむいて現場を押さえるぞ。……おっと、君たちは暗くなる前に帰るように。いいね?」

 それはあっという間の変わり身だったと思う。

 やわらかな表情がお仕事モードに切りかわると、二人そろって走っていった。

「ヒナちゃんみたいに動物の気持ちはわからないけど、たくさん鳴いているみたいだし、なんとなく伝わってきたなぁ。僕たちはこれからどうしよう?」

 ドローンを操縦しているタクはドローンのコントローラーに視線を落としてこまった顔をうかべている。

 あんな現場を見たら私たちでもなんとかしてあげたいって思っちゃうよね。

 だけど、それはどうだろう。

「私たちにできることはもうないと思うな。アジトは見つかったことだし、あとは悪い人がつかまるのを待ってネコの兄弟探しをするのがいいと思う」

「まあ、そうなるよな。天井連続放火事件の現場を押さえて、密輸事件の証拠を見つけて捜査の開始と決め手に協力。正直やりすぎなくらいだ。ここまで犯人の話を聞かせてくれたのだって、俺たちに協力させようとしたんじゃない。どこをうろついているかもしれない犯人のせいで不安がらせないようにって気をつかってくれただけだろうしさ」

 部下を確認したあとにナイショと言っていたし、そうなんだろうね。

 私とユートの意見で場がまとまってきた。

「オーケー、オーケー。なやみが減るのはいいことじゃん。それでこのあとはどうなるのかな?」

 やることなさげに頭のうしろで手を組んでいたリンちゃんは疑問を投げかけてくる。

「さっき言っていたみたいに、あのプレハブが合法かたしかめたりして、ほかにも犯罪をしていないか調査するんじゃないかな? まさに動かぬ証拠。逃げられないだろ」

「うんうん、それもそうだよね。最後の最後に見せ場はなかったけど、ユートが言ったみたいにあたしたちはやりすぎなくらいいろいろしたよ。十分じゃない?」

 あははとリンちゃんは気軽に笑う。

 問題解決のふんいきが少しずつ広がって、空気はゆるくなっていた。

 うん、これで終わりなんだよね。

 そう思って、私はあのビルを見おさめにして帰る準備を呼びかけようとした。

 みんなが視線を外してタクもドローンを呼びもどす――そんなとき、私はビルの前にあたらしい車がとまったことに気づいた。

 どうしたんだろう。それを見たとたんに胸が苦しくなった。

「ん、ヒナ。どうかしたか?」

「えっと、あの車から出てきた人たちが……」

 私の様子にユートが気づいたので、車を指さす。

 そこから出てきたのは若い二人組で、片方の顔には見おぼえがあった。

「オーマイガー。あれって、丘で見た犯人じゃない?」

「え。こんなタイミングで来るのか!?」

 やっぱりリンちゃんとユートもおどろかずにはいられなかった。

 だけど、よく考えるとこれもおかしくないことかもしれない。

 警察は午前中にペットショップを見てきたと言っていた。でも、そこは犯人の計画通りにやりすごせたんだもん。

 だったら、見つかっていないアジトの証拠隠滅をその日のうちに計画してもおかしくないよね。

 私は動揺しながら、先に登っていった警察の人たちを思いうかべる。

「で、でもさ、関口さんたちは今さっき登っていったよね。だったら、ちょうどよくはちあわせて逮捕できちゃわないかな?」

「その場で即座につかまえられたらたしかに最高だけど、どうなんだろうな。あの警察二人、ちょっとどんくさそうだし……」

 ユートが不安そうにうなる。

 そう言われてみると、気持ちは少しわかった。

 いかにもケンカ慣れしてそうで、体力もありそうな犯人二人と、中年と若手の警察二人。

 階段かプレハブ小屋ではちあわせるとして、そこから追いかけっこを始めたら確実に逮捕できるとは言えないかも。

 私たちがああだこうだと言っているうちに犯人は車にカギをかけてビルにはいっていった。

「えっ。結局、僕はどうすればいいの!?」

 タクは手元にもどしている最中のドローンと、ビルにはいった犯人を交互に見る。

 すると、ユートはそんなタクに自分のスマートフォンを押しつけた。

「危ないことはしちゃダメだ。でも、できることはしよう。まずタクはドローンを戻して、スマホをつけて飛ばせるか試してくれ。それでおじさんに連絡を取れれば確実だ」

「なるほど。警察が先手を打てればつかまえられそうだもんね!」

「ああ。俺たちも大人相手じゃ勝ち目はないから直接はぶつからない。ビルの玄関ドアの下に枝をさしこんでドアストッパーにして犯人をとじこめる」

「ワオ。それは名案だね。格闘技をかじっていても体格で負けていると互角以下になりがちっていうし、ユートの意見に賛成!」

 早口に言うユートにリンちゃんも深くうなずきを返した。

 一刻のゆうよもない。ひとまずの作戦が決まったところで動き始める。

 ただ、私だけなにもできることがないので枝をもとめて公園の木に近づくユートたちを追いかけた。

「わっ、私はどうしよう!?」

「丘のときと同じだ。万が一にそなえて、犯人が乗ってきた車のナンバーを撮影しておけばいいんじゃないか?」

「うん、それがよさそうだね!」

 時間との勝負で枝探しをするユートとリンちゃんとは分かれて、私は犯人が乗ってきた車に近づいた。

 あのときとはまたちがう車だ。

 すぐにナンバープレートを撮影して、ユートたちを見る。

 あっちは枝を見つけてビルの玄関に走っているところ。

 一方、タクは靴下をぬぐとスマートフォンをドローンに結びつけてまた飛ばしていた。

 むこうに行っても手伝えることはなさそう。

 どうしようと視線をさまよわせていると、車内に目を引かれた。

 後部座席が倒されて、ここにもケージと動物、あとは黒いごみ袋が積みこまれている。もしかすると、このビル以外にもアジトがあったのかもしれない。

 これもなにかの証拠になるかもしれないから撮影したほうがよさそうだ。

 私はスマートフォンをかまえる。

「あ? なんだ、お前」

 それは予想だにしない声だった。

 ふり返るとほんの数メートルの距離に、あの丘で出会った男の人が立っていた。

 ごてごてしたネックレスは今日も印象的で、にらみにさらされると背筋がこおりつく。

 まるでヘビににらまれたカエルだよ。

 息をすることすら苦しくなってきた。

「おい、聞いてんのか? なにをとっていた? ていうか、お前――」

 一歩一歩近づいてくる。

 それに気圧されて私は後退していたんだけど、そのときユートのすがたが見えた。

 こっちにむかって全速力で走ってきている。

 そこにはこわさの色なんかない。止まる気配もないいきおいに、ユートが次にどうするかはすぐに読めた。

 それなら、私にもできることはあるよね。

 すうっと思い切り息を吸って、叫びを上げた。

 あんまりにも甲高いものだから、男の人はとっさに耳を押さえて顔をしかめる。

 やったよ。ユートが走って、走り高跳びみたいに足をふみきった音もまぎれた。私はすぐに横へ逃げる。

「てめ――ぐおっ!?」

「すまん、ヒナ! こいつ、途中でもどってきたっ!」

 枝をドアストッパーとしてしかけようとしたらもどってくるすがたが見えて、かくれてやりすごそうとしたら対処がおくれたってことみたい。

 でも、こうやって助けてくれただけで十分すぎるよ。

 ただ、体重差が大きすぎた。

 ユートが男の人の背中にのしかかっているけど、今にもひっくり返されそう。

「ユート、そのままステイ!」

 声とともにリンちゃんも駆けてきた。

 男の人の肩甲骨の上にまたがりながら、うでを取って背中側にひねり上げていく。これはテレビで見る逮捕術みたいな動きだった。

「ぐぁぁぁっ!? なぁっ、なにしやがるっ!」

「ヒナちゃん、呼べたら警察の人を呼んできて!」

「わ、わかった!」

 ユートが乗っているときはあばれて体がゆれていたけど、今は少しでも動くとうでが痛むらしくて男の人は地面に押さえつけられていた。

 二人がかりで乗っかっていることもあって、こっちはたしかにしばらく大丈夫そう。

 ビルのほうに走ってみると、さっきの声を聞きつけたのか関口さんが走ってきていた。

「お嬢ちゃん、電話で事情は聞いた。大丈夫かっ!?」

「は、はいっ。車のかげにあの犯人がいます。車のなかにも動物を見ましたっ」

「なら現行犯だっ」

 私の言葉を聞いて車に目をむけたおじさんは、リンちゃんから役割を受けつぐように手じょうを男の人にかけた。

 ユートとリンちゃんが取り押さえる役から解放されたころ、ドローンを胸にかかえたタクもこっちに走ってきた。

「あんな叫び声が聞こえたからどうなったかと思っちゃった。みんな大丈夫そうでよかったよ」

「そうだね。ケガもなかったのは本当によかったよ。動物もこれならちゃんと保護されそうだし。ただ……」

 ほっと胸をなでおろしたタクから視線を移し、関口さんのほうを見る。

 犯人はかんねんしたみたいなんだけど、抵抗がなくなった分、おじさんはほかのことを考えるよゆうが出てきたみたい。

 頭をかいたおじさんは、チラッと私たちを見てきた。

 あっ、これは……。

 その色を見た私がため息をつくと、ユートたちも状況をさっしたみたい。

「えっと。一応聞くけど、どんな色だったんだ?」

「失望、って言ったらいいのかな。結局、警察まかせにできていなかったし、おこられそうなふんいきだよ……」

「ああ……」

 やっぱりそうなるよねと、みんなもなっとくしていたのだった。

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