① 具合が悪いウサギの色

 学校の授業はもうたくさん。

 算数の問題を何個も解いたり、本を音読したり、社会で何年になにがあったって歴史を覚えたり……。

 小学校高学年だとそんな授業がほぼ毎日、六時間も待っているんだもん。

 塾や習いごとで遊ぶヒマもない子が増えてきちゃって少しつまらない。

「はい。それじゃあみなさん、月曜日にまた会いましょう」

 私のクラス、六年一組は先生が若くてハキハキとしているから終わりの会も短め。

 今日みたいに土曜日授業なのに、終わりの会が長いクラスはかわいそう。

「あのっ、桜庭さん。ちょっといい?」

 同じクラスのトモちゃんが話しかけてきた。

 大人しい子で、私もあまり話しかけられたことはなかった気がする。

 まゆ毛をハの字によせて、いかにもこまった顔だ。

「どうしたの? 私になにか用事?」

「うん……。実はこれ。桜庭さんなら見つけてくれるかもって思って……」

 トモちゃんは顔を隠すみたいに、おどおどと手提げカバンを持ち上げる。

 そうそう。

 静かな子だけど、手提げにはアイドルグッズのバンダナをつけていてオシャレだなって思っていたんだよね。

「あれ? いつも持ち手に巻いていたバンダナがないね。もしかして、落としちゃった?」

 トモちゃんは泣きそうな顔でうなずいた。

「あっ、泣かないで! 大丈夫。私、そういうのを見つけるのは得意だから!」

「でも、桜庭さんって動物の気持ちがわかるだけなんだよね?」

「うん。怒っていたら赤とか、わくわくしていたら黄色とかって色で見えるの」

「そ、そうだよね。だから落とし物探しまでできるかなって、少し不安で……」

「大丈夫。警察犬みたいにニオイで追いかけられる犬の気持ちがわかれば、そんなの簡単なことだよ!」

 ドリトル先生みたいにお話はできなくても、工夫次第だよ。

 私はこの特技を活かしてクラスメイトを助けたことが何度かある。

「絶対にとは言えないけど、がんばって探してみるね。そのためにトモちゃんのニオイがついたハンカチかなにかを貸してくれる?」

 伝えてみると、トモちゃんは明るい顔になった。

「うん、それならあるよ。おねがいさせてもらうね、桜庭さん!」

 こんな話をしていると、近くの女の子が「私も前に助けてくれてありがとう!」って声を上げてから教室を出ていった。

 そう。

 これがお姉ちゃんにも負けない私だけの特技で、今一番ワクワクできること!

「じゃあ、人と待ち合わせをしているから私は先に行くね。バイバイ、トモちゃん!」

 ハンカチを受け取って廊下に出る。

 二組はもう終わっていて、三、四組はまだ会が続いているみたい。

 私はどこかにいるはずのすがたを探してあちこちを見回す。

「今日は俺の勝ち!」

「ひゃっ!?」

 二組をのぞきこもうとしたら、背後から肩をたたかれた。

 おどろいてふり返ると、男の子がにっこりしている。

 普段はださない声をこぼしたからって笑われるのはおもしろくない。

「ちょっともう、ユート!」

「あはは、ごめんごめん。それより、そわそわしてどうしたんだよ?」

 私がほおをふくらませる相手はいつもいっしょに登下校をしている幼なじみの一人、薬師寺優斗。

 クラスのみんなはやっくんと呼んでいるけど、幼稚園のときからつきあいのある私たちの間ではユートで通ってる。

 おどろかせようとするお茶目さに、このすがすがしい顔。

 児童会長になってから、憎めないところにどんどんみがきがかかってる気がする。

 本当にずるい。

 さらさらな髪といい、高い身長といい、まさに人気者って空気の男の子だ。

 その証拠に二組の女の子がこっちを見てる。

 リップクリームでオシャレをしていたり、ヘアアイロンで髪に内巻きのカールをつけていたりするファッションリーダーで、別クラスでも名前を聞くくらいの子。

 確か、佐藤さんだっけ。

 そんな子がじっと見てくるんだから、ユートのモテっぷりがわかるよ。

「ああ、佐藤さんが見てるのか。駅前のスイーツを食べに行こうって誘われたんだけど、先約があるって言っちゃって」

「だから私はにらまれているんだね……」

 ユートとは確かに約束をしてる。

 だけどそれは二人っきりのデートじゃなくて、アスレチックがあるアソビ館って遊戯施設に幼馴染の四人で行こうって話。

「ごめん、佐藤さん。そういうことでまた今度!」

「ちょっ、ユートってば!?」

 ユートは佐藤さんに手をあわせてごめんなさいのポーズをした。

「そーですか。その子とのお約束ですか」

 うわぁ。

 やっぱり私がユートをうばったみたいに見られてる……。

 早くここからにげたいし、本題を切りだそう。

「ユート。実は飼育委員の仕事がはいっちゃって。悪いけど、そっちを終わらせてくるってここでみんなを待って伝えてくれない?」

 そうすれば二人っきりの予定じゃないって佐藤さんにわかってもらえて一石二鳥!

 われながら上手な解決策を考えたと思う。

「え。今日は委員会の日じゃないのに?」

「動物病院の先生がウサギの調子を見に来るんだけど、それにつきそう予定だった子が病気でお休みだから代わらなきゃいけなくって」

 生き物相手だからお世話は毎日昼休みにあって、委員会のみんなで代わりばんこにしてる。今回もそれに近い用事。

 早く決断してほしいんだけど、ユートはなぜか考え顔になった。

「来る先生はやっぱり病院で下っぱになってるあの新人さん?」

「う、うん。いつもの真田先生だと思うけど、先生は大学を卒業したばかりってだけで、動物のことならなんでも知っているすごい人だよ? ね、ほらもういいでしょう?」

 しまった。

 最近、真田先生の話題になるといつも反応が悪い。

 ユートは獣医さんを目指しているのに、なぜかイヤそうな顔をしていた。

 じれったくなってきたし、私は置いていくつもりで行動する。

「小屋のカギを用意しないといけないから。私、先に行くね」

「待った、俺も行くよ。飼育小屋の前で待ちあわせることもあるし、置いて帰ったことなんてないんだから、伝えなくたってすぐにわかるって」

「い、いや、そうじゃなくて……」

 ユートはドラマみたいに私の手をにぎって止めてきた。

 ……どんな顔をしているかわからないし、佐藤さんはもう見たくない。

「俺たちは以心伝心。アソビ館だって『テレビで紹介していた公園みたいな建物』から連想ゲームで伝わったろ?」

「あたらしくできた建物だし、聞きなれない名前だったからおぼえにくかったんだもん」

「体験型複合施設。遊びながら楽しく学べる場所ってこと」

 私が言い出したことなんだけど、テレビで一度見ただけだからおぼえきれなかった。

 こういうむずかしい言葉をすらすら言えるのは頭がいいユートらしい。

 それはともかく!

 「あの子、だれだっけ」って佐藤さんが取り巻きの子に聞きはじめたし、もうにげたい。

「わかった! わかったから早く行かせてよ、ユート!」

 私は犯罪者みたいに顔をかくしながらにげだす。

 ユートの手を引っ張ってにげだすこの光景もわるい方向にとられそうで、胸がチクチクしてたまらないのでした。

 

 □

 

「はあ。もう、ユートのバカ……」

「え? 突然どうしたんだよ?」

「女心がわかってない……」

「いや、タクとリンの二人なら大丈夫だろって言ってるじゃん」

「そうじゃなくてさぁ」

 怒らせたのは私でもないことくらい気づいてほしい。

 ずっとため息がちなまま職員室でカギを借りて、飼育小屋に到着する。

 そこでは子供番組の体操に出てくるさわやかなお兄さんみたいな人が待ってくれていた。白衣を着ているこの人が真田正憲先生。

 しずんだ気持ちも、真田先生を前にするといやされる。

「やあ、こんにちは。カギを取ってきてくれたんだね。ありがとう。ところで、今日もまた桜庭さんが手伝ってくれるのかい?」

「係の子がお休みなので代わりに来たんです」

「ああ、それでか」

 真田先生は教師じゃなくて、近所のドリトル動物病院に勤めている獣医さん。

 そんな人が学校に来るのはワケがある。

 小学校ではウサギやニワトリを飼うけど、小屋は真冬でも風がはいり放題だったり、病気になっても放置されたりして問題になることがあるんだって。

 だけど、私たちの小学校みたいな『動物飼育推進校』はちがう。

 獣医さんが定期的に来てくれるように協力してもらって、動物の健康診断や正しいつきあい方の授業までしてくれるトクベツな学校。

 ドリトル動物病院の先生がいろいろと動物のことを教えてくれるから、飼育委員は別名、『ドリトルクラブ』なんて言われることもある。

「おっと、そっちは薬師寺さんのところの息子さんだね。君も手伝ってくれるのかい?」

「俺は見にきただけなのでおかまいなく」

 またこれだ。

 低学年のころは獣医さんがしてくれる授業になると目をかがやかせていたのに、ユートはぶっきらぼうに答える。

 夢を変えたとは聞いてないのに、ふしぎな変化だよね。

 こんなことなら教室前に残って二人に伝言してくれればよかったのに。

「それじゃあ桜庭さん。教えてほしいんだけど、特別に具合が悪い子はいたかい?」

「えっと、そうですね……」

 こんなときこそ、私の特技のいかしどころ。

 真田先生はそれを知っているので期待をこめてウインクしてきている。

 じゃあ、集中してみよう。

 ぼやっと見るんじゃなく、ひくひく動く鼻先やウサギが見ている方向もふくめて一つも見逃さないように注目する。

 

 うん。オーラみたいに色が見えてきた!

 

 私は飼育小屋を見回して、一匹のウサギを指さす。

 仲間と軽く追いかけっこしているのは楽しそうな黄色。

 エサのキャベツを横取りされた子はおこった赤。

 足をのばして寝転がっているのは安心の緑色。

 そんななか、エサ場のすみにいる一頭だけはぜんぜんちがう色をしていた。

「あの子、悲しそうな青色に見えます。そういえばあまりご飯を食べていないかも?」

「ちょっとたしかめてみようか。僕がつかまえるから桜庭さんはだっこしてくれるかい?」

「わかりました」

 先生と飼育小屋にはいると、外で待つユートは興味深げに注目してくる。

 さっきまでの様子はうそみたいでとても真剣な顔つきだった。

 真田先生はウサギをそっとつかまえると、小屋に持ちこんだバスタオルで包む。

 動物を軍かん巻きにしたキーホルダーみたいでとてもかわいいけれど、これもケガさせないための大切なつかまえかたなんだって。

 それをあずけられた私はウサギの顔を先生にむけてだきかかえる。

「どれどれ。ああ、のびた歯がほっぺに当たって口内炎になっているね。どことなく涙目に見えるし、これが痛かったのかもね」

 器具を使って口をのぞいた真田先生は、小さなニッパーを取りだすとウサギの口のなかでぱちりとなにかを切る。

 それが終わって小屋をでると、切ったものを見せてくれた。

「んん……? ごみ、じゃないですよね。これはなんですか?」

「のびた歯だよ。ほんの数ミリしかないけど、これがほっぺをこすって口内炎になったのが原因だね。こういうのを『不正咬合』って言うんだ」

 砂つぶくらいしかないそれをユートと二人して見る。

 先生はさらに説明を続けてくれた。

「牛やウサギみたいに草を食べる動物は固い草を食べるとき、奥歯ですりつぶして食べる。そのときに歯がけずれてしまうけれど、それでだんだん短くなって歯がなくなっちゃったらこまるだろう? だから一生歯がのび続けるようになっているんだよ」

「それ、動物の番組で聞いたことがあります」

 動物番組は私の大好物で、全部録画して見ちゃう。

 そんなお話を何度かしたこともあって、「勉強家だね」と先生はほめてくれた。

「人があげる食べ物はやわらかいものが多いんだ。するとあまり使わなかった歯がのび続けて、ほっぺや舌にささって口内炎になる。それが痛くて食欲が減ると、体調が悪くなって死んじゃうこともあるんだ。さすが桜庭さん。見つけてくれてよかったよ」

 そういう事態を防ぐための世話のしかたとか、真田先生は止めどなく教えてくれる。

 ほら、やっぱりすごい人だよね。

 ユートがどうして乗り気じゃなさげなのか、本当によくわからない。

 私はお手伝いできたことをほこらしく思いながらウサギに目をむける。

「手当てをしたウサギ、楽になったのか色が少し変わってます」

「動物の気持ちが見えるなんて本当にすごいよ。まるで児童文学のドリトル先生みたいだ。動物にかかわっている身からすると、心底うらやましいな」

 そんなにほめられると気はずかしくなっちゃう。

 動物の気持ちが色でわかる私はドリトル先生の生まれ変わりとか、ドリトル先生の目を持っているとかって、活躍する度にうらやましがられていた。

 私が顔を手でおおっているうちに、真田先生はほかのウサギの様子も見ていく。

「もう調子の悪い子はいなさそうだね。このあとは優斗くんたちと帰って遊ぶのかい?」

 先生はそう言って私たちのうしろを指さす。

 そっちを見ると、置いてきた二人が手をふって歩いてきているところだった。

「はい。あたらしくできたアソビ館にみんなで行こうと思ってます」

「たっぷり楽しんでくるといいよ。でも『放火さわぎ』もあるし、道中は気をつけてね。……とと、マズい。あまり長居すると午後の診察におくれるな。悪いけれど、カギの返却もたのまれてくれるかい?」

「大丈夫です。やっておきます」

「ありがとう! また今度、病院にでも来てくれたらアイスでもおごるよ」

 先生は腕時計を見て青い顔になると、あわてて荷物をまとめて走っていく。

 幼なじみ二人は目を丸くしてすれちがい、気を取り直して近づいてきた。

「おーまーたーせー! リン・タケイ、おくれて登場です。いやぁ、ヒナちゃんたちが廊下にいないから少し焦っちゃったよぉ」

 両手を広げてだき着いてくるのは武井鈴――リンちゃんだ。

 ハリウッド映画に出てくる俳優さんみたいに気品があって、顔立ちもりりしい。

 それもそのはずだよ。

 リンちゃんはアメリカ人とのハーフで、小さいころに両親とともに俳優、スポーツタレントを目指して日本に里帰りしたんだって。

 こうしてハグをもとめてくるのもその影響で、だきしめられる私としては何度経験してもドキドキしちゃう。

「ごめんね? 飼育委員の子がお休みで……」

「そーそー。あたしたちのクラスの子だったもん。すぐにわかったよ」

「リン、それくらいにしなよ。早くしないと遊ぶ時間がなくなっちゃうって」

「ワオ。そうだった!」

 のこる幼馴染、川崎匠はクラスの男子に比べてとても気がきく。

 ユートやリンちゃんみたいに人目を引くタイプとちがって、タクは私と同じで庶民的。

 タクまでスターっぽい人だったら私は居場所がなかったかもしれない。

 あと、タクは匠という名前の通り、手先がとても器用。

 ここ最近でもロボットコンテストに出場していて、私が飼育委員として働いている昼休みにもむかいにある工作室でロボット作りにはげんでいた。

 ユート、リンちゃん、タク。

 この三人が、私のすてきな幼なじみたち。

 上級生になって授業が長くなったし、それぞれの習いごともあって遊ぶ機会は減ったけど、登下校やお祭り、映画とかはよくいっしょに楽しんでいる。

「あれ。ユート、さっきからなにをしているの?」

「ちょっとメモをしていただけだよ」

 のぞきこんでみると、そこにはウサギの持ち方や、先生が言っていた不正咬合とかが絵や文字で書かれてる。

 なんだ、ぶっきらぼうな態度の割に興味はあったんだね。

 メモが終わったユートは顔を上げる。

「それじゃ、カギをさっさと返してアソビ館にむかいますか」

「はーい」

 リーダーのように切り出してくれるユートに応じて私たちは下校をはじめたのでした。

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