放出と応用―3
翌日の午後、準備運動を済ませると呼吸を整え、腕を組んで待っていた華蓮の正面に立つ。普段は軽く済ませる準備運動を念入りに行い、俺の気合いは華蓮にも伝わっていた。
「今日はいつも以上にやる気があるみたいね。何が足りないのか、自覚できたの?」
「……」
「わざわざ言葉にせずとも、これから証明すると。いいわ、来なさい」
華蓮が半身になって構えるや否や肉薄し、見様見真似の近接格闘術で攻める。相手は見本にされた張本人、顔色一つ変えずに余裕で捌かれた。
反撃は軌道を逸らして体力の消耗を抑え、予備動作のタイミングに割り込み強引に主導権を奪う。
「常識と理性に縛り付けられていたのに、迷いが無くなって以前よりも動きが良くなった。でも、それだけではないでしょう?」
「ええ、勿論」
闘争を演じながら氣弾を蓄え、旋風のストックを増やす。意識外になると消えてしまうので弾数は三つが限界だが、周囲に浮遊させておくだけでも牽制の役割を果たす。
此方側が攻勢に転じれば華蓮が守勢に転じ、華蓮が攻勢に転じれば此方側が守勢に転じる。均衡が崩れない限り、終わりのない攻防が繰り広げられる。まるで終盤に差し掛かったかのように動作の一つ一つが機敏になり、加速した思考が一手先を読む。
しかし、まだ届かない。手を伸ばせば掴めそうな距離感なのに捉えられず、気力と体力が削がれていく。
(華蓮さんに一撃を与える機会を作らないとダメだ、待つばかりでは埒が明かな―――)
「仙術では隙を作れない、肉弾戦では均衡を保つのがやっと。そろそろ焦れったくなってきた? 焦りは禁物よ」
「ごほッ!」
腹部に華蓮の爪先がめり込み、ゴロゴロと後方回転。体勢を整えると息つく間もなく次々と迫る連撃を捌き、足の甲に氣弾を乗せて蹴ると同時に旋風を発生させた。
「氣弾の制御も上達したけど、見え透いた手法では対処されるわよ」
華蓮が空中で身体をクルリと横回転させて回避し、空振りした蹴りの先から旋風が吹き荒れる。氣弾が一個、無駄になってしまった。
膝を叩かれて体勢を崩され、着地した華蓮の蹴り上げを片手で受け止め後方に跳躍した。衝撃も合わさり数メートル後方で着地、仕切り直しだ。
どちらが先に仕掛けるか様子見し、俺が動く間際に華蓮が土を蹴った。いざ動こうと思った瞬間に相手が仕掛けてくると躊躇って防御に徹してしまいがちだが、怯まずに真正面からぶつかる。
衣擦れと鈍い音を絶え間なく発し、時折風が吹き荒ぶ。漫画や小説の一コマみたいな空間の作り手であると思うと、高揚感が増す。
「笑っているわよ、黎人。そんなに楽しい?」
「空想上の物語を現実で手掛けていますから、楽しいに決まってるじゃないですか」
「先代の使者達も、初めて魔法を行使できた時に喜んでいたのが懐かしいわ。ただし、楽しむばかりではダメよ。真面目に取り組みなさい」
「―――そうですね、これならどうですか?」
華蓮に密着した状態で氣弾を足下に移動させ、旋風を巻き起こす。風の刃を混ぜずに肉体を浮かばせる為だけの、攻撃性能を捨てた旋風だ。
二人で風に乗せられて空中に放り出されるが、巻き上げられながらも拳と足を激突させる。この程度で隙を作れるなどと考えておらず、攻防の最中に心器を顕現させた。
一秒にも満たない僅かな時間だが、華蓮の動きが止まる。
「まさか黎人が心器の使い手だなんて……一体何処で教わったの?」
「偶然の巡り合わせとしか言えません、よ!」
心器を中段で振りかぶるも、肘と膝に挟まれて受け止められる。刃が直接触れない限り、セーフの扱いなのだろう。
旋風で得た浮力が尽きる高度まで達すると、重力に従って落下。それでも尚、手を緩めずに斬撃を浴びせる。樹木渡りで体得した効率的な肉体の動かし方を駆使し、鍛えられた三半規管は弱音を吐かない。
上段、中段、下段、袈裟懸け、回転。初めて剣を握り、踏ん張りが利かない不安定な空中でありながら、肉体と剣が上手く噛み合って理想の攻撃を連続で繰り出せる。
だが、三千年の経験値がある華蓮である。浮遊せずに
地面が近付き、受け身の準備に移らないといけないのだが、麗奈の剣技が脳裏を過った。
(雷降衝刃は推進力と剣気から生み出される技だった。剣気は多少溜まっている、似たような技を繰り出せる筈だ)
落下で生じたエネルギーを剣気と擦り合わせ、鋭利な刃と成す。オマケに空中で身を捻り、華蓮に渾身の一撃をお見舞いした。
「これは流石に、生身で受け切れないわね」
華蓮が咄嗟に氣弾から青龍刀を造形し、刃と刃が交わる。ガリガリと何かが削れるような、耳障りな金属音が鳴った直後に視界が90度回転し、精霊樹に背中から打ち付けられていた。
肺から強制的に酸素が押し出されて噎せ、心器が手から離れると消滅した。
「いてて……やっぱり届きませんか」
斬ったという手応えがなく、平然と佇む華蓮。その手に握られた青龍刀は罅割れ、武器を使わせただけでも大きな進歩だ。
「合格よ、黎人。心器だけでなく剣気も扱えるだなんて、私でも予測不可能だわ」
「いやいや、まだ華蓮さんに一発入れてないじゃないですか」
「袖が切れているじゃない、これで十分。それに今の黎人なら、武器の造形だって行えるでしょう」
「ははは、冗談を……本当だ、いつの間にかできるようになってる」
氣弾が心器と瓜二つの直剣となり、重量から柄の握り心地まで複写されていた。違う点があるとすれば全体的に黒く、まるで心器と対になるような色合いだ。
これで武器の造形は成功、内心でガッツポーズしながら喜んでいると、華蓮が中空に腰掛けて尋ねてきた。
「黎人は心器流について、どこまで聞き及んでいるの?」
「己の心を武器として顕現させ、宮本家の血筋かひと握りの人にしか習得できない流派。型は存在せず、全て我流と聞きました」
「心器流は我流を主とした流派だから誰かの型を見本にするなり、修練を通じて独自の型を編み出さないと、成長せずに腐ってしまう。気を付けなさいよ?」
「型はまぁ、追々……武器の造形も習得しましたし、次は何を?」
「明日から午前中は手合わせと合間に仙術の修行、午後は魔法の修行と第二門の開門を行いましょう。春休みも残り五日、黎人なら第三門の開門に間に合うでしょう」
(そういえば春休み中に第三門まで開けるのが目標だった。五日で第三門の開門まで間に合うか?)
氣の基礎となる知覚、練り上げ、放出を習得し、残る課題は第二門と第三門の開門だ。エーテル界と繋がる第一門は最初から僅かに開いていたので苦労しなかったが、閉じている第二門と第三門をこじ開けるのは苦労しそうだ。
門で思い出したが、第八門に該当するエネルギーについて訊いていなかった。
「華蓮さん、門とエネルギーについて質問をいいですか?」
「うん? どうしたの?」
「ヴァンから聞きましたが、第七門のエネルギーを
まだ第二門を開けてないので憶測でしかないが、エネルギーはそれぞれ異なる特徴と性質を持つ。故に魔法は階級毎に異なる門のエネルギーを消費し、行使する。
そんなエネルギー同士を掛け合わせると、どのような変化を及ぼすのか。氣とエーテルとは異なる反応を示し、第八門に該当するエネルギーを作り出せると睨んだ。
「第二門を開けていないのに、エネルギーの掛け合わせを言い当てるなんて……黎人は鋭いわね」
「氣とエーテルの練り上げと似たようなものだと、何となく思ったまでです」
「今の魔法使いは第一門で初級魔法と一部の下級魔法を扱うけど、昔の魔法使いは第一門のエーテルとエーテルを掛け合わせ、第二門のエネルギーであるアストラルを生成し、下級魔法を行使したわ。何時しかその技術は失われ、現代では第七門で行使できる最上級魔法が頭打ちとされている。技術を継承する家はあるけども、門外不出の秘匿技術なのよね」
(第一門さえ開けていれば、第二門の下級魔法を扱える技術。魔法使いの大半は貴族だし、秘匿されてしまうか)
現代の魔法使いだと第一門で初級魔法と一部の下級魔法しか扱えないが、エネルギーの掛け合わせを習得していると第二門の下級魔法まで扱える。第四門を開けた時点で第七門を超え、算出されるエネルギーは計り知れない。
己の、延いては家の利益に繋がる技術だ。貴族社会において他家が有利になる情報など、漏らさないに決まっている。
「無詠唱も可能になるから、エネルギーの掛け合わせは早い内に覚えておいた方がいいわね。魔法の修行と一緒にエネルギーの掛け合わせもやりましょう」
「掛け合わせさえできれば、無詠唱も可能なのですか?」
「思い描いた現象を言語化し、不足した想像力を補うのが呪文だと説明したのを覚えてる? 呪文はエネルギーを
「そうなると昔は無詠唱が当たり前で、現代の魔法は衰退していると言っても過言ではないのですね」
「地上のいたるところに魔物が出没し、魔族が人類を支配していた魔の暗黒時代の話だからね。平和になった今の時代だと生き残る為の術が忘れ去られてしまうのも、ある意味自然な流れなのかも……」
平和は時に人を鈍らせ、技術を失わせる。日本に限った話ではなく大和でも同じ現象が起き、密かに牙を磨いていた脅威が現れた際にはどうなるのか、考えたくもない。
魔物と魔族、どちらも小説等で人類の敵として描かれる存在だ。魔の暗黒時代と関係がありそうなので、華蓮に教えを乞う。
「魔物と魔族、魔の暗黒時代とは?」
「魔物は聖女の奇蹟、極大浄化結界のお陰で地上に湧かなくなり、ダンジョンで魔石集めに狩られる敵性生物。魔族は強靭な肉体と膨大なエネルギーを持ち、人類を奴隷として従わせていた種族の総称よ。魔族に支配されていた四千年前から二千年前までの二千年間を魔の暗黒時代と呼び、貴族が語り継ぐ人類の黒歴史ね」
「なるほど……つまり先代の使者達は魔族を追い出し、大和を建国したのですね?」
「そういう捉え方でいいわ。魔の暗黒時代はタブーだから、言い触らさないようにね」
都合が悪い歴史ではないが、人類が隷属させられていたという事実を忘れ去りたいのが本音か。貴族が語り継ぐのは魔族の脅威が完全に消えた訳ではなく、魔の暗黒時代を繰り返さないように警戒を怠るなという先人からの警告だ。
魔の暗黒時代が二千年間続き、先代の使者達が魔族を追い出してから約二千年。凡そ二千年周期で使者が送り込まれているとしたら、四千年前の使者の活動が謎である。
(もしかして四千年前の使者が魔族に味方し、魔の暗黒時代が訪れたのか? 邪推にも程があるが、否定する材料も無いからどうなのか)
使者が必ずしも人類の味方になる保証がなく、人類と敵対する使者がいてもありえない話ではない。
善行と悪行など、立ち位置によってコロコロと変わる曖昧なものだ。四千年前の使者が魔族に味方し、魔の暗黒時代を到来させていたのだとしても、非難したり責めるつもりはない。
俺が考えていることを察し、華蓮が口を開く。
「四千年前の使者が魔の暗黒時代と関係があるのか、記録が残ってないから定かではないわ。ただ……使者は時代の転換期の表れ。どうか誤った選択をしないよう、心に留めておいて」
「―――はい」
華蓮は魔の暗黒時代の生き証人、辛く苦しい体験と悲しい出来事が多かったのかも知れない。悲痛な面持ちで懇願され、意外な一面に狼狽えてしまったが返事を返す。
良い方向に転ぶか、悪い方向に転ぶかは不確定だ。過去の使者と同様に俺や他の使者も絡むとして、悪い方向にだけは転ばせない。
加護持ちの使者とも渡り合えるように、明日も修行だ。
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