第51話 成長

 第五階層のボス、ゴブリンロード。


 通常のゴブリンよりもずっと大きな体格をしており、よろいをまとっている。


 得物は刃こぼれのひどい剣。盾を持ち、それで殴る攻撃もしてくる。


 課題の間、おそらく三人はボスには挑まなかったはずだ。


 地図を作るだけなら、ボス部屋の位置がわかればよく、わざわざ倒して第六階層に下りる必要はない。


「何日かぶりね」

「正確には」

「……七日ぶり?」


 俺の予想は外れた。


「課題中に来たのか?」

「当たり前じゃない。第五階層までの自力突破も課題だったでしょ?」

「そうだったか?」


 言われてみればそんな気もする。


 無責任な発言に、三人がジト目で俺を見た。


「まあ、別にいいわ。どうせ越えられるようにならなきゃいけなかったもの。早いか遅いかの違いよ」


 いや、第五階層だったからいいものの、実力以上の所に勝手に行かれると困るんだが?


 まあ、俺が第五階層も突破しろと言ったのなら、過去の俺は三人なら行けると判断したわけで、実際こいつらならゴブリンロードとは渡り合えるだろうが。


「いいからあたしたちの実力を見てなさい。ティア、シェス、行くわよ。ティアは盾を押さえてね。シェスは魔法で援護」

「……おっけー」

「はいっ!」


 役割分担が終わった所で、レナが駆けた。


 石の椅子から立ち上がったゴブリンロードが、剣と盾を構えて迎え打つ。


 レナが正面から走り寄る後ろで、ひざを曲げ、腰を落として力を溜めたティアが跳んだ。


 一瞬で、空中、ゴブリンロードの目の前に移動し、その顔面横へと強力な蹴りを放つ。


 当然それは盾で防がれる。


 空中で身をひねったティアは回し蹴りをもう一発盾に食らわせたあと、床に着地した。


 ティアが盾の相手をしている間に、シェスがファイアボール顔面へと放った。


 ゴブリンロードは一発、二発とファイアボールを切り伏せる。


 その振り下ろした剣を、レナが振りかぶった剣で叩いた。


 甲高かんだかい音を立てて床を叩いた剣を、シェスが氷で縫い止める。


 レナがそれを足場に跳んだ。


 ゴブリンロードが盾を構えるも、横から割り込んだティアが腕を蹴り上げる。


 両手を制されてゴブリンロードの前面ががら空きになった。


「ふっ」


 短く漏れた息と共に横に振られたレナの両手剣は、ゴブリンロードの首根っこを正確にとらえ、頭を斬り飛ばした。


 ゴブリンロードの足元に着地したレナが剣を振って血を落とすと、頭を失った胴体がゆっくりと後ろへ倒れていき、完全に倒れきる前に黒い霧となって消えた。


 レナが剣を納め、ゴブリンロードからドロップしたアイテムを拾って、ゆっくりと振り返った。見事なドヤ顔だった。


「どう? あたしたち、強くなったでしょ」

「ああ、シェスが床に当たった剣をタイミング良く凍り付かせたのは良かったな。ティアも空中での体捌たいさばきが滑らかになっている」


 俺が褒めると、シェスは両手を頬に当てて恥ずかしそうに身をよじり、ティアは耳をぴくぴくと動かした。何でもなさそうな顔をしていても、喜んでいるのが丸わかり。


「あたしは!? あたしだって強くなったでしょ!?」

「レナは……特に成長は見られない」


 きっぱりと答えると、レナは、がーんとショックを受けていた。


「シェスとティアの補助があってこそだった。お前はとどめを刺しただけだ」

「それはっ! そう、かも……しれない、けど……」


 レナがだんだん俯いていき、声も小さくなっていく。


 喜びを表していたシェスとティアが心配そうにレナを見た。


「あー……言い方が悪かった」


 俺は頭をがしがしといた。


「今のボス戦では見られなかってだけで、成長してないって訳じゃない。レナはむしろフロア攻略の方だな。指示や判断が良くなっている。当てずっぽうではなくて、自分なりの仮説を立てて、二人を納得させている。パーティリーダーに必要な資質が磨かれてきていると思う」


 その判断がベストかはまた別だけどな。まあ、それは経験を積めば自然とできるようになって行くだろう。


 ぱっとレナが顔を上げた。


「ふっ、ふんっ! 当然でしょっ。あたしが成長してないわけないものっ!」


 両手を腰に当ててふんぞり返っている。


「次行くわよ、次。ほら、さっさと扉を開けなさいよ」


 にまにまと顔を緩ませながら、レナは剣でゴブリンロードが座っていた椅子を指した。


「へいへい」


 ここから第十階層までは俺のフロアで行く。


 三人の動きが良ければ、また地図を作らせる課題を出すつもりだ。


 さっさと自力で第十五階層まで行けるようになって、弟子を卒業してくれ。


 このペースでいけばまだまだ先の事だろう、と思ってため息をついた俺は、早くしろとうるさいレナの催促に従って、椅子の裏に開いた階段を下りていった。

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