サラッド公爵家の双子兄妹

 ピクルスがメロウリと話しているところに、メロウリの双子の兄マロウリが顔を出してきた。


「ピクルスさん、おはよう」


 妹とそっくりの顔をしている。メロウリと同様に色白で、髪を伸ばしてドレスを着れば女の子に見えることだろう。


「おはようマロウリ」

「マロウリ様、おはようございます」


 チョリソールが一度鉛筆を止めて挨拶した。


「おはよう、チョリソールさん。またピクルスさんのノート?」

「シュアー!」

「大変ですね」

「なんのことはありません。ピクルス大佐のためです!」

「そうかなあ……」


 決して本人のためにはなっていないのだが、それをピクルスもチョリソールも分かっていない。メロウリもその点を指摘する。


「ピクルス、たまにはご自分でなさったら?」

「不要ですわ、数学なんて」

「そうかしら?」

「シュアー!」


 満面の笑みを返すピクルス。反省の色も後ろめたさも一切見えない。


「まだか、チョリソール大尉。もう五分はとっくに経過していますわよ!」

「ま、まだであります。残り二ページです! 今日はいつもよりボリュームが少しばかり多いものかと……」

「仕方ありませんわ。二分延長です! お急ぎなさい!!」

「ラジャー!」


 これには双子兄妹も呆れ、ただ黙って聞いているしかなかった。


「それよりもメロウリ、先ほどラデイシュ中将が仰っていたのですけれど、今日デモングラから客人を迎えるそうね?」

「ええ、デモングラ国の第二王子と第三王子がいらしてよ」


 メロウリに続いてマロウリもつけ加える。


「第二王子はメロウリと、第三王子はマルフィーユ公爵家のショコレットさんと、それぞれお見合いをすることになっているんだよ」

「えっメロウリ、婚約しますの?」

「そうなりますかしら」


 爵位を持つ家の令嬢の場合、昔のことなら十歳にもなれば婚約が決まっていたくらいだ。現代ではそれほどでもないが、それでも十七歳前後で婚約者がいても不思議ではない。

 最近は自由恋愛も多くなっているが、国の有力者ともなると家同士の結びつきを目的とした婚姻も、まだまだ普通に行われている。特にメロウリの場合は国家間の関係にまで及んでいるのだ。


「第一王子の身になにかあれば、メロウリがデモングラの王妃ですわ」

「滅相もありません」

「そうですよピクルスさん、縁起でもない。今年二十歳をお迎えになったジャコメシヤ王子は、ご健勝で文武両道。お人柄も良く、デモングラ国の次期国王として十分な器をお持ち、と大変なご評判なのですから」


 第一王子ジャコメシヤは既に婚姻も済ませ、それこそ現国王である父親の身になにかが起これば、彼がデモングラ国の新国王である。

 ただ万が一ということもある。十八歳の第二王子オムレッタルと十七歳の第三王子サラミーレも、なるべく早めに片づけておくに限るのだ。


「ねえ、そろそろ出発しないと、一時限目の授業に遅れるよ」

「おっとと、そうでしたわね。チョリソール大尉、まだか?」

「もう少しであります!」


 Ω Ω Ω


 ヴェッポン国の王宮から自衛軍総司令本部へと続く道は、王立第一アカデミーへ向かう通学路の一区間と重なっている。


「お父様!」


 近くを歩く少女が少し大きな声を発した。彼女はマルフィーユ公爵家の令嬢ショコレット。青いドレスを着飾り、肩の辺りで黒い巻き髪が上下に弾力のある揺れを見せている。

 ショコレットから呼びとめられて立ち止まった軍服の男は、ショコレットにとってはただ一人の親であり、そしてヴェッポン国自衛軍の少将。国王への謁見を終えて総司令本部へ戻る途中なのだ。


「おおショコレット。これからか?」

「はい」

「そうかそうか」


 フラッペは、ピクルスからボムキャベッツ迎撃の報告を受けて以降、もう随分と時間が経っているように感じていた。ちょうど今、アカデミーへ向かう娘の姿を見た彼は、実際のところ、まだ三十分くらいしか過ぎていなかったということに、漸く気づいた。


「お父様、そろそろサラミーレ王子たちが、ご出立される頃でしょうか?」

「あ、ああ、そうだな。もうそろそろ、だろう……」

「どうかされましたか? お顔の色があまりよろしくないのでは?」

「お、そうか。少し疲れているのやも……」

「ん?」


 フラッペの様子が変だということで、ショコレットは少し嫌な予感がした。


「ああ、そうだショコレット。キュウカンバ大佐、あいや、キュウカンバ‐ピクルス嬢に会ったら、休み時間になってからで良いので総司令本部までくるように、と伝えてくれんか?」

「えっ、はい。分かりました……」


 アカデミーへ向かうこの道の途中で父親と出くわしたことは、これまでにも何度かあったが、ピクルスへの伝言を頼まれるのは今が初めてのこと。これもショコレットの不安な気持ちを増やす要因になるのである。

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