未来予知ができるなら青春らしい恋愛も余裕でできるはず!

おかだしゅうた。

第1章 翔くんと交通事故に遭おう!

ロマンス溢れる恋愛は、激突から始まる。

 8月は夏の最盛期だ。

 高校で初めての夏休みだというのに課外授業と部活のために登校する毎日。

 いつもは死んだ目をしながら校門をくぐるのだが、今日は事情が違った。


かける見てみろよ。なんかやってるぜ」


 隣を歩く親友、田代渚たしろなぎさが何かに気づき、校門のほうを指差した。

 その言葉で俺も門のあたりに注意を向ける。

 

 2人の女子高生が「交通事故が起こる。確定。要注意」と達筆な筆文字で書かれた、あまりにも不吉な横断幕を掲げて立っていた。

 

 2人のうちの1人は金髪ロングのいわゆるヤンキー系。

 もう1人は俺と同じクラスのモブ顔の子(特にこれといった特徴がないから正にこの表現が相応しいのだ。)。


 絶対に相容れないだろうなっていう感じの2人だった。

 しかし、恥ずかしそうにその顔を赤く染めていて、俯き気味に立っているところは共通していた。

 

 まあとにかく、関わったら面倒くさそうだ。

 

 通行する他の生徒は気にも留めずに校舎へと歩いていく。

 俺と渚も例外ではなく、「変な人もいるんだな」と、普通にスルーした。


 今思えば、もう少し慎重に言葉を見ておくべきだったと思う。



 退屈な課外授業も、午前で終わり。今は穏やかな午後の部活の時間。

 恥ずかしい。恥ずかしすぎる。

 涼子りょうことモブ子が部室でそんなことを呻いている。


「お疲れさま。2人のおかげで誰かさんの覚悟が固まったのよ」


 私は2人に美味しい淹れたてコーヒーを出した。


「いらねえよお! このクソ暑い時期にアツアツのコーヒーなんて誰が飲むか!」


 ヤンキー少女の涼子が乱暴に机を叩く。

 衝撃でコーヒーの水面が揺れた。


「今回のは流石に恥ずかしいですよ。いくら綾芽あやめ先輩のお告げだとはいえ……あんな横断幕を掲げて、校門の前で立ってろなんて」


 モブ子(かわいい顔なのだがあまりにもモブキャラっぽいのでこう呼んでいる)が顔を赤らめて文句を言った。


「モブ子。まだ気が付かないのか。綾芽が予言者だってのはウソっぱち」


 イスをぐらぐら、行儀が悪そうに座りながら、涼子は話す。


「そんなことないよ。だって全部ホントのことだもん」


 反論しても、涼子にはハイハイ、と軽くあしらわれた。

 むー、と頬っぺたを膨らませながら、涼子のことを睨む。


「私の未来予知の力によるとね、今日はこの学校の誰かがトラックに轢かれるの。そんなこと知ってしまったら、注意喚起するのは当然でしょ!」


「だったら自分でやれよ!!」


 涼子はまた机をバンと叩いた。

 よく大きな音を出す子だ。


「私の寿命があと10か月しかないことを知らないのか、君」

「はいはい……」と言いながら涼子はポケットからスマホを取り出した。


 この「超能力研究会」の部長たる私のお話よりも激甘スイーツ情報の方が大切か、薄情者め。

 一方でモブ子は熱心に話を聞いてくれている。流石は信者第1号だ。


「改めて説明をすると、私は知ってしまったの。──”未来予知”のこの力でね。私がちょうど来年の文化祭の日に死んでしまうっていう、不幸の事実を」

「綾芽先輩、大変ですね」とモブ子は合いの手を入れてくれた。実に空気の読める後輩だ。


「死んでしまうっていう事実はいいの。変えられないから。だから、私は考えた」

「この1年、輝かしい青春を送ろう。だろ? 何回も聞いたよ」


 スマホ画面をひたすらにタップしていた涼子がダルそうに言った。

 インスタのストーリーを死んだように惰性で見やがって。まったく。


「その通り。幸いにも私には腐れ縁ながら君のような友人や、モブ子のように慕ってくれる後輩もいる。この同好会も無理やりながらも設立できた。さらに私は高校2年生。体育祭や修学旅行、……もう文化祭は終わったけど……まあとにかく豊富な青春イベントが多数あるわけ」


「いいじゃないですか」まさに理想通りの反応だ、モブ子よ。


「でもね!!」


 私は力を込めて言った。


「それだけじゃ私の理想の青春とは言えないの。何が足りないかわかる? モブ子」


「えっとお……。あ、彼氏だ。先輩彼氏いないもん」

 

 手をポンと叩いて、自分で納得したようだ。素直なんだけど、傷付く。


「いないんじゃねえよ。コイツにはできないの。こんなこと言う電波女だから」

 

 君こそ、その人を殺すような目つきの悪さのせいで男は誰一人として寄ってこないじゃないか──。それを口にしてしまったら涼子は本気で怒って部室を破壊して回る鬼神と化してしまうので、喉まで出てきていた言葉を飲み込んだ。

 コホン、と咳払いをして再び注目を集める。


「そう、私の青春に足りないものは恋愛──。つまり、私は恋愛がしたいわけ」


「じゃあまずはその性格を直せ。黙ってればそこそこかわいいんだから」


 よくもまあ自分のことを棚に上げて話せるものだ。これも口に出したら破壊神を生み出してしまう原因となるので、やめておいた。


「綾芽先輩。恋愛がしたいと言っても、相手がいなければどうしようもないんじゃないでしょうか」


「いい質問ね、モブ子。相手の存在なら”未来予知”で事前に分かっているの」


「相手も結果も分かってて、その恋愛楽しいか?」


 対照的に愚かな質問だな、涼子よ。私は侮蔑の表情を浮かべた。


「名作映画ってのは、結末が分かっていても何度も見たくなるもの。ちょうど今は夏休みだけど、田舎の大家族が世界を救う映画がテレビで放送されてたら毎年見ちゃうでしょ。──まあつまり、私の恋愛はそんな名作映画に匹敵するような大恋愛なの。たぶん。映画研究部の奴らに映画化してもらうのもアリなくらい。たぶん」


「たぶん、たぶんって。具体的なことはなんにもわかんねーの?」


 うん、と頷いた。なんだそりゃ、涼子は吐き捨てるように言った。


「それで、その恋愛のお相手って……?」


 待ってました。その質問。


「1年生の、秋葉翔あきばかけるくんって子」



「やっぱ、年上のお姉さんって良いよな」


 部活のストレッチ中、渚が突然そんなことを言い出した。


「唐突だな……」俺は気にせずに前屈を続ける。


「唐突に思ったんだ。お姉さんってのは、なんだっていい。包容力のあるお姉さんはいい。ドSで罵ってくれるお姉様もいい。なにやらミステリアスなお姉さんもいい。とにかくお姉さんというのは人生経験が豊富で、甘えてもいろいろと許してくれそう。そんなところがいい」


「意味わかんねえよ」とりあえず俺は笑った。


「翔はどうなんだよ、お姉さんは好きじゃねえのか? お前のその低身長なら、やっぱり同級生じゃなくて先輩のお姉さんと付き合うべきだと思うんだ。映えるぜ」


「チビって言いてえのか!?」


 確かにオレの身長は160センチもなく、間違いなく低身長の部類だ。部類というか、クラスで1番目に背が低い。成長期がまだ来てないのだ。そのうち190センチくらいになるはずだ。たぶん。

 そう思うことにした。


「てか、お前の好きなタイプとかこの数年一緒にいるくせに一回も聞いたことねえんだけど!? 思春期の男子高校生なら1人や2人の好きな子、せめてタイプくらい固まってて然るべきだと思うんだよ。なあ!?」


 渚はひとりで盛り上がって、それを見た先輩にどやされていた。

 好きなタイプか。腰をぐーっと伸ばすストレッチをしながら、ぼんやり考える。

 考えても、そういうの全く思い浮かばないんだよな。


 まあ、一回も彼女できたことないからね。欲しいけど。



「翔くん……ですか? 確か、私のクラスの人ですよ」


 モブ子が言った。


「どんな子? 予言で名前は分かったんだけど、顔をまだ見たことがなくて」


「どういうことだよ」


 涼子のツッコミは無視だ。


「えっと。私と同じくらいの身長で。中の上くらいの顔です。女の人と話してるのは見たことないです。だからどんな人かは知りません」


「モブ子と同じくらいって。男子にしては小せえな」


 モブ子は158センチだった気がする。

 男子でその身長だから、割と低いな。

 私の好みって、もっと大人っぽい人なんだけど。


「とにかく、私の未来予知は絶対だから。その子と付き合うことになるらしい」


「らしいってお前……」涼子は苦笑いした。


「どうせ恋愛するなら、青春らしい恋がいいと思わない?」


「そうですね、綾芽先輩!」


 うんうん。


「ということで、ロマンス溢れる恋の定義について考えたうえで、恋愛プランを立案していこうと思う。いい?」


 モブ子の元気な返事が響き渡る。

 

 私の意見にモブ子が全肯定し、涼子が全否定をするやり取りを30分ほど行い、完璧なプランができた。


「何より大切なのは恋愛映画のような、美しい出会い方。そのための作戦として、モブ子。あなたにやってもらいたいことがあるの──」



 それは本練習が終わり、クールダウンに入ろうとしていた時のことだった。


「オイオイ。あの金髪のヤンキー女、めちゃくちゃこっち睨んでくるんだけど」


 渚が顔を真っ青にして、グラウンドの入口に殺意に満ち溢れた目で仁王立ちしている女の人を指差していた。


「あの人って……朝に校門に立ってた人?」


 恥ずかしそうに、意味不明な横断幕を掲げてた人。

 渚は頷いた。


「なんか、お前のこと睨んでない? なんかやらかしたか?」


「いや、あの人とは一切関わりがな──」



「秋葉翔っているかぁーーーー!!??」



 大声で叫ばれた。名前までバレていた。

 今日が俺の命日かもしれない。


「と、とりあえず行ってくる」


 渚は死ぬなよ、と心配そうに送り出してくれた。


「お前が秋葉翔だな。話がある」


「は、はい……」


 ドスの利いた声と、絶対3人くらいは殺して山に埋めた経験があるだろっていう鋭い目つきのせいで、まともに顔を直視することができない。震えて俯きながら返事をした。


「ほら、モブ子。コイツだ」


 金髪極道女がそう言うと、女の後ろから同じクラスのモブ顔の──名前が分からないが──女の子がちょこんと顔を出した。


「こんにちは……翔くん。……部活中にごめんね」


 話があるのはこの子で、反社会勢力の人じゃなかったのか。

 俺は安堵のため息を漏らした。よかったよかった。


「えっと、どうしたの? 話って」


「……その……」


 モジモジしている。ま、まさか──。



「……こ、校門前で、部活が終わったら、待ってて!」



 彼女は顔を赤らめながらそう言って、逃げるようにどこかへ行った。

 これはまさか!

 いくら恋愛経験のない俺でも分かる。

 アイのコクハクというやつじゃないか!?

 言葉で表すなら、うひょー、という感じの小躍りをしている自分が頭の中にいた。


「校門前だぞ。絶対に間違えるんじゃねえぞお!!」


 ヤクザの脅しも今なら怖くない。

 ニヤニヤしながらうへへと返事(?)をしてやった。


 

 それにしても、体育館裏とかじゃなくて、校門前?

 ならず者の後ろに隠れる割には、意外と度胸があるんだな~。

 モブ顔だから気にも留めてなかったけど、なんかめちゃくちゃ可愛く思えてきた。

 悪いな渚。オレのが一足先に大人の階段を昇るぜ。うひょー。



「いる。ホントにいる」


 茂みに隠れている私は、校門前で謎にウキウキしている秋葉翔と思わしき男を発見した。


「あの少年で間違いないのね。モブ子」


「は、はいっ。彼が翔くんで間違いありませんっ」


 何故か照れながらモブ子は言った。まあいい。

 

 作戦はこうだ。

 ロマンス溢れる恋愛は、激突から始まる。

 食パンを咥えた少年ないし少女が遅刻遅刻~。と言いながら曲がり角で美少女(美少年)とぶつかって恋に目覚めるというのが恋愛漫画の古典的かつ印象的、そして効果的なシチュエーション。

 

 今は部活終わりの夕方ということで、パンを咥えるのも遅刻遅刻~。と言いながら走るのも些かおかしな話。狂人か肝の据わった演劇部と思われてオシマイだ。

 

 何が言いたいかというと、何も考えずにとにかくぶつかってしまえばいいのだ。

 私は黙っていればそこそこかわいい(涼子談)らしいし、ぶつかった後は成り行きで彼が恋に落ちてくれるだろう。何故なら「秋葉翔が私の彼氏になる」という未来予知は絶対だから。

 ……何か忘れている気がするが、まあいい。


「ホントに上手く行くかね。こんなの……」


 涼子は頬に手を当てながら愚痴を漏らした。

 ええい、そこで指を咥えて見ているがよい。

 数日後には、初彼氏をゲットしてリア充となった私と、未だ彼氏いない歴イコール年齢のヤンキー女という格差が生ずるのだから。友情を優先しているのも今の内だ。


「頑張ってくださいね、先輩!」


 モブ子はいつも優しい。

 彼女にだけグータッチをし、私は駆け出した。


 まるで風のように。疾風の如く。恋の始まりに相応しい、美しい走り。

 さあ、私のフィアンセ。短い間だけど、よろしくね。



 「あ、危ない!」


 

 ん? 涼子の叫び声が聞こえる。

 

 キキーッ!といううるさいブレーキ音も鳴り響いた。

 その刹那、私の身体にこれまでに感じたことのないような、あまりにも強く、そして鈍い衝撃が響き渡る。次に私が違和感を覚えたのは、回転する視界。

 グルグルと回る世界で気づいた。

 私は、トラックに撥ね飛ばされたらしい。

 

 そういえば、未来予知で「誰かがトラックに轢かれる」って自分で言ったっけ。

 被害者が予言者本人だなんてこと、ある?

 頭の中をぐるぐると思考が巡る。

 

 地面に激突する寸前、私は向かいから走ってきたらしい軽トラにも轢かれた。


 薄れゆく意識のなか、遠くから秋葉翔くんと思わしき男の声が聞こえる。


「だ、大丈夫ですか!?」



 ロマンス溢れる恋愛は、激突から始まる。

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