捕縛 後

 牙が、私の肌に食い込むよりも早く。

「――せやぁっ!」

 闇から出てきたその獣の頭を肘打ちで砕いた。

 パリンッ、と砕けるような音を立てて、粒子に帰る獣。

「なっ!? 一撃で?!」

 驚きの声を上げる、さっきの獣を出した、鋭い声をした女性の術師。

 壁に足をつき、膝を曲げ、飛びかかる。

 その向かう先は――フェン・”ヴェルグリッド”・アンナヘリン。

「「「――っ! 国王様っ!?」」」

 あいつら術士たちは、後でゆっくりいたぶる。

 まずは、すべての元凶のこいつを殺すっ!

「しねえっ!「させると――」

 腕を振れば、そののど笛を掻き切れる、そんな距離に割り込んだのは。

「思うなっ!」

 黄昏色に輝く、ナタージャだった。

 私の振りかぶった右手をつかみ、そのまま地面に放り投げられた。

「ガッ!!」

 二、三度地面をバウンドし、ようやく止まる。

 頭から生暖かい感触が流れるのを感じた。

 い、てて……。ちょっと、頭切っちゃったかな。

 呑気にそう考えていると、体に急なだるさが襲ってきた。

 ただし、さっきのような急怠さではなく、体重が何倍にもなったような感じのそれだ。

 その不意を突かれた術式に、膝を軽く砕いてしまう。

「死ねぇ! 仲間の仇だァ!」

 突っ込んでくる術師、切りかかるように上段から剣を振り下ろす。

 ただ――あまりにも、遅い。

 だから――死ぬんだ。

「――っか」

 物言わない屍となった、私に重力をかけた術師の首が、仲間の一人の目の前に落ちた。

「――っ!?」

 急に現れた生首に、状況を忘れ、絶叫する彼女。

 現れた心の隙は、逃さない。

「マズイ……っ! タリヤ! そこから離れ「おそいよぉ?」

 私が声をかけたのが早かったか。

 それとも、彼女が私を見るのが早かったか。頭から真っ二つに、彼女は裂け、中からは脳漿と、鮮血が溢れ出た。

「リィ! このク「ソガキャアアァ!」」

 声のした方からは、分裂し、襲い掛かってくる術師、二人同時に相手するのは体力の無駄だな。

 じゃあどうするか――

「よぉい」

 膝を曲げて沈み込んで、少し力をためる。そして――

     みちゅ          ギャキッ        ミチュッゥ

ドッ        しゃっ        ゴキュッ

     ヒィン                    しゃり

             ギシュゥ      キンッ       ブシュ   

 ――回答、分裂しきる前に、潰す。ついでに周りの術師も削れればなおよし。

「――っ! お前たち……!」

「――あぁあぁあぁ、だぁめだねぇ、ふたりぃ、たえちゃったぁ」

「ま、曲りなりに天級はやってねえんですよぉあっしも!」

「また一匹やられた……本当にあんた人間かい?」

 冷や汗をかきながら、月光の術師と獣使いの術師が答える。だけど、他の術師は――10人、もう起き上がることは二度とない。    

「さぁあぁ、これでぇ、はんぶんぅ。つぎはぁ、だぁれぇ?」

「――貴、様ぁ……っ! 何故ここまで命を無下にする! 我々は命をかけて、国の為に! ――言わば、貴様達の様な国民の為に戦っているのだ! 何故ここまで我々を恨む必要性がある!」

「……必要性、ですって」

 余りにも的外れな質問に、臨界点を少し超えた。

 口調が幼女のそれから、普通のそれに近くなる。

「そう言うなら、なんで私を救わなかった! なんで村のみんなを! 友達を! 両親を! 誰も……誰も救わなかったぁ! 答えろぉ!」

「それは、全て自業自得だ! 貴様があの時、術師を殺さなければ、ああはならなかったはずだろうに!」

 彼の言葉に。

 私は、思わず思考が止まった。全力で回してる脳の、それがだ。

 ――待って、じゃあ、何? まさかあのジジイ、誰にも私の事、話してないってこと?

「――いや、そんなはず。でも、もしそうだとしたら、今の言葉にも納得が」

「捕まえたぞっ!」

「ぐぅっ!」

 つい、別のことに考えを取られて、あっさりと捕まってしまった。

「っくぅ! はなしてよぉ!」

 全力で動くけど、全く歯が立たない……そう言えば、コイツだけ、私とほぼ同等に動いてたな?

 ……しくじった、くそぅ。

「捕縛しました、国王よ」



 それが、処刑の九日前の話だ。

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