座学と術式 ~前編~

 翌週の金曜日、学院内で。

「――では、ティマーリエ・ルージュさんの授業はこの通りになります。お忘れのなきように」

「はい、ありがとうございます」

 授業の日程が決まった。僕が今受け取った紙は、その内訳が書かれた日程表だ。

 学院の授業は、一つにつき80分。ただし、刀剣魔術にかかわる授業だけは、120分ある。

 月曜日に、国語、政治。

 火曜日に、術式座学。

 水曜日に、術式実技。

 木曜日に、警護法、法律学。

 金曜、土曜、日曜は全く入れてない。というのも、興味をそそられるものがなかったからだ。

 ちなみに、これでも多い方だ。普通は二つか三つらしい。

 これは父さんから聞いた話だけど、多く採っても採らなくても、術式座学、術式実技、剣術理論、剣術実技の四つさえ取れれば、術師にはなれるとのこと。ただし、座学も実技も、どちらも片方しか選べないため、最短でも二年はかかることになる。当然、落第したらもっとかかる。

「――では、ハナ・フナシロさんの授業はこの通りになります。お忘れのなきように」

「はい、ありがとう、ございます」

 そう言って、係の人から日程表をもらう般代さん。ちなみに、口調は『ニッポン』出身の人としてのそれだ。

「ティマーリエ、君。じかんわり「教えないよ、僕は君を知らないしね」

 あえて冷淡に扱う僕だけど、般代さんは「うぅ……」と涙目になりつつ、うつむいた。その周りには哀れに思ったか、女子生徒が何人か駆け寄る。

 ちなみに、冷淡に扱うように仕向けたのは彼女である。

――だって、急に近づいたら不審がるんじゃない?

 まあ、そうなんだけど……嫌われ役はあまり得意じゃないんだけどなぁ、僕。


 その日の放課後。家のリビングで。

「で、どんな時間割なの?」

「色々と詰め込んでる感じ、般代さんは?」

「私は月曜日は初級語って言うのを入れたわ。面倒だけど、一応外国の人だしね」

 ほら、こんな感じ、と手渡された彼女の時間割は、授業数自体は一般的な生徒とほぼ同じで三つ。とっているのは件の初級語、そして、術式座学と術式実技だ。

「じゃあ、一緒に授業受けるのは火曜と水曜だけかな」

「そうね、楽しみにしてるわ」

「いや、楽しみも何も毎日一緒にいるじゃないか……」

 溜息と共に「――まあ、うちが賑やかになったからいいんだけど」とぼやく。


 そして、火曜日。

「はい、皆さんこんにちは」

 いろんな人が思い思いに喋っていた間に入ってきたのか、ふっと先生の術師が

 入ってきたんじゃなくて、まるで元からいたように、そこにいた。あまりの急な声に、騒がしかった教室も静まり返った。

「――え? なんでボク注目されてるの? やだ見ないで注目させちゃってごめんなさい」

 いやいや、そういうことじゃない。教室の空気がそんなツッコミをしたそうなものになった。

「へー、新しい術式ね」

 横で般代さんがぼそりと呟く。

 そう、僕の横には般代さんが座っている。しかも周りの皆は、ニヤニヤと僕を見る。……どうも、初日の彼女の言葉が学校中に伝わっているらしい。

「う、と、とりあえず……授業、始めます。分かったからそんなに僕を見ないで黒板を見て」

 縮こまる先生。さすがに可哀そうになったのか、みんながせんせから視線を逸らす。

「えー、と。ま、まず皆さん、こんにちは。術式座学の、講師の、オシュタル・ヴェーダっていいます。今日は、術式の、大雑把な説明を、し、していきます」

 そして、オシュタル先生は手に粉筆チョークを持って、二つの丸を書いていく。

「ま、まず、術式は、二つの形に、分かれます。自身を対象とする、『自象型』。そして、他者を対象にする、『他象型』です」

 急に説明をしだしたから、周りの皆は羽ペンを持っていそいそと書き始める。

 僕はいつでも書き始める用意をしていたから問題なし。

 般代さんは、横であたふたと何話してるかわかんない演技をしてる。

「えっと、まほうは、ふたつの、しゅるいがある」

 ゆっくりと教えると、彼女はびっくりしたように僕を見て、「あ、ありがとう」と、たどたどしく呟く。

 ただし、目で「なんでそこで優しくするのよ?!」と訴えているように。

 ――何も見なかったフリでもしておけば見逃してくれるかな?

「そして、自象型の術式は、この丸の中に、十字を書きます」

 オシュタル先生は、先ほど書いた二つの丸の、右側の方、その内部に十字を書いた。

「対して、他象型の術式は、丸の中に、バツを書きます」

 今度は、左側の中にバツを書く。

「こ、これで、術式の対象を絞る、刻印は、完成です」

 カリカリ、と教室中から羽ペンを走らせる音が聞こえる。結構真面目に聞いている人がほとんどだ。

「し、質問は、ないですか?」

「あ、はい。私から一ついいですか?」

 手を上げたのは、一番前の席にいた、いかにも勤勉なイメージを抱かせる女の子。

 声をかけられ、跳ね上がるように驚いたオシュタル先生だけど、気を取り直して、「な、何かな……」と尋ねる。

「えっと、術式はその二種類だけですか? 例えば、何かしらのモノを操る術式や、モノを発生させる術式、現象を発生させる術式は何か別にあるんですか?」

「あ、えっと。そういった、人間以外に作用するのは、基本的に、他象型の術式で、発動されるんだけど、その説明で、大丈夫、ですか?」

「はい、ありがとうございます」

 納得したようにうなずく彼女。ほかに質問をしたい人はいなさそうだ。

「じゃ、次はこの二つの術式を、もう一段深く分けてみるね」


                    後編に続く

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