~欠落紋の最強剣士、一撃必殺スキルを授かり無双する~

天池のぞむ@6作品商業化

第1章 欠落紋の追放剣士

第1話 欠落紋と、追放

「リジルよ。お前にはこの屋敷を出ていってもらう」

「そんな……」


 荘厳な衣装を身に纏った父上――ベテル・クラフトが僕を見下ろしていた。


「説明が必要か? 心当たりはあるはずだが」

「昨日の……、選定式のことですか?」

「無論だ。勇者紋を発現させられなかった一族の面汚しめ」


 昨日の選定式。

 それは僕の運命が大きく変わってしまった出来事だった――。


   ***


「では次! リジル・クラフト殿の紋章選定を行う!」


 天窓から陽の光が差し込む大聖堂で、僕の名前が呼ばれる。


 紋章――。


 それはこの世界で誰もが手に入れるものだ。

 紋章の種類に準じて、人は「スキル」を開花させていくことになる。


 スキルは剣技に関わるもの、魔法に関わるもの、身体能力に関わるものなど様々だが、物理法則すら超越した特殊能力であることが少なくない。


 どのようなスキルを開花していくかの指標である「紋章」は、個人の人生を左右すると言っても過言ではなかった。


 その選定を行う儀式が、今これから行われるのだ。


「次はいよいよクラフト家のご子息か。いったいどのような紋章を授かるやら」

「それはもちろん最強の紋章、【勇者紋】に決まってるでしょう! 何と言ってもクラフト家は代々勇者を排出してきた勇者一族の家系ですからな」

「今日まで相当な鍛錬を積んできたと聞く。ぜひ私の息子もリジル君が組む勇者のパーティーに入れて欲しいものだが」


 名前が呼ばれた僕を遠巻きに見ながら、そんなことを口にしているのは王都に住む貴族たちだ。


「きゃー! いよいよリジル様の番よ!」

「見てあの凛々しいお姿! 何とかお近づきになれないかなぁ」


 更に近くからは女の子の声援も聞こえてくる。

 こういう風に人から注目を浴びるのは慣れていないのだが……。


「ふふ。落ち着けリジルよ。勇者一族として授かる紋章は決まっている。いわばこれは形式的なもの。お前がこれから勇者として歩む晴れの門出となるのだ」

「はい。しっかりとクラフト家としての務めを果たしてきます」

「ああ。一族の跡継ぎとなる第一歩だ。期待しているぞ、リジル」


 壇上に上がる前に父上とそんなやり取りをした。


 そうだ。

 僕はこの日のために修行してきたんだ。


「リジル様、頑張ってください!」

「ああ、ルア。ありがとう。行ってくるよ」


 かねてから僕に仕えてくれている侍女のルアに声をかけて、僕は勇者一族の証、【勇者紋】を授かるため、第一歩を踏み出した。


 この先の未来は、きっと輝かしいものになる。


 そう、思っていたのに――。




「これが……、右手に現れた紋章が、リジル・クラフト殿の紋章になります……」


 紋章の宣告を終えた神官が何か言っているが、頭にはまともに入ってきてくれなかった。


 僕の右手に浮かんだ赤い紋章は、その一部が欠けてしまっている。


 【欠落紋】。


 この紋章を発現させた者で大成した者はいない。

 数ある紋章の中でも最弱とされる紋章だった。


「ば、馬鹿なっ! クラフト家の者から欠落紋を持つ者が出るなど……」


 父上が信じられないものを見る目で僕を捉えていた。

 いや、屈辱と憤怒にまみれた目、と言った方が正しいかもしれない。


「まさかクラフト家のご子息が、あの欠落紋を発現させてしまうとは……」

「おお、何ということだ。大外れの紋章ではないか!」

「やれやれ、これでは彼よりも私の息子の方が数段上ですな」


「なぁんだ、クラフト家って勇者紋だけをもらう家系じゃなかったんだ」

「あれじゃお近づきになっても意味ないわね。期待して損した」


 僕のことを罵る声と失望する声が入り混じって聞こえてくる。


「えー、オホン。それではリジル・クラフト殿、降壇してくだされ。次はあなたの弟君でございますのでな」


 僕は神官に促されるがまま、儀式の行われた壇を降りていく。

 まるで自分の足じゃない、別の何かで動かされているように感じた。


「では次! ルギウス・クラフト殿の紋章選定を行う!」


 弟のルギウスの名が呼ばれているが、そちらを見る余裕もない。


「申し訳、ありません。父上」

「……チッ。私に恥をかかせおって」


 案の定、父上は僕に一瞥もくれることなく、周りに聞こえない声でそう呟いた。


「リジル様……。私は――」

 侍女のルアが銀髪の奥から不安そうな目で見ていた。


 僕はルアに言葉をかけようとして、


「おお、現れたぞ! 勇者紋だ!」

「やはりクラフト家のご子息だ。先程のは例外だったんだろう」

「こうなればルギウス君のパーティーに何としても私の息子を入れてもらわねば!」


「きゃー、カッコいい! ルギウス様ぁ!」

「よーし、何としてもお近づきになるわよ!」


 周囲の声で何が起きたか悟った。


「よぉしっ! 良くやったルギウスよ!」

「ふふ。当然のことですよ父上。クラフト家に属する者が勇者紋を授かれないわけがないでしょう

?」


 歓喜の声をあげる父上に、僕を横目に見ながら自信満々で答えるルギウス。

 今の僕には、それが何だかとても眩しいもののように感じた。


 確かに紋章の選定式は、僕の運命を変える出来事になったのだった。


   ***


「――聞こえているか、リジルよ。出て行けと言ったのだ」


 父上は昨日の選定式の時と同じ、怒気を孕んだ声を僕に投げつける。


「ですが、父上――」

 反論しようとした僕の言葉は、その場に居合わせた弟のルギウスによって遮られた。


「ガタガタ抜かすな。落ちこぼれ野郎のアンタに反論する権利なんか無いんだからよ」

 ルギウスは何が面白いのか、金髪の長髪を揺らしながら、口に手を当てて肩を震わせていた。


「しっかし笑えるよなぁ、兄上。名家クラフトの名を継ぐはずのアンタが、大外れの紋章を発現させちまったんだから。昨日までは俺よりも期待されてたってのに」


「僕に現れた紋章が、外れとは限らないだろ。この紋章で強くなれる可能性だって……」

「ああん? んなわけねえだろ」


 ルギウスが下卑た笑いを浮かべながらこちらに向かってくる。


 そして僕は右手を掴まれ、手の甲に浮かんだ赤い紋章を目の前に晒された。


「見てみろよ、この欠けた紋章を。どう強がろうと、アンタに発現したのが【欠落紋】だって事実は変わらねえんだよ」


 昨日の選定式を経て、僕の手に発現した赤い紋章だ。

 日が変わってもその紋章が変わることは当然無く、柄の一部は欠けたままだ。


「過去に欠落紋が使える紋章だった試しがあんのか? 現に、初期スキルも【命中率上昇(範囲小)】なんていう平凡以下のスキルだ。少しだけ攻撃が当たりやすくなるスキルなんて、普通の冒険者でも使えるってんだよ!」


 ガラ悪そうに睨みつけながら、ルギウスは尚も主張する。


「対して俺は父上の期待通り、勇者紋を手に入れた。分かるか? 超強力なスキルを身につけていく俺と、初っ端から雑魚スキル持ちのアンタとの差が。欠落紋に選ばれたアンタは勇者一族の面汚しなんだよ」


 ルギウスは満足したかのように僕を突き飛ばした。


「せめて兄上もソードマスターとか、それなりの紋章なら俺の組むパーティーに入れてやっても良かったがよ。欠落紋にお似合いの超平凡なスキル持ちってんじゃ、そこら辺の冒険者と組んだ方がマシだぜ」


「リジルよ。ルギウスの言う通りだ。紋章の柄が欠けた欠落紋は確かに未知のものだが、欠落紋を持つ者で大成した例は無い。それに、欠落紋を持つ者がどう思われているか、昨日のことでよく分かっただろう。まったく、クラフト家の人間として、なんと情けないことよ……」


 床に膝をつく格好になった僕を、父上は冷ややかな目で見つめている。


「何か不服はあるか? あるのなら聞こう」

「……」


 父上が差し向けたその問いに答えたのは、それまで沈黙していた侍女のルアだった。


「お言葉ですが当主様! リジル様はクラフト家の威信をかけて、これまで努力されてきたのです。欠落紋を持つからと排するのは、名家として相応しい行為と言えるのでしょうか!?」


 ルアは自身の使用人服の裾を掴みながら、小柄なその身に似つかわしくない声で叫ぶ。

 その言葉は、これまで抑えつけていた父上の怒りに触れたらしい。


「黙れ! 侍女の分際で甚だしいぞ! クラフトの名を持つ者が勇者紋に選ばれなかったというだけでも不名誉なのだ! 勇者一族の中に欠落紋を持った者を置くなどと、我にこれ以上恥の上塗りをしろと申すのか!!」


「っ……、申し訳ありません。出過ぎた、真似をしました……」


「あーあ、父上の怒りを買っちゃった。奴隷は奴隷らしく、大人しくしときゃいいってのに」


 吐き捨てるように言い放ったルギウスの言葉に、僕は怒りを必死で抑えつける。


 恥、か――。


 僕は名家の誇りを背負って邁進してきたつもりだった。

 その結果を、父上は恥だと評価したのだ。


「リジル、路銀くらいは持たせてやろう。不服はあるまい」

「……はい。過分な温情、痛み入ります」


 僕は仕方なくそう言った。

 それ以外、どう言えというんだ。


「分かったらとっとと失せな」


 ルギウスの言葉に、僕は仕方なく体を起こし、扉の方へと向かう。


 代々の勇者を排出し、勇者一族として王都でも名を馳せてきたクラフト家。

 欠落紋を持つ者としてここに留まれば、クラフトの名に泥を塗ってしまうのは確かかもしれない。


 けれど。

 けれど……。


 名家の威厳が、実の息子よりも大事なのか――。


 そんな考えが頭を巡るが、それでも、と僕は思って向き直る。


「これまでお世話になりました」


 例え暴言を吐かれようと、理不尽な扱いを受けようと、卑しくはなりたくなかった。

 それに、まだ僕自身はこの紋章のことを信じたい。


「リジル様……」


 かけられたルアの言葉に目だけで応じて、僕は父上の部屋を後にした。




=====


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・タイトル

スキル授与神官の辺境スローライフ~「外れスキルを授けたお前は左遷だ!」と辺境の地に追いやられた少年神官。 村人に伝説級スキルを授与し最強の村を作り上げてしまう。


https://kakuyomu.jp/works/16817330650199470778

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