第20話 ドラゴンブレスブースト

「ドンドンッ、ソーラァ!」

「ドンドン、ソーラ!」


 光線を避け続け、円盤を追い抜かす事数十機あまり。長距離長時間に及ぶ宇宙の旅、二人は未だに声を高らかにして歌っていた。

 旋回や上昇、降下を絶えず繰り返す、死と隣り合わせの飛行。終わりの見えない長過ぎる旅路。海を越え大陸に渡るよりも遠く、休憩すらない。

 そんな中で歌は苦労を和らげる良い気分転換になっていた。気合いと根性の補給はハイトにとって最重要である。

 声が嗄れてきても、気分は盛り上がる。無理矢理に、盛り上げる。


「俺達ゃ宇宙の翼竜乗りぃ!」

「銀の魔王もなんのその!」


 声をあげて二人は笑う。ただし疲労が色濃く浮かぶ凄絶な笑みだ。

 いつの間にか歌詞は変わって、その場の勢いで突き進んでいた。勢いだろうと前進する力になるのなら構わない。全力で乗って、生きる為の活力を作り出す。


 予測を見て、手綱を引き、横腹を蹴る。光線の回避は最早作業じみた行動だった。手慣れてきた事で安定している。

 しかし、それは大きな勘違いで、単なる感覚の麻痺。相変わらず気を抜けばすぐに終わってしまう、奇跡の連続である。

 

「俺達ゃ馬鹿げた翼竜乗りぃ!」

「宇宙船もクラゲ以下!」


 疲れを押して積極的に歌い、笑う。笑って見せる。

 ショトラはもう鞍や金具を握っていない。初めに乗せた時に絶叫していた事を考えると、大きな成長。ローズの良さを知る者が増えて、ハイトはなんだか嬉しくなってくる。


「ドンドンッ、ソーラァ!」

「ドンドン、ソーラ!」


 歌う。歌う。声を高らかに、魂を燃やして。

 曲がり、回り、逃げて、前へと飛ぶ。

 真冬の夜より寒く静かな暗黒を、明るく熱く進んでいく。


 ただ。

 ふと気付けば、歌以外にすべき事はなくなっていた。

 光線の雨が止んでいたのだ。

 不気味な沈黙。歌唱も自然に止まってしまった。不安になったハイトは小声で相談する。


「どう思う? 攻撃してこなくなってきたのは……」

「戦力の小出しは止めて、母船前に布陣するつもりではないだろうか」

「うわ。最後の最後で大軍の待ち伏せか」

「所詮はクラゲの群れなんだろう?」

「食えないモンは嫌いなんだよ」


 これは単に、嵐の前の静けさ。

 そうと理解しての軽口は緊張の裏返しだ。無意識にハイトは唾を飲み込む。


「……お? 一つだけ見えたな。……でも、なんかおかしくないか? 距離の割りに……」

「確かに他とは違う。一つだけ遥かに巨大だ」

「じゃあ、もしかすると、あれが……」

「ああ。母船だな」


 いよいよ旅の終わり。ハイトは更なる緊張感に身を震わせる。

 速度は維持したまま、心構えは慎重に。

 そして、近付いてはっきり見える距離にまで至れば、周囲の円盤との対比で大きさがよく分かった。その恐ろしいまでの偉容に、自然と手が汗ばむ。


「魔王城? いやもう島だろ。それかもう大陸か? 巨大過ぎて分からん」

「どうした、鯨より怖いか?」

「……怖いな。伝説になるだけはある」

「冷静な判断だ。無闇に虚勢を張るよりは信頼出来る」


 ショトラの言葉でハイトは震える己を素直に認められた。が、そのショトラの声の方にも若干の固さがあった。極度の緊張は同じか。

 自分達はちっぽけで無謀。正確に再確認して、挑戦者は細かい確認をしていく。


 母船の周りには、しっかりと大型小型の円盤群が並ぶ。

 なるべく手薄な場所、角度を探るが、何処も均等。上下左右全てを球状に警戒している、完全な防御陣形。今までで一番豪勢なお出迎えだ。


 観察しながら飛行し、そして遂に射程距離。

 願をかけて、気合いを入れて、二人は再び歌い始める。強気な笑みを無理矢理浮かべて。


「ドンドンッ、ソーラァ!」

「ドンドンッ、ソーラァ!」


 対応は無慈悲な死の光の束。数十機から放たれた光線が連なって、面となっている。

 しかし逃げ場ならある。針穴のように、僅かながら。

 確実に見極め、通る。当たらない場所を選び、先行する。

 それを続ける内に母船を一周してしまう。デコボコで歪な軌道でぐるぐると回る。今までと同じだ。球状の防衛線に無理に入らなければ、決して当たらないだろう。

 だが、それでは当然城へ攻め込めない。無駄に巡るばかり。

 だから、今攻めるべきなのは兵士たる円盤の方。


「やはり、保険を取っておく隙は無いな」

「おう。やってくれ」

「光線はキミは任せるしかないが」

「ああ。任せろ!」


 勇ましくハイトが応えれば、静かにショトラが武器を構える。

 背後からの光線を散らした妨害弾だ。効力はそれだけでなく、宇宙船同士の通信も妨害するらしい。危ない場面でも温存しておいた、取って置きの手である。

 大型円盤の一つに狙いを定め、発射。命中して破裂し、目に見えない切り札を撒き散らす。

 しかし、その規模は小さいようなのだった。


「一発じゃ駄目なんだよな?」

「ああ。手持ち武器ではこの程度だ」


 何度も撃つ必要があるが、一ヵ所に留まっていては的でしかない。

 ひとまずは逃げる。そして歪な軌道で安全地帯を巡って同じ円盤の下まで戻り、再び撃つ。早さを重視する為に、死線を潜りながら何度も撃つ。

 時には間近を通った光線で呼吸が乱れ、警告を見逃しかけて心臓が縮む。最悪の想像がちらついて姿勢が乱れかける。奇跡だという事を度々実感し、背筋が冷える。

 それでも、当たってはいない。当たる訳にはいかない。

 景色、疲れ、通り過ぎた光線、余計な物を極力締め出し、目の前の情報に集中。ローズが最大限の力を発揮出来るように、体勢からかけ声まで意識する。意地で頭と体を動かし、回避と発射を繰り返す。


 そして、時間はかかったが、遂に。見えざる結界、粉塵の支配する空間が標的を完全に包んだ。

 よって母船との連絡は取れない。自動で戦闘は続くだろうが、母船からすればこの艦は存在しないも同然。


「頼む! 援軍来てくれ!」

「来るはずだ!」


 思わず大きくなる声。口をつく祈り。意味は無いと知りながら、それでも願わずにいられない。

 目を皿のようにして、集中して、突破口を探す。


「見つけた! あそこだ!」

「……ああ。この距離なら、キミの熱で行ける!」

「よっしゃあ!」


 二人に満面の喜色が浮かぶ。

 母船に、小さな入り口が開いたのだ。

 願ったのは、敵の援軍。それによって生じる隙だった。


 待ち望んだその場所へ、光線を振り切り一直線に突っ込む。

 無理を承知でローズに羽ばたいてもらい、速度を上げる。しかしそれだけでは、足りない。届かない。

 敵はそれも計算して口を開けたのだ。

 辿り着く前に閉じてしまうだろう。


「これで最後だっ!」


 だが、まだ切り札がある。ショトラが作り、鞍に取り付けた箱が。

 それをハイトが火龍の炎で熱していた。中身など無い、空気しか入っていないその箱を。

 結果として、熱された空気は膨らむらしい。そして膨らんだ空気を一気に放出すれば、羽ばたきの限界から更に加速する事が可能だ。温存しておいた、計算を狂わせる秘密兵器。


 猛烈な速度から加速を得て、風無き夜空の風は荒れ狂う。三位一体の暴風と化して、狭い入り口に突入していく。

 円盤への高速突入は二度目であり、最早万が一の激突への恐怖は皆無。

 代わりに生じた武者震いと高揚感そのままに、大きく叫ぶ。


「行くぜ魔王城!」

「ああ。全てを取り戻しに行くぞ!」


 豪速で過ぎ去る一瞬。

 翼を畳んだローズが、強気な笑みの戦士を乗せてーー見事、母船の内部へと侵入を果たして見せた。

 二人と一頭による戦いの、最終段階である。

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