第17話 少年よ勇敢であれ

「うお。本当に夜だ。星が凄え!」


 ハイトは盛大な感嘆の声をあげた。

 窓も無い冷たい金属壁に映されたのは、今乗っている船の外に広がるという夜空。正確には宇宙空間。暗黒の中の星や月が地上よりも数多く、明るく輝いている。

 見上げるのではなく、前にこの光景があるという新鮮味もあって地上で見た夜空とは違った美しさを感じた。


「だろう? ワタシも初めて見た時は心踊ったものさ」

「だよな! これは誰でも感動する!」

「そうだ、こっちも見るといい。キミ達の星も綺麗だぞ」

「これが!? この上に住んでたのか!? 凄え!」


 勝ち誇ったような小さな笑みを浮かべる、自慢げなショトラにハイトも心から同意。

 珍しく話が合う。その事実もまた嬉しい。やはり異星間の交流に熱く語っていただけはある。復讐心の奥にあるこれこそが本質なのだろう。


 奪った大型の円盤に乗って、二人と一頭は神々の領域まで到達していた。

 主な用途は貨物船らしく、背後は殺風景。隊長もろとも指揮権を奪った小型の円盤がずらりと並ぶ。ハイト達の場所を確保する為に、数機の円盤は地上に置いてくるか有効活用する為に分解していた。これでローズもゆったりとくつろぐ事が出来ている。

 今は再び補給の時間。

 水を飲み、保存食や果物を食べる。素晴らしい景色を見ながらなので、気分よく食は進む。怪我や疲労はあれど、それを補う気力が存分に補充されていた。


 地上を出発した時はまだ昼下がりだったが、寝ていた上に外は常に暗黒の夜。時間の感覚はよく分からなくなっている。

 それでも冒険はまだ半日も経っていないらしい。

 小型を捕獲し大型に乗り込んでから、まだそれだけ。そんな短時間で、宇宙船が耳障りな音で警告を発した。

 次なる戦いの幕開けである。


「そろそろ準備をしてくれ。異変を察知して調査挺が発進している」

「……ああ、もうか。……そうか」

「どうした?」


 ショトラに促されたが、ハイトは座り込んだまま。顔を逸らして気まずそうにしている。

 視線の先にあるのは、火龍の聖遺物。戦いに役立てる為に持ち込んだ、神聖なる鎧。それが口ごもった原因であった。


「あー……いや、あの鎧を着るんだろ?」

「嬉しくないのか?」

「なんというか、畏れ多いというかだな……」

「ああ。信仰故の躊躇か」


 短い言葉だけで納得した風のショトラ。理解が早いのは異なる文化への興味が深いからか。

 確かに嬉しさや憧れはあるのだが、だからこそ、それ以上の触れ難さがあったのだ。それこそ、祠に入る時とは段違いの禁忌であるのだから。

 しかし今はそれで済まない。ショトラは厳しい声と目付きを向けてくる。


「しかし、キミが着ないとどうにもならないんだが」

「それは分かってるんだが、割り切れないというか……やっぱり俺には相応しくないような気がしてな……」

「ワタシはキミに相応しいと思うぞ」

「その評価は有り難いんだが、ご先祖様に認められるかどうかはまた別でな……」


 ぐじぐじと言い訳を重ねるハイトに、更に険しくなった目付きが圧力をかけられる。冷静なショトラは痛い沈黙で責め立てていた。

 それでもハイトは覚悟を決められない。自分でも自分を制御不可能で、これは謂わば彼ら火龍の子孫に刻まれた本能であった。


 睨みの圧力から必死に逃げる事しばし。このままでは無理だと察したのか、ショトラは深く溜め息を吐いた。


「……そうだな。ワタシ達の星にも神話があり、英雄譚は伝わっている。宇宙開発の場でも神を信じる者は多いし、宇宙船や計画に神や英雄の名を付ける場合もある。験担ぎや単なる格好付け等の為にな。それだけワタシ達の星にも、神や英雄は身近に存在していたんだ」


 唐突に語られたのは、神と英雄の話。

 現状とあまり結び付かない話だったのでハイトは戸惑いながらも、真面目に耳を傾ける。


「だから、英雄という存在にまつわる格言は事欠かない。……なあ、キミは、英雄に最も必要な条件はなんだと思う?」


 静かで真剣な、試すような問いかけ。

 神と英雄の話はこの為の前置きかと納得しつつ、ハイトは答えを考える。ただ、考えるまでもなかった。


「……そりゃあ、強さだろ?」

「違う」

「じゃあ、心の強さ?」

「それも違う」


 一般的な英雄像が呆気なく否定され、困惑するしかないハイト。眉を寄せて考えてみる彼に、先人の答えは示される。


「最も必要な条件とは、英雄が求められている時と場所に居合わせる事だ」


 キョトンとするハイト。それだけか、と拍子抜けした顔を晒していた。

 そんな態度にもショトラは動じない。むしろだからこそ、ゆっくり、静かに、丁寧に、教え聞かせるように語る。


「どれだけ強かろうと平和な時代に生まれては英雄になり得ない。どれだけ高潔な精神を持ち合わせていても平和な地域に暮らしていては英雄になり得ない。だからまずは居合わせる事が最低限の条件なんだ。強さは後から付いてくる。……それこそ、キミのように」

「俺のように?」

「そうだろう? 思い返してみるといい」


 そうだ。とハイトはすぐに思い至り、しっかりと頷く。

 彼は単なる漁師見習いだった。

 なのに、ショトラやローズと共に戦い、かつて神話の戦場だった場まで来ている。その中で、明らかに以前の彼では不可能であっただろう行動も為していた。

 ショトラや運に助けられもしたが、強い動機による必死な奮闘の結果でもあるのだろう。


「それならアンタも、居合わせて、後から強くなった英雄なのか?」

「……そうなるな」


 苦笑いのような、照れたような雰囲気。愛しい過去を懐かしむように、少し上を見て目を細めた。過去を聞いてはいても、思いは他人に推し量れない。

 ただ、その視線がハイトに向くと、瞳の奥に暗い炎が見えた。過去が輝かしい故に生まれた、復讐の業火。

 それもまた、一瞬。すぐに単なる厳しい瞳に戻り、言葉が続けられる。


「だから、仕方ないんだ。キミにはあの鎧を着て英雄となる資格、いや義務がある。あの時、初めにワタシに話しかけてきた、その巡り合わせが原因でな」

「……そうだな。それが、きっかけだな」


 あの時、銀の魔王を連想しなければ──

 あの時、誰か他の者が先陣を切っていたら── 

 あの時、海に落ちていなければ──

 あの時、ショトラに手を貸す選択をしていなかったら──


 ハイトはここまでの戦いをしてはいなかっただろう。捕まった大勢の一人として助けを待つばかりだったはずだ。


「そして、人はその巡り合わせを……運命、あるいは、天や神に選ばれた、とそう表現するんだ。……いや、キミの場合は、先祖である龍に選ばれた、とするべきだな」

「火龍に……」


 ハイトはこの言葉を聞くなり瞬間的に納得した。それと同時に深く感心する。

 人を乗せるのが上手い。言葉の使い方が上手い。またも助けられたのだ。

 お陰で躊躇は吹っ切れた。


 火龍に選ばれたのなら、鎧を身に付けない方が失礼ではないか。


「ぐだぐた文句言って悪かったな」


 言うが早いか立ち上がると、背筋を伸ばし、神聖な鎧に正面から向き合う。形だけでなく、精神的にも。膝を床に付き、深々と頭を垂れる。


「力を、お借りします」


 そして、神聖なる武具を装着する。

 単なる鎧ではなく、神々の領域に適応する為の特別製。身に付けるのに手間取ってしまったが、深紅の鎧は着心地も良い。高揚感と熱、濃厚な火龍の魔力を感じる。どうしよもなく気持ちが昂ってくる。


 己に相応しいかどうか。それはもう、悩まない。

 覚悟を決めて、堂々と格好を付けた。


「どうだ? 似合うか?」

「ああ。強そうな英雄に見える」


 次はローズにも翼竜用の物を着せる。こちらは構造がより複雑で更に手間取ってしまったが、なんとか装着させられた。

 するとどうだろう。凛々しさが抜群に増し、ハイトが思わず惚れ惚れする程の姿となった。あまりにも素晴らしい様に涙すら流し、ショトラに不審な目を向けられた。


 そして、準備は万端。

 鎧姿の少年と自前の宇宙服の異星人が、武装した翼竜に乗る。些か奇妙な取り合わせであったが、神話の力と異なる星の知恵を備えた、前代未聞の新たなる世代の戦士である。


 此処に、三位一体の英雄が生まれた。

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