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 心宮グランドホテルについて、自分なりにある程度調べてはみたものの、過去について記されたものは、どのメディアも似たり寄ったりの内容であり——つまるところ、事務所で観た動画内で説明されている以上の情報が得られたわけではなかった。

 それに、場所について調べたところで、じゃあ解決の糸口が見えるのかと言われれば、わたし自身そうは思えないし……言ってしまえばこれらの準備は、気休めに過ぎない。

 それならば、現地に行ってみるのが最も手っ取り早い。

 目で見て、耳で聞いて、その手で原因を取り除く。

 化心退治に決まったパターンが無い以上、この仕事は、どこまでいってもアドリブ……その場その場で臨機応変に対応するしかないのだ。

 故に——

「これが件の現場ですけど……どうですか? 七凪さん」

「どうですかって言われても……廃墟だなぁ、としか」

「あの、見た目の感想じゃなくて……スピリチュアル的なものを感じたりは……」

「いや、びっくりするくらい何も感じねぇ」

「魔力……とか」

「ぜんっぜんだな! あと、そもそも俺、魔力探すの得意じゃねーし」

「…………」

 これ、連れてこなくても良かったか……?

 湧き上がる若干の後悔を押し殺して、わたしも目の前の廃墟を眺める。

 かつて壁や看板、あるいは絢爛さを見せつけるための装飾物であっただろう〝モノ〟たちは、今や焼け落ち、そこに苔や蔦が這っており、もはやどんな材質で出来ていたのかさえ判別できない状態となっている。かろうじてわたしたちの前に「ここから入れますよ」と言わんばかりの〝洞穴〟のようなものが存在していたので、この辺りがかつてホテルの〝出入口〟だったのだろう、と想像ができた(加えて、あの動画冒頭の背景とも一致していた)。

 あの後、改めて事務所で話し合い、三人それぞれが役割を分けて、依頼をこなすこととなった。そして当初の予定通り、わたしはこのホテルの調査を任されたのである。『化心であれば帷ちゃんが殺せばいいし、もし本物の幽霊で……まぁどうにもならなそうだったら、そっちの専門家に任せよう』というのが葵さんの談。そっちの専門家、というのがいまいちピンと来なかったが、わたしも反対する理由はなかった。

 ホテルの情報をスマホで(ようやく買い直した、今回は自分のお金だ)調べながら街中を移動している時、偶然、七凪の姿が目に入った。白いTシャツに黒いレザージャケット、下はジーンズという格好の彼は、それまでジャージ姿しか見ていなかったわたしにとって、多少なりとも珍しく映った。しかし、その出で立ちから受ける印象は相変わらず〝なんかちょっと怖い感じの不良のお兄さん〟であり、やはりどう見ても〝魔女の一番弟子〟ではなかった。

 ——なので、

 わたしは〝確認〟することにした。

「報酬を山分けするので、お仕事を手伝ってくれませんか?」

 出会った七凪にそう持ちかけて、ホテルの依頼に同行してもらうことにした。七凪としても現状、旧アリアの家賃の支払いに苦心するほどには、金銭的に困っていたようで、二つ返事で快諾された。持ちかけたわたしが言うべきではないのだろうけど、まったく疑わないどころか、依頼の内容も報酬の金額も聞かずに『マジ⁉ 助かったぜ!』と言ってしまう彼のことが、かなり心配になった。

 葵さんと椛さんの尋問を信用していないわけではない。むしろ椛さんの能力を用いたのなら、彼は限りなく〝人畜無害〟の判定で良いのだろう。その上で、これから増えていくであろう化心の依頼、あるいはこれから先に待つ魔術師との戦いを前に、七凪勇兎の力を、わたし自身が確かめておく必要がある。そう思った。

 ——なのだが、

「ま、化心はほとんど魔力を持たねーし、どっちにしてもだな。……んじゃ、行くか」

 そう言いながら、ずがずがと歩みを進める七凪。

「ちょ、ちょっと待ってください……!」あまりにも無遠慮に入ろうとするので、わたしは慌てて彼の袖を掴む。

「なんだよ、調査しないのか?」

「しますけど、もっと慎重に動いた方がいいんじゃ」

「慎重って言っても……結局、中に入ってみなきゃ、そこに何がいるのかはわかんねーだろ」

「だとしても、準備はしておくべきかと。……動画は観たんですか? スマホ、渡したでしょう」

「動画……五カッケー団のか、もちろん観たぜ」七凪がわたしにスマホを返す。「そういや借りっぱなしだったな」

 バスで移動する最中に、件の動画が入った自分のスマホを、わたしは彼に貸していた(七凪は携帯端末の類を持っていないらしい、お金ないのかな)。わたしたちではわからないことも、魔術師である彼の視点ならば、何かしらの手がかりを見つけてくれるかもしれない——そう期待してのことだった。

「それで、観た感想としては。何か思うところでも」

「そうだなぁ……」七凪が頭を掻く。「まぁ、俺の印象なんだが——」

 真剣なまなざしになる七凪。頼りない部分もあるが、流石に魔女の弟子というだけあって、この短時間で既に、何かに気づいたようだ。少しばかり見直すような気持ちになる。

 そして、

「俺的に、あいつらは5年前くらいまでやってた『巨大生物格闘シリーズ』の頃が一番面白い——」

「投稿されている方を観ろとは言ってないんですよ」


 …………えっと。

 この人、駄目かもです。

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