◇4 後編

「姉さんの言う通り、あの尋問において、私の〈枷轡かひ〉はちゃんと効いてた。だから、七凪勇兎の正体に嘘がないのは保証する」

 シャワーを浴び終えた椛さんは、事務所の冷蔵庫からカップアイスを取り出し、ソファーに座ってそれを味わっていた。そういえば彼女は、わたしと葵さんを本家に連れ戻す目的で来たはずだが……最近では事務所にもちょくちょく顔を出すようになり、まるでメンバーの一員のように馴染みつつあった。

「それとも、帷ちゃんには、彼を信用できない理由があるのかな」

 キッチンから出てきた葵さんが、わたしに問う。その手には新しく淹れなおしたコーヒーがあり、新鮮な湯気を立ち上らせていた。

「別に……信用していないわけじゃないですけど……ただ、意外だったというか」

「あの魔女が弟子をとっていた、ということがかい?」

「……はい」

「私はそのフォルテシモって人のことは知らないけど」椛さんがわたしたちの会話に入り込む。「弟子を取ること自体は、魔術師の世界ではよくあることでしょ、たしか」

「そうとも」葵さんが首肯する。「近年では科学の台頭によって、神秘の衰退が深刻化しているようだからね。大昔は一子相伝の技術だった魔術も、こと〝残す〟ことについて手段は選べなくなってきた——という話を聞いたことがある。素養のある人間や、思想的に適正のある人間であれば、血に関係なく後継者にするのが、昨今の魔術師のスタンダードなんだろう」

 言われてみればたしかに、占い師としての仕事をしたり、付録付きの本を出版したりなど、自身の能力を露出させることに、抵抗のない人ではあった。やり方の是非はともかく(特に同業者からの印象が気になるところだが)、彼女なりに、魔術というものが絶えないようにしていた……のかもしれない。だとすれば弟子をとるのも、自然なことだろう。

 ……ただ、それにしたって。

 今朝出会った彼の姿と言葉を思い出す。



『ん、そっか、とばりか。いや、花の名前じゃねぇってとこまでは覚えてたんだけどよ。つーかお前らのとこ、最後が『い』で終わる名前のやつしかいねぇからこんがらがるんだよな。……なんだっけ? 織草のヤバイ方が姉でキツイ方が妹? じゃあお前はあれだな、織草の小っこい方ってことで——おい待てなんで剣鉈ぶき構えてんだ?』

『フォルテの行方? んなモン俺が知りてーよ。心宮にいるってのだけ掴んだから、バイトで金貯めてここまで来たのによ~。つか閉〝店〟ってなんだよ、なんで店やってんだアイツ』

『それ制服か? 良いよな、制服、別に変な意味じゃねぇって。着るモン毎日考えなくていいのはラクだろ。……ん? いや、似合ってるかと言われれば別に————』

『頼んでたもの? 情報? 何のことだ? ひがみとからがい? ……あ、あぁー………………悪ぃ、ガチで何だっけ?』



「…………」

 粗雑・粗暴・適当・失礼——というのが、七凪勇兎の印象。

 実際のところその認識は間違っておらず、七凪は常に、睨むような目つきと乱暴な口調で攻撃的な態度を作り、普通の人を寄せ付けない雰囲気を形成している。

 生活面についても同様に……彼の住処と化したアリアの店内は、それまでの整然と物が並んでいた様子からうってかわって、彼が持ってきたアイテムや私物が乱雑に配置されはじめ、目も当てられない状況になりつつあった(これについては、一応魔女に世話になった者として、どこかで注意するつもりだけども)。

 フォルテさんも謎の多い人だったが、あの性格の男が、どうやってフォルテさんと出会い、師弟関係になったのかという意味で、七凪は彼女以上にわからない存在といえる。

「……別に、あの人の性格はこの際どうでも——いやどうでもはよくないんですけど——とりあえず置いておくとして」

「何か、それ以外に気になることでも?」

「……これ、なんですけど」

 わたしはカバンからガラス瓶——〝アンプル〟を取り出して、二人に見せた。

「おや、例のアンプルじゃないか」

「あんたの血だっけ? まだ使ってるんだ」

「まぁ……便利なので」

 アンプル。

 わたしの片手をほんの少しはみ出す程度のサイズをしたガラス瓶。

 中に入れるのはわたしの……筺花の血液だ。初代織草である彼女の心臓から流れる血液は、命令によって自在に操ることができる。それを、フォルテさんが固まらないように加工し、武器として使用可能にしたものが、このアンプルだ。

 もちろん、これが善意によるものではなく、フォルテさんの企みの一環であったことは理解している。武器の作成はあくまで建前であり、実際はわたしの血を研究の材料にでもしていたのだろう。ただ、だとしても、便利なアイテムであることには違いないし、未熟な自分には戦い方を選ぶ余裕がない……ならば使えるものはなんでも使うべきだ——そう思い、彼女がいなくなった以降も、わたしはこれを愛用していたのだ。

 しかし……当然と言えば当然だが、在庫の問題がついて回った。製作者のフォルテさんがいなくなり、今持っている分を使い切ってしまえば、この手は使えなくなってしまうという懸念があったのだ。

 それを解決したのが、七凪の存在だった。彼は弟子というだけあって、フォルテさんとほとんど同様の知識と技術を有していたのだ。よって、アリアが担っていた役割はそのまま引き継がれ、アンプルについても以前と変わらない供給がなされるようになったのである。

 ……ただ、問題が——どうしても不信感を抱いてしまう点が一つ。

「……下手なんです、採血が、ものすっごく」

「へぇ」

「魔女の弟子ですよ? なのに不器用ってなんなんですか? もうとっくに〝治って〟ますけど、一昨日のわたしの腕、あの人が注射失敗しすぎたせいで、薬物中毒者みたいになってましたからね」

 ちなみに七凪からは『いやぁ慣れてなくてさ、悪かったなぁ!』というあまりにも心のこもっていない謝罪をもらった、ふざけやがって。

「針を刺すたびに『もっと下の方!』とか『ゆっくりやさしく!』とかいちいち指示しないといけないんです」

「そこはかとなくエロいね」「言い方がえっちね」

「真面目な話をしてるんですけど?」


 何はともあれ。

 わたし、葵さん、椛さん。

 そして……七凪。

 死神の事件を乗り越え、新しいメンバーでの日常が、幕を開けようとしていた。

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