◇10

◇10


「——は……ぁっ……‼」

 熱い、痛い、苦しい。

 何をされた? ————腹を貫かれた。

 何があった? ————仲町に撃たれた。

 思考がまとまらない。 ————認識していても容認できない。

 傷口からとめどなく血が流れる。

「…………っ」

 裏切られた、のか。

 友達じゃ、なかったのか。

 やり場のない感情が、気力を奪っていく。

「あ、『死ね』は違ったわ、ついホンネが出ちまった。死ぬのはもうちょい後、な?」

 声と共に、腕が離れ、支えを失った身体が崩れ落ちた。

「う……うう……」

 相変わらず呻くことしかできない状態だったものの、それでもなんとか立ち上がろうとして——今度は蹴り飛ばされた。

 勢いのついたわたしの身体が、教室の壁に叩きつけられる。

「誰が『立て』つったよ」

「…………!」

「つーか、もう傷塞がってんじゃん、アッハハ、ウケる。……いやウケねーわ、聞いた通りマジでバケモンなんだな、お前」

「…………」

「それってどこまで不死身なわけ? 丸焼けでも生きてたっぽいけど、ミンチにされたり、酸で溶かされたりしても戻んの? だったらドン引きなんですけどー……って、おい、聞いてんのか?」

 わたしの肩につま先を押し付けながら、彼女は嘲笑っている。その口調や態度は、それまでの仲町からはるかに乖離したものだ。

 他の生徒同様、神様とやらに操られているのか、それともこれが彼女の素の姿なのか。

 どちらにせよ、目の前に、わたしにとっての仲町つばさの姿はもはやない。

 最後の最後に、〝とどめ〟を刺されたような気分だった。

 彼女の足先が肩に食い込む。

 膝まで隠れるほどの黒のロングブーツ——至る所にハートの装飾がされた派手なあしらいが目に入る。

 珍しいものを履いている、と思った。

 この学校ではローファーか運動靴が指定されているはずで————あれ?

「————」

 〝正気〟が全身を凍てつかせるような感覚。

 もし、どうかしているのだとすれば、それは……わたしの方だ。

 目の前の〝女〟に向いていた怒りの矛先が自分に向き、今すぐにでも頬を引っ叩きたくなる。

 一体どうして——紫がかったツインテールを腰まで伸ばし、首輪みたいに分厚いチョーカーをつけた〝彼女〟をどうして——


 ——「仲町つばさだ」と〝思い込んでいた〟んだ?


「誰、ですか、あなたは……!」

 年は自分と同じくらいだろうか。セーラー服だったはずの格好は、黒とピンクのフリル付きブラウスに変わっており(これもただ制服に見えていただけなのか?)、その右手には木の枝のようなものが握られている。

 やはり、仲町つばさには似ても似つかない。

 まったくの別人だった。

「……なんだ、解けた感じ? ま、これだけ違和感見せたらあたりまえか」

 わたしを見下ろす謎の女。その視線は冷ややかだが、口元には薄ら笑いを浮かべている。

「……解けた?」

「あ、仲町つばさに撃たれたと思った? ホントはそうしても良かったけどさー。だって『ぼっちで根暗なわたしに構ってくれた友達、実はわたしを殺したがってましたー』って、とってもザンコクでサイコーじゃない? そんでお前のメンタルぐっちゃぐちゃにして、立ち直れなくしてやるつもりだったけど……」

「…………」

「やっぱ無理、陽キャになるのはキツかった! 先にこっちがリタイア、って感じ? ちょっと真似しただけでマジ吐きそーだったし……今朝食った目玉焼きがスクランブルエッグになっちゃう、アハハハハ!」

 そう言いながら女は、持っていた枝を指先でくるくると回しながら、品の無い笑い声をあげていたが——不意に、その枝をわたしに向けた。

「どうせ不死身なら、手足千切るくらいセーフでしょ?」

「!」

 彼女の持つ枝の先が赤く輝く。

 それが数分前、自分の腹部を貫いた光と同じ色だと察知する。

 命中すればひとたまりもないが、幸いなのは、それが本来の意味での〝光〟ではないことだった。

 攻撃は、一瞬で対象に到達するものではなく、かろうじて軌跡を視認できる類のもの。

 レーザーではなく弾丸。

 照射ではなく着弾する一撃。

 ゼロ距離でなければ、対処できる。

 握っていた剣鉈を振り上げて——閃光を跳ね返す。

 弾かれた赤い弾は女の顔を掠め、後方の壁に小さな穴を空けた。

「な——」

「聞きたいことはいくつもありますが……まだ最初の質問に答えてもらってません」

 立ち上がり、対抗するように剣鉈の切っ先を相手に突き付ける。

 眩暈も、迷いもなかった。

「あなたは誰で、何者ですか」

「……ふーん、ちょっとはやるんだ」

 わたしの反撃に驚いた様子を見せた彼女だったが、すぐに笑みを戻す。

 そして——

空骸黑からがいくろ。お前からしたら、事件の……黒幕って奴? 黑だけに、ってね、アハハッ!」

 心底おかしそうに、自身の正体を述べた。

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