Forever

 私は、片脚を失った。

 当然、アイドル活動なんて続けられるはずがなかった。

 車椅子のアイドル、なんて案が出されたけど、その時、雪乃が口を開いた。


「しおり。あなたはそこまでして、アイドルを続けたいの?」


 って。

 私は誤解してた。

 自分はアイドルを続けたくなんてなかった。本当は認めたくなかったんだ。

 片脚を失ったことを。

 私のいないEverが活躍していくのが。

 私はアイドルで居続けたいんじゃない。

 ──自分の居場所がなくなるのが、怖いだけだ。

 

 あれから、Everは再始動した。

 『Four ever』として。

 Everのメンバーが4人になったことから、この名前になったらしいけど。

 あの4人は永遠フォーエバーと走り続けて行くのだろうと、思った。

 私が今までどれだけあの4人の脚を引っ張ってきたのか。神様はそれを見兼ねて、私から脚を奪ったのかもしれない。


「飯島さん、親御さんがお見えになってますよー」

「あ、はい。すぐに行くと伝えてください」


 本名──飯島 志織。

 三日月 しおりはもう居ない。

 三日月 しおりは──死んだのだ。



✣✣✣✣



 車椅子での移動はまだ慣れない。

 あの事故から2ヶ月は経ったが、幻肢痛を感じることはもうない。

 片脚がないんだ、と脳が受け入れてくれたのだろう。

 この病院は病室まで来ることができないため、患者自ら来訪者に出向かなければならない。感染症を持ってきたらマズイとか、まあ色々医療的な理由があるのだろう。

 自然光を多分に取り込めるガラス張りのロビーはやや近未来的で、その中に居座って待っている母親の場違い感に少し笑えてしまう。


「ごめんね、お母さん」

「いいのいいの。食べたいものあったら、いくらでも買うから」


 ニッコニコでりんごの入った袋を見せつけてくる。

 夢を追って出ていった娘が、東京で事故に遭って片脚を失くしたなんて。

 夢半ばで挫折してアイドルを辞めたのなら、「ほら言わんこっちゃない」と言えたのだろうけど、事故で夢を諦めたなんて、母親はなんと声をかけていいのかわからないのだろう。

 でも可哀想だとは思ってほしくなかった。

 人から可哀想だと思われることほど、可哀想なことはない。


「ねえ、お母さん。私がアイドルになったのって、正しかったのかな?」

「何言うてんの。あんたの夢なんでしょ。正しいとか、そういうものじゃないでしょ」

「でもさ、思うんだ。私は多分、事故に遭わなくても、いずれアイドルを辞めてた」


 わざわざ岐阜から東京に来てくれた母親に向けて、そんなことを話すなんて。どうにかしている。

 自分でもそう思っても、言葉は溢れてくるんだもん。仕方ないよね。

 それから1時間近く、母親に弱音吐いたり、今までの不満とか愚痴とか、溜まってたもの全部吐いて、ようやくスッキリした。


「志織、私はねずっと思ってたの。あのグループの中だったら、あんたが一番可愛いって」

「一番ブスだったよ」

「あんた私似なんだから、可愛いに決まってんでしょ」

「自画自賛かよ」


 Everとして活動している時も、こうして母親の支えがあれば、もっとできたかな?

 ダメだ。また過去の話……。

 引きってるな……。


「じゃ、また来るからね」

「うん。りんご、ありがとね」

「あいよ。今度はお父さんも連れてくるから」

「うん」


 母親がいなくなったあとは、とにかく静かだった。

 まだ食べきっていないりんごが、机の上に転がっているだけだ。

 斜めに差している日光は、私の手前で途切れていた。私は日陰者……。

 私、これからどうすればいいんだろう……。



✣✣✣✣



「志織さん、りんごお好きなんですか」

「本当は梨のほうが好きなんですけどね」

「じゃあ今度買ってきます!」

「いえ、いいですよ」

「それくらいさせてくださいよ。僕のせいで、志織さんは……」


 この人はあの日、私が助けた青年だ。

 名前は片峰かたみね 瑞希みずき。正真正銘、三日月しおりのファンだった。

 ちょうど彼が来た時にロビーにいたので、そこで挨拶を交わしたあと、談話室的なところで一息つくことにしたのだ。


「まあそうね。じゃあ買ってきてちょうだい」

「はい、もちろん」


 私は片峰くんに、負い目を感じてほしくはなかった。あの日、私は片峰くんのおかげで少し前に進むことができたから。

 そのせいで立てなくなったとしても、私はあの時の私を誇りに思える。前を見て進んだ、あの時の自分が、なりたい自分なんだと思う。

 それを見つけるきっかけとなったのだ。片峰くんには感謝している。


「片峰くん。今さら訊くのは変だと思うんだけどさ」

「はい、なんですか」

「私のどこが好きだったの?」

「へぅ……!?」


 どこからその声出してんの、って笑うと片峰くんは顔を真っ赤にして恥ずかしがっていた。

 最近、片峰くんを照れされることにハマっているのは内緒だ。


「……そうですね。最初しおりさんを見た時に、一目惚れしました。それでしおりさんを追い続けていくうちに、しおりさんの清楚さだったり、控えめなところにどんどん惹かれていって……」


 思っていたよりしっかりと理由があるみたいだった。

 私を……こんなに好きでいてくれたんだ……。


「ライブ中はあまり目立とうとしないんですけど、スイッターとかミンスタグラムとかでの投稿はすごく女子っぽくて、ギャップを感じたんです」


 あれ、ヤバいな……。

 思ってたのと違う……。もっと照れて上手く話せなくて、それでもがんばってひとつだけ好きなところを言ってくれて。

 そんな感じだと思ってたのに……。

 全然違うじゃん……。


「あと……! って……志織さん……?」


 片峰くんが今、話しているのは『しおり』であって、『志織わたし』じゃない。

 もっと早く、片峰くんと出会っていたら……。あぁ、また過去を……タラレバを口にしてしまうのは、私の悪い癖だ。


「す、すいません! あ、あの僕、夢中になっちゃって……!」


 泣いちゃダメなのに。泣いたら片峰くん、すごく心配しちゃうから。


「ううん……続けて」

「……僕は、あなたの笑顔がとても好きでした」


 その瞬間、目からは涙が溢れて。

 声も我慢できなくて。

 思わず片峰くんの胸に飛びついて。

 こんなに思い切り、人の前で泣いたのは、久しぶりだった。

 それでもいつも頼りない片峰くんの胸は暖かくて、その後私の身体を抱き締めてくれた片峰くんは、すごく包容力があって。

 ずっとこのままでいたいと、心の底からそう思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る