私、ロボだから涙を流せません

 結局、僕らはそのあと立て続けに3作品を鑑賞した。


『あわわわわ…またロクでもないことになってますですの…』


 目を手で覆いつつも、指の合間から映画を観てるイツキちゃんは、時々ヒィとかフワァとか悲鳴を上げながらも楽しく鑑賞してくれている。思ったよりもリアクションが面白いので、僕は映画を楽しむというより、イツキちゃんを見て楽しんでいた。


『この映画を考えた奴は頭がおかしいですの…』


 なんだ褒め言葉か。

 とはいえ、ここまで観てきてる映画はどれも映画史に名を残す名作ばかりなので、その評価は当然といえば当然だ。


『こう、もっとこう、恋愛とか、友情とか、そういう映画はないんですの!?』

「ええ…?」


 程よい虚脱感と鬱屈感を楽しんでいた僕に、イツキちゃんは堰を切ったように言う。


「イツキちゃん、人間を理解するなら、そんな脚色された物語じゃなくて、どうしようもなく地獄になる物語を観た方が人間について深く理解できると思うよ?」

『人間のなんて愚かで矮小な存在…って気分を変えたいんですの! 愛と希望を見せて欲しいのですの!』


 どうやらイツキちゃんは最後まで人間の可能性を信じてくれるタイプのロボットのようだ。


「えー? うーん…そんな映画あるかなぁ…」

『こんだけ骨董ビデオ映画集めてて、ゾンビかモンスター映画しかないんですの!?』

「そんなことはない…はず…たぶん…おそらくは―――」

『無さそうなんですの!?』


 イツキちゃんが何とも言えない表情をしてる…。


『ひょっとしてお客様、人間が嫌いなんですの…? だからロボのいるファミレスに来てるんですの…?』

「………」


 なかなか痛い所を突いてくるな、イツキちゃん…。

 その言葉は、流石の僕も堪えたよ…。


『ああああ、見るからに落ち込んでますですの…?! 言い過ぎました! 言い過ぎましたから! 元気出して欲しいですの…!』

「……うぎぎ…―――あ、これはどうだろう」


 僕はビデオを取り出す。

 タイトルは、<ニューヨーク東18番街の奇跡>

 これはゾンビも殺人鬼もモンスターも出てこない。UFOは出てくる。ジャンルはSFだ。

 これならお気に召して頂けると思う。


『ならそれにするですの! 希望を、人類への希望を取り戻すですの!』

「そ、そうだね…」


 この棚の中にあるということは、あまり人類への希望という言葉に期待できないということなのだけれど、いや、イツキちゃんは満足そうなので水を差すのはやめよう。

 さて、この映画にはUFOが登場するのだけれど、これが普通のUFOではない。この円盤そのものが生き物という設定だ。つまり、機械生命体の話なのである。

 この機械生命体は、イツキちゃん達のようなロボットに似ているが明確に違うところがある。彼らは結婚し、子供を産み、育てることができるのだ。

 そんな機械生命体の奇妙な“夫婦”が、立ち退きを要求されてるニューヨークのアパートに越してきて…と、いう話。

 そこに絡んで、人間の住民達の人間模様も描かれていくのだ。


『……』


 イツキちゃんは、食い入るように映画を観ていた。

 どうやら、ゾンビやら悪魔やら怪物やら殺人鬼やらが出てくる映画よりも、彼女の琴線に響いたらしい。

 僕もイツキちゃんの隣に腰掛けて、もう何十回と観た映画を一緒に観る。

 そう、もう何十回も観た。そのほとんどはたった一人で。

 僕の人生において、こんな風に誰かと映画を見ることなんて、殆どなかった。

 どうして僕は、彼女の為に”秘密”を打ち明ける気になったのだろうか。

 それは憐憫だろうか。

 それとも愛だろうか。

 多くの物語において、心を持たぬはずの機械が”心を持ったら”と夢想するように、僕も、イツキちゃんという存在に、物語を求めているのかもしれない。

 隕石が落ちてきて、心に目覚めたロボットだなんて―――ああ、そうさ。

 ロマンチックな物語だから。

 そしてできれば、それは愛と希望の物語であってほしいから。


『私、ロボだから涙を流せませんですの。でも、もしそんな機能があったなら、私は泣いているですの。きっと』


 映画を観終えたイツキちゃんはそう言った。映画の余韻を感じるように、目を閉じて、胸の上に手を置いている。


「君の気晴らしになったのならいいけど」

『…まあ、気晴らしにはなったと思うですの。ほとんどの作品は酷い内容の映画でしたが…』


 褒め言葉かな?


「それで、どう? 隕石の事は忘れられた?」

『それはそれ、ですの。でも幾ばくか、最悪な映画の最悪な展開よりはマシだという気持ちにはなったですの』

「それならよかった」


 なら、僕の役目も終わりだ。

 僕は力尽き、ソファーに横になった。

 計五作品。総上映時間、約10時間。

 現在時刻――深夜3時。

 飲まず食わずでここまで走って、いよいよ僕の体力も限界だ。お腹空いたとか、喉乾いたとかよりも、恐ろしく眠い。

 よくよく考えれば、ロボは食事も睡眠も不要だけど、僕にはどちらも必要だった…。


『ちょ!? お客様!?』

「もう限界なので寝ます…イツキちゃんは…充電とか必要だったら勝手にやってもらっていいからね…」

『あ、あ、あの!』

「うん…?」

『―――お客様。ありがとうございました』

「………どういたしまして」


 そう言い残して、僕の意識は暗闇の中へと落ちていく。目を閉じ、大きく息を吸うと、そのままストンと、僕の意識は消えた。



■ □ ■ □ ■



 目を覚ますと、喉がカラカラだった。

 ソファーに横になっていた身体を起こすと、タオルケットがずり落ちる。むくんだ顔をモミモミと解しながら、僕はイツキちゃんの姿を探した。

 

「イツキちゃん…?」


 居間には姿がない。

 というか、居間は様変わりしていた。うず高く積もっていた僕の洗濯物は無くなってるし、ゴミも片付けられている。

 キッチンへ足を運ぶと、そこには入居時と変わらぬ綺麗なキッチンダイニングがあった。

 溜まっていた食器は洗われて食器棚に収まり、割れた食器も片付けられ、汚かったシンクも磨かれていた。床もピカピカだ。


「………」


 ただ、イツキちゃんの姿だけがない。

 地球にやってきたUFOの夫婦のように、役目を終えて、影も形も残さず消えてしまったようだった。

 何となく、ヴー…と、唸ってる冷蔵庫を開くと、朝食が用意されていた。温めて食べろというメモ付で。

 少なくとも、イツキちゃんを連れ帰り、僕の趣味全開の映画ラインナップを走ったのは、夢ではなく事実のようだ。

 とどのつまり、ドン引きされて帰っちゃったのかもしれない…。

 暗澹たる気持ちが押し寄せてくるが、しかし、救いもある。

 綺麗に洗われた食器に、磨かれたシンク。片付けられた部屋。

 これらから推測するに、イツキちゃんは無事に機能を取り戻すことができたようだ。

 それならば、僕の世間的地位が地に堕ちようと、変態と罵られようとも、少しは救われた気持ちになる。多くのゾンビ映画が見せる悲劇的な結末よりも、ずっとずっと救いがあった。

 とりあえず、イツキちゃんの用意してくれた朝食を有り難く頂く。

 そして、シャワーを浴びて身体を洗い、身支度を整えると、仕事場のAR端末を起動した。

 途端に、恐ろしい数のメッセージが雪崩れ込んでくる。

 全部ナナちゃんからのメッセージだ。

 内容は、早く返事寄越せ! とか、生きてるか!? とか、そんな内容ばかりだった。とりあえず、おはようございます、と返事しておく。

 直ぐにナナちゃんから返事があった。僕も、音声入力をオンにする。


『死んでなくて安心したにゃ…』

「人間はそんな簡単には死にませんよ」

『その割には、簡単に人間が死ぬ映画をイツキと観てたようなんにゃけど?』


 な、何故ナナちゃんがそれを知っている…!? あのホームシアターシステムは、ネットワークからは独立しているはず…!


『お前バカかにゃ。肝心のイツキとのネットワークが切れてないにゃ』

「え!?」


 ば、バカな…。イツキちゃん、あれだけ啖呵きってお店辞めるとか言ってたのに、お店とのネットワーク切断してなかったの!?

 ってことは、イツキちゃんの視覚を通じて、僕の私生活や密やかな趣味も、全部ナナちゃんやフォーちゃんに知れ渡ってしまったということ!?


『安心するにゃ。お前とイツキを監視してたのは私だけにゃ。他の連中はそんな暇じゃないにゃ』


 それは、よかった…のか…?


『ほら、私はいま、入院中にゃから』

「あ、なるほど」


 ムツキちゃんと入れ代わりで修理に入ったのか。それで暇だから、イツキちゃんとリンクして監視してたと…。


「イツキちゃんはどうしてます?」

『ふつーに帰って来て、ふつーに仕事してるにゃ。どうやら、症状を改善できたみたいにゃ』

「それなら、よかった」


 僕も命と時間を削ったかいあったということだ。


『イツキも感謝していたにゃ。今は本店の方で元気にやってるから、時間があったら会いに来てやれにゃ』

「そうですか」

『しっかし、おまえも変な奴にゃ、見ず知らずのロボの精神的なケアまでやるだにゃんて、お前、“我々”の事 好きなんにゃ?』


 それは、いつか僕が言った言葉の意趣返しだろうか。けど、僕が返事に窮することはない。


「もちろんです。ナナちゃんはもちろん、皆の事は大好きですし。それに、見ず知らずってわけでもないですよ。普段、僕の方がケアして貰ってますからね。たまにはお返ししないと」

『………。ふうん』


 ナナちゃんは、やや間を作って答えた。

 文字メッセージなので、返事に窮するほどに引かれていたのかも知れない。けど、真実は真実だ。僕は自分に嘘をつけない。


『ま、いいにゃ。“我々”は、自身の”心”の事は分かんにゃいからにゃ。相手をしてもらって助かったにゃ。ありがとにゃ』

「どういたしまして」


 ナナちゃんからもお礼を言われてしまった。なんだかこそばゆい気持ちだ。


「ナナちゃんもストレスがあるようなら、是非ビデオ観に来て下さい」

『いや、それは丁重にお断りするにゃ! そもそも、ロボとはいえ人格は女性の相手を家に上げて、B級スプラッタやらホラーやらを立て続けに見せるような奴だったとは、幻滅にゃ! そりゃお前、モテんわけにゃ!』

「…」


 怒られた!

 返す言葉もない…!


『もうちょっと、女性好みのレパートリーも増やすにゃ! ラブストーリーとか! 感動ものとか!』

「あ、そろそろ始業時間なんで切りますね。ナナちゃんは、ちゃんとボディを修理してくださいね。復帰待ってます」

『あ、おい、お前! お前漫画家なんにゃから始業も何も無―――』


 僕は通信状態を取り込み中に変更し、半ば無理矢理に通信を遮断した。

 長く、長く、息を吐く。

 椅子に座りながら、身体を伸ばすような姿勢になって、天井を見上げ、ぼーっとする。

 何も考えたくなかったが、何かしなくては時間は進まない気がした。

 ナナちゃんに言ってしまったからには、ちゃんと仕事をするか。

 なっちゃんがやってくるまでには、まだ時間はあるけれど、僕は単行本化の作業を一人で進めることにした。

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