2-5.Madonna of the Carnation



「人の家の前で」と発言したのは、少しいきすぎたかもしれない。


だがそれはあくまでもあの二人への配慮が足りなかったという意味ではなく、この家がワイルドウイングからの全生存者への配給したうちの一つであるということだ。


汚れの目立つ自室のドアを通り過ぎ、レオはリビングへと向かう。


何もない。


昼間からカーテンを閉め、白熱灯で淡く照らされるのはたった一つのソファと、ハンガーラックにかけられた一丁羅のコートだけ。


品の欠片もなくソファに寝転び、再びスマートフォンを開く。


表示されているのは、歩きながらコメントを読み上げる金髪の女。


その顔を見ると再び苛立ちが湧き上がった。


失われたもの?


俺の何が分かるというのだ。


俺はレースに負け、ワイルドウイングからのスカウトの望みも遠のいた。


奴にはもうワイルドウイングからの連絡が来たのだろうか。


もしそうだとしたならば、あんな言葉など単なる嫌味ではないのか。


ムカつく。


やはりこの女は、クソだ。


……だが「今たまたまここにないだけ」という言葉は、やたらと耳にこびり付いている。


そしてこの一言は永く、呪いとして、あるいは守護者として、レオは纏い続けることとなる。





























「……なんだ?」



にわかに画面が暗転する。


着信だ、相手は非通知。


静寂の部屋の中をマリンバが軽やかにリフレインする。


レオの脳を高速でよぎるのは、相手の候補だ。


もし、もしも。


いいや、最も可能性が高いのは。


レオは瞬きの間 の思考ののち、2回目のリフが終わる前に緑色のボタンをタップした。



「やあ?」


《やあ。ストリートレースチャンプのレオだな?》


「……そうだ」



一度言葉が詰まった理由は2つ。


1つは、変成器か何かのせいで相手の声が音波じみていたこと。


もう1つは《チャンプ》という言葉に、昨晩から疑問を感じていたことだ。



《こちらはワイルドウイングである》


「ああ」


《今日の23時59分、ガイアゲートに来るである。パワー》



  ピッ…



わずか5秒の通話だった。


充分だった。


レース中ジジが言っていたように、実績があるのは俺の方だ。


ワイルドウイングは、あのクソ女ではなく俺を選んだ。


それを理解するのに、一切無駄のない5秒間だった。


昨晩のレースの結果はもはやどうでもいい、今晩何かをやらかすのであれば今から車のメンテナンスでもしておこう。


あのクソ女……。


だがあのクソ女が俺からワイルドウイングの加入を奪ったのでなければ、先ほどのあの言葉は一体───。



 

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