2-2.Madonna of the Carnation


ストリートレースのチャンプがこの住所を巣としているのはメディオでは有名らしく、ヒューガが調べるまでもなく、クロノスストレージの風の噂で得られた。


さほど大きくもない、あくまでメディオの街並みに馴染む、レトロチックな外装。


そしてその横には無防備にも剥き出しで眠るF40。


ボンクルス大学の風景ですでに配信のコメント欄では行き先の考察が行われていたが、フェラーリが画面に映り込んだ瞬間に彼らのそれが確信に変わる。


コメント欄が沸いた。


配信の女王が、ストリートレースの王の家まで足を運んだという状況に。


……いいや、今や彼は、“元”王なのかもしれないが。



「皆さん推理力があってすごいですね、尊敬してしまいます。お察しの通りレオさんの家ですよ。だと思います」



チャイムのボタンの前で一度スマートフォンに目を配るヒューガ。


流れるコメントの中には憂う声もある。


ヒューガはそれに首を傾げながら、チャイムを押した。


ドア越しにブザーの鳴る音が漏れる。


室内にいるなら聞こえているはずだが、コメントを読み上げながら数分に渡って待っても一向に反応はない。


静かだ。


ヒューガがコメントを読み上げる独り言のような会話と、放置されて伸び切った並木と雑草が風に揺れる音だけが、昼のメディオに流れている。


週末のストリートレースの他、メディオが活気付く瞬間はない。


玄関前の階段に座り込み、金髪の女は視聴者と話し込みながら途方に暮れていた。


コメント欄に時折流れる「レオの昼寝」というキーワードに溜め息を吐く。



「やあ、待ったかい?」


「えっ?」



ヒューガに投げかけられたその声は、レオのものよりも高くて細い。


声の主は左手で大きく手を振りながら駆け寄ってくる。


今時売る場所も少ないランニングウェアに、センターパートの前髪と丸眼鏡。


彼のことは見覚えがある。


確か昨晩インプレッサに乗っていた男だっただろうか。


それなりのペースで走り続けていたらしく、ヒューガの前に立つ頃には息が上がっていた。



「はあ、ごめんごめん。急いでみたんだけどさ」


「あなたと待ち合わせなんかしていませんよ。マックスさん」


「誰とも待ち合わせなんかしてないくせにさ。あと僕はマキシマ」


「でも、ランニングを頑張るマックスさんが素敵すぎて今から待ち合わせを申し込みたくなりました」


「マキシマだって」



彼の右手に持っているのもまた、スマートフォン。


画面にはヒューガのものと同じインターフェイスが表示されている。


閲覧数には差があるものの、彼のスマートフォンの画面にヒューガが映った瞬間、その数字は目に見えて上昇を始めた。



「家主は出てこないよ。それより少し話さないか?」


「フォロワーを分けていただけるんですね、その優しさは感涙ものです」


「強かだよね、さすがは配信界のジャンネダリアだよ」



ヒューガの横に腰を下ろすマキシマ。


マキシマの鼻にはベルガモットの香りが広がり、ヒューガの鼻にはホワイトムスクと微量の汗の香りが広がった。



 

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