君果て第1.5部 僕の知人の幼馴染がドラゴンスレイヤーになったので

蘭野 裕

第1話 すべてが足踏み状態

 ローラに会いたい。

  

 ローラと同じ穿月塔に住むため、階層は違えど塔内の施設に就職した。つまり馘になったら塔に住めなくなる。

 明日も仕事だ。旅に出たローラをすぐ追うことは許されないのだった。

 ローラのいまの住処のある上階層から、降りるときは簡単だった。僕はいま、地下1階の自宅のベッドに寝転び天井を眺めながら考えている。

 

 留守を預かるエヴァンなる人物も知らないローラの外出先とは? 僕たちが出会ったあの森だろうか。二人の思い出の場所に……。

「そんな恋物語みたいなことが自分の身に起こると本気で思っているのか?」

 頭のなかで弱気の虫が囁いたが。うるさい! 賭けてみると決めたじゃないか。

 しかし金曜まで出発できないのか……。


 それと、なるべくローラとの再会までに解決に近づけたかったもう一つの問題、盲目の少女メリッサの魔眼のこと。魔眼封じのレンズを手に入れて大きく前進したが、彼女の魔力に釣り合うよう強化する目処が立たない。


 どちらもしばらく進展しそうにないのがもどかしい。

 

 エヴァンとあれからしばらく話していた。上階層を再訪する手立てがない僕を気遣って一晩泊めると言ってくれたが、固辞した。

 ローラの抗いがたい残り香に誘われて物思いやら何やらに耽るのに、主なき住居にこの人物と共にいては落ち着かないからだ。

 すっかり落ち着いた今、彼または彼女の話を思い出している。


「そうか、キミは階下で働いているんだね。アレか。先日ローラが騒ぎを起こした……」

「何だって!?」

「失礼、キミの勤め先は魔人相談所だったね。魔人狩り更生施設と間違えたよ」

「うん。それよりローラが何をしたって?」

 自分の勤め先を間違われたことよりそれが気になる。

「脱走の手助けさ。困った女の子だよ」

 

「私に会いに来る途中、ローラは転移魔法で寄り道して、更生施設内の独居房に転移した……。ただ妊娠中の奥さんに会いたがる入所者に同情しただけなんだ。結果、地下3階は大騒ぎさ」

 つまり、あの時の……!


 転移魔法で寄り道。

 同情から脱獄の手助け。

 ローラはそんなハチャメチャな人だったのか? 悪友の影響ではないだろうか……などと軽口を叩く気にもなれなかった。


「そいつと喧嘩したよ」

「キミだったのか、捕まえてくれたのは」

 そうだが僕ひとりで、ではない。ローラの異母弟ラケル氏のことを言わなかった。言うと面倒なことにならないか判断が付きかねたからで、見栄ではない。決して。

「さぞ上役に怒られたろう。あの子に代わってお詫びするよ」

 ローラとの親しさを誇示するような表情を、半仮面は全く隠せていない。

「あんたがローラに代われるもんか! あと、僕の勤め先は更生施設じゃない」

「そうだったね……あれ、ロムという男を知らないか?」


 どこかで聞いた名前で、ピンと来た。エヴァンはどうやら、相談所と更生施設を同じ組織の中のべつの部署とでも思っているのだ。

「ロムさんは相談所から更生施設に転職したんだ。僕は相談所の後任。話に聞いたことがあるけど、会ったことはない」

「そういうことか。意外と関わりがないんだね。で、キミがいるのは相談所ね。所長は同一人物だと噂に聞いたことがあるが……。」

 所長とはどんな人だっただろう。相談室の室長ドナさんや、研究室の魔術師の師匠のほうよりエラい人……ああ、就職初日に挨拶しそびれたきりだった。


 それより、僕はあの脱走事件の直後、ローラに会った。ということは……

「もしかしてロムさんは、ローラやあんたと知り合い?」

 半仮面の麗人エヴァンは憂い気な目をした。

「……私は会ったことがある。魔力がないのに、者のことを考えてくれる人がいて嬉しかった。……けど、へ行ったのか。……いや、そんな対立陣営みたいな見方は我ながらよくないな」

「対立……?」

「いや、施設がどうこうじゃなくて…… 本音を言うと、まだ更生していない人たちのことが、少し怖いよ。彼らを守らねばならない立場にある職員のこともね」


 魔人狩り集団の一員だった僕は下手に言葉をかけられない。

 やがて沈黙をやぶるように、エヴァンは席を立ちながら言った。

「よかったら泊まって行きたまえ。後で何か聞きたいことを思いつくかもしれないだろう。ここにいる間しか出来ないぞ。ただし物入れを勝手に開けたら許さない」

「いや、遠慮しとく」


 ローラの部屋に興味は尽きないし親切は有難いが、天井裏に隠れる奴がいる部屋に泊まりたくない。

 ローラに妙なことをしていないか問い詰めてやりたいところだが……エヴァンは心強いことを言ってくれた。


「ローラがここに帰って来たら、すぐキミに知らせるよ」

 この一言で評価が一転した。なんだ、いい人じゃないか! 

「お気遣いありがとう。お願いするよ! 今日は本当にお世話になったね」

 エヴァンは一瞬真顔になり、付け加えた。

「でもそれまでは会わない。彼女が帰るまで私も階下に下りられないんだ。私も金のトークンを持っていないので、表向きはね」

 自称大親友がこれだ。ローラの伝で金のトークンを入手するのは簡単ではなさそうだ。


「でもキミ、気をつけろよ。キミが思うほどローラは優しくない」

 それは「理解者ぶりやがって」と無視したくてもできない、小さな棘が刺さったようなローラへの人物評だった。


「あの子は目の前の可哀想な人にたやすく絆されるくせに、そいつに振り回される者のことを想像できないんだ」


 刺さった棘が抜けないのは、僕もローラに同情されたことがあるからだ。その結果、ローラの血縁者の運命は大きく変わった。

 東都へ向かう馬車の中じっと窓の外を見ていた、ローラの妹君の白い横顔が思い出された。妹君が花の東都を訪れる最後の機会だった。

 考えるのが面倒になり、もう寝ることにした。といっても亡者なので眠る必要もないのだが。

 横に寝返りを打つと、隣の話し声が耳に入った。


「その話はもうやめてよ」

 道具屋のミミ族の姐さんか。苛立ちを含んだ声を初めて聞いた。

「あたしみたいなのと一緒に暮らしたがる男の人なんて滅多にいないって、お父さんもお母さんも本当は分かってるんでしょう……」


 どういうことだ。普通の女の人にしか見えなかったが……。

 それより、ローラが信用している人物から優しくないなどと評されたことのほうが、僕にはよほど驚きだった。

 

 僕のやることは変わらない。

 優しくなくても君を見つけるよ、ローラ。




(続く)








 

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