第3話 災厄


 俺の名は平雪奏之(ヒラユキそうの)佑(すけ)。16歳で、流(る)根山(ねやま)高校に通うごくふつうのなんの変哲もない学生である。成績は中の上と言ったところか。得意科目は特になく、まんべんなく60点以上を狙えるのが強みと言ったところか。

 別に友達も多いわけじゃないし、ぶっそうなことに関わったこともあまりない。まちがっても裏切りの英雄などと呼ばれることはしていないはずだ。


「もう行くのか……」

 陽がのぼりはじめたばかりの朝方、ナモさんが見送ってくれた。

「はい。本当に帰らないとまずいので……親とか……学校とか……」

 事情があるとはいえ、学校さぼりに一日帰らないというのは、問題になっている可能性が高い。

「ウタガワマチとやらにいると言ったか。このあたりではない、とにかく来た道をもどるしかないじゃろうな」

「ありがとうございます。そうしてみます」

 頭をさげて巫女様に背を向けようとする。


「アルスどの……いやヒラユキどの」

 呼び止められ、振り向いた。

「あなたに身の覚えがないと言っても……私は、あなたが生まれ変わりなのではないかと思っています。裏切りの英雄は……国を捨て、精霊王と婚姻(こんいん)を結び交(まじ)わった人間。精霊の力を手にして、死ねない存在になっているのやもしれないということは、古代から言われていたことです」

 深刻そうに告げてくる。


「それに重ねて、数々の無礼をどうかお許しください……」

「いや、あの……別にもう気にしてないですよ。それどころじゃないし、傷もなおってるし。あの人にも伝えてください」

 事情はもうわかったしな。


「寛大(かんだい)な心とお導(みちび)きに感謝します。急ぐのであればいたしかたありませぬが、知りたいこと、ききたいことがあれば、またこの村に寄って下され。巫女を継ぐ私が微力ながらあなたの知識に協力できるはずです」

「……あ、ありがとうございます。……まあ、もし、来れたら」

 一応そう返しておいたが、できればあんまりもう寄りたくないっていうのが本音だろう。おだやかな日常に帰りたい。


「あなたがこの時あらわれになったのは、偶然ではないはず……ご武運をお祈りしております」

 真剣なまなざしのまま深々とお辞儀をされ、俺も同じように返す。あの青い髪の少女が、巫女にしがみつくようにしながらその陰(かげ)に隠れてこちらをじっと見ていた。


 たしかに気になることはあるが、それよりも今は帰らないといけない。

 元来た道を走って、草の茂みに入る。まだ日が低いのであたりは暗かったが、やがてあの泉を見つけることができた。

 このあたりに通路があるはずだが、あらかた探してもなかった。となると、この泉しかもう調べてないところがない。


 しゃがんでじっと水面を見つめる。しかしよく透き通っているからわかるが、水の下には地面しかない。

 どうやって来たんだろうか。というかそれよりも、また戻ったとしてあの怪物とはちあわせたらイヤだな。

 泉のなかを見つめながらそんなふうに考えていると、ふいに足をすべらせて水のなかに手をついた。


 しかしつかんだはずの砂がどこまでも沈み、身体ごと吸い込まれるように泉に落ちる。

 次に気づいたときには、俺は納屋でしりもちをつくような恰好で座っていた。

 扉がひらいており、あの怪物の姿もない。


 安心して胸をなでおろし、家のなかへと入る。

 両親に書き置きをしておいて、俺はさっさと寝ることにする。眠気がピークに来ていた。

 着替え、ベッドに倒れこむ。


 疲れた……。なんなんだよ一体。

 こうしてる間にもまたあの化け物がこないか正直心配だが、もう体力が切れている。目を閉じればすぐに眠りに落ちるだろう。

 うとうととしていると、何度かまばたきしているうちに腹にかかっている毛布のうえに奇妙な珍獣がのっかっているのがみえた。

「おむかえにあがりました……アルス様」


 その珍獣が言う。よく見るとあのとぼけた顔の羽の生えた猿の化け物である。身体は何分の一か、とにかく手の平に乗りそうなほど小さくなった姿だった。

「うわっ……!? って、アルス?」

 俺は飛び起きて、目を見開く。その名前には聞き覚えがある。


「あなたのことです」

「……じゃあ、お前は?」

 このエンジェルモンキー、特に襲ってくる気配はなく、ネコのように座ったままじっとしている。


「私はあなたの生み出した精霊ですよ。そんなことも忘れてしまったのですか」

「……じゃあ、襲ってはこない?」

「最初のときもちゃんと守ったじゃないか」

 あきれるように首をふり、ため息をつく猿。

「そういえば、そうかな……? 動転してて」

「大変だったんだよ。ダンジョンからすごい数の魔物が出てくるから、僕一人でさばきまくって……力を使い果たしてこんなになっちゃった」

 ダンジョンって、たしかあの球体のことか?


「ダンジョン……ってあの人も言ってたな」

「一から説明しないといけないみたいだねえ」


「いや……やっぱりあとでいい。とにかく今は寝させてくれ。明日は学校に行かないといけないし、三時間だけでも寝たい」

「ええ? こんなときなんだぞ。あいかわらず変なところが真面目なやつだな」

 あいかわらず? それに俺が生み出した存在ってどういうことだ。この猿、俺のことを前から知っているような口ぶりだ。まあいいや、とにかく体を休めよう。


 目を閉じると、瞬時に寝てしまった。

 そして三時間経つのもあっという間である。寝ぼけながら学校にいき、担任の教師にきのうは体調不良だったと適当にごまかした。

 国語の授業中、眠気にたえられず結局保健室で寝ることにする。

 横になりながら、きのうのことは本当に起きたんだろうかと疑問に思う。すこし目が覚めたときにあの黒い球体のオブジェのことを調べたが、やはり存在している。


「アルス、いつまで寝てるつもり?」

 ひょっこりとベッドの脇にあらわれたあいかわらず手のひらサイズのままの猿のモンスターがきいてくる。


「だからアルスって誰だよ……」

「アルスはアルス。裏切りの英雄だよ」


 またそれか。俺は「はぁ」とため息をつく。

 ちょうどそのとき昼休みのはじまりを告げるチャイムが鳴った。


「昼休みか……」

 そこをきりにして、俺は起き上がる。


「えっと、ノパって言ったっけ。話をきかせてくれよ。……あと、お前他の人には見えてるのか」

「ふつうの人には見えないよ。僕はブラムやモンスターとは違う、精霊だからね」

「ふうん、そうか」


 ノパが俺の肩に乗る。俺は保健室を出て他の生徒らが行きかう廊下を歩いた。

 人がいないタイミングをみはからって、ノパに話しかける。


「あの球体のオブジェ、ダンジョンって言ってたよな。あれはなに?」

「そう、ダンジョンだよ。あそこからブラム、モンスターが出てくる。あれは元々あっちの世界じゃたまに起きることだったんだけど、こっちでは初めてかもね」


「ブラム……が出てくるのがダンジョンか」

「ダンジョンはあっちの世界フィアモズとこっちの世界ウテナをつないでると言われてるんだ。あっちでダンジョンが異常発生してるのと、こっちにもあらわれたのは、偶然じゃないのかも。だれかがわざと仕組んだ、ってこともありうるね」

「あっちってもしかして、アクリル村とか、シャーノ国とかいうのがあるほうか?」

「そうだね。それは覚えてるんだ?」


「いやきのうお前から逃げて、たぶんアクリル村ってとこに行ってた」

「そうなんだ……さすがはアルス。でもそれなら話が早いね。アルスは向こうの人だったんだよ」

「ノパはいろいろと、くわしいんだな」

「僕はもともと、アルスの身に危険がせまったときにあらわれるっていう役割の精霊だからね。これぐらい知ってて当然だよ」

「……危険か」


 危険がせまったときにあらわれるというだけで、俺を守ってくれるというわけではないのか。まあそれでもかなり役立ってくれているようだが。

「で、アルスっていうのは?」

 別の気になっていたことを改めてきく。


「アルスは大魔法使いと言われた人で、四大賢者と呼ばれた人の一人だよ」

「なんだかすごそうな人だな。巫女のおばあさんもノパも、それが俺だっていうんだよな」

「うーん、そのはずなんだけどねえ。やっぱり元々精霊じゃないから、生まれ変わっても記憶は引き継げなかったのかもね」

「……じゃあ、裏切りの英雄って呼ばれてるのはどういうことだ。なにを裏切ったんだよ」

 話しながら食堂に入る。


「さあ、その理由はあまりよく知らないんだよね。なにせ、僕はアルスと一緒にいたけど、アルスは妖精の里の外に出ることはまずなかったから。ただ風のうわさでそう呼ばれてることは聞いたよ」

「なんだか不名誉な呼び名だな。ノパ、俺のことはソウって呼んでくれないか。アルスじゃ落ち着かないし」

「わかったよ。というか、ねえ、話をきいてたかい? ダンジョンをどうにかしないとあのブラムがまた出てきちゃうんだよ。こんなのんびりと食堂でチケット買ってる場合じゃないんだよ!?」

「わかったよ……ダンジョンをどうすればいいんだ?」

「それをまず調査しないと。向こうに行ったなら、ブラムやダンジョンのせいでどうなってるかわかってるだろう?」


 それはたしかに、この目で見たからな。

「しばらくは僕が対処したからブラムが出てくることはないと思うけど、なんとかしないとこっちもブラムだらけになっちゃうからね」

「ああ、わかった」

 となるとまずはダンジョンとやらを調べるか。アクリル村であったようなことがまた起きられたら困るしな。


 教室にもどって授業がはじまるのを待っていると、ほかの男子生徒らの話し声がきこえてきた。

「おい見たかよあの変な物体! ニュースになってたぞ」

「なんなんだろーな。近くまでいって見に行くべ」

「おおいいね!」

 そんなことを言っている。楽しそうに。


「ソウ。授業を受けるつもりなの?」ノパがきいてくる。

「ああ。きのう丸一日休んだし、今日は出ないとな。サボるわけにもいかないだろ」

「う、うーん……いいのかな。そんな悠長(ゆうちょう)で」


 ノパはなにか言いたそうにして困っていたが、厳しくは言ってこなかった。

 授業を聞き流しながら、改めて自分の状況を顧(かえり)みる。

 正直言っていきなりなんちゃらの生まれ変わりだとか言われて、ダンジョンとやらをどうにかすることになって、戸惑いや混乱しか感じないが、かと言って放置してあのブラムとかいうのだらけになられたら困るんだよな。


 そもそもなぜ完全一般人の俺がそんなことをしなきゃならないのか。って、それはアルスとやらだからだったか。やれやれ。魔法なんか生きてきて今まで一度も使えたことがないし、あんな凶暴な獣とたたかったこともないぞ。無謀がすぎる。いきなり凄腕の魔法使いとか都合よくあらわれてくれないものかな。


 放課後、制服のまま街に出る。歌川町にある球体から調べることにした。

 ダンジョンの前は警察に封鎖されており、ふつうに近づくのはむずかしそうだった。まあ当然か。あんな謎のオブジェがいきなり街中にあらわれたんだ。交通規制が必要だろう。


 オブジェは道路や木々、住宅や公園を侵食して存在している。近くで見るとかなり大きいが、高層ビルほどの高さはない、校舎をひとまわり大きくしたような感じだ。

 道路は、パトカーと警察官で埋められているので突破はできそうにない。


「だいじょうぶだよ。僕の魔法で、僕に触れてるあいだはふつうの人には見えないようにしておいたから」

 肩に乗っているノパが教えてくれる。

 半信半疑だったがじっさいに警官がいるバリケードに近づくと、俺を認識していないようですんなり横を通ることができた。

 球体はアスファルトをえぐっており、近づいても特に変化はない。材質を見たり、さわってみたりしたが、感触は一種の無機物というかコンクリートの建物に近いように思える。


「このダンジョンはまだ開(ひら)いてないみたいだね。こっち側のダンジョンは向こうとはちがってまだ完全に開くには猶予があるらしい。ほかのところにも行ってみよう」

「ああ……。いくつあるんだ、これ」

「世界中に似たようなのが100個くらい出たって、朝君のクラスの男子が言ってたぞ」

「100個……」

 とんでもない数だな。てか、貴様て。


「このなかからモンスターが出てくるのか? なんだっけ、グラム……」

「ブラム。魔法じゃないと倒せないから、ア……ソウがなんとかしなきゃね」

「でも魔法って言われてもな」


 移動しようとダンジョンに背をむけたとき、ブンと羽音のような気味の悪い音が聞こえた気がしてそちらを向く。

 するとオブジェの膜をこじあけるように、数体のブラムが虫のようにわき出てくる。

 深海魚の顔をしたような怪人、鳥に似た虫、形をなしていないどろどろしたなにか、あいかわらず近づきたくもないような敵だ。


 こちらはまず手ぶらなので、とっさに反射で路地裏に逃げ込んだ。ブラムは俺をめがけて追ってくる。

 ノパがふらふらと敵につっこんでいたが、ハエのように叩き落されて「ピギャ!」とうめき声のようなものをもらしていた。

 頼みの精霊様はやはり本調子ではないようだ。窮地(きゅうち)の俺は焦燥(しょうそう)にかられたが、ふと手に熱を感じそちらを見るとあの御神刀が突然出現する。


 それを一心不乱に敵に向かって振り払った。が、昨夜ほどの威力が出ない。小さな火の剣波が、たった1体を倒したのみである。

「威力が弱い……!」

 そうしている間にもブラムは衝撃波の出る棍棒(こんぼう)を振り回して来たり、毒液のような魔法を俺の身体に当てようと高速で飛ばしてきたりする。


 すでにきのうのことがあったので、冷静にかまえてなんとかそれを避けきる。早く動いたために眼鏡がずれ、それをとっさに直す。

「どうしたのソウ、早く倒してよ! こんな下級のやつらソウなら余裕だろ」

「無理いうな!」

 下級だかなんだか知らないが俺からすればよほどの強敵である。敵の釘バットのような武器を俺は剣で受け止め、距離をおきながら炎をあてようと振り回すので精一杯だ。


「魔法だよ! 魔法を使うんだ」ノパが叫ぶ。

「なんだよそれ。知らないって」

 どうして昨日みたいな強い威力が出ない。力や気合をやみくもに込めるだけじゃだめなのか。

 しかしノパの言う通り敵も昨日のものに比べて攻防ともに隙(すき)があり、耐久性もなく一撃が入れば倒すことができた。    

 そしてなんとか、という感じで俺はブラムをすべて倒しきり、ぎりぎりの勝利をかざった。


「なんとかなったか……」

 ふうと一息つく。気が抜けると、それに呼応するように剣も消えた。俺の戦闘意欲に反応してるのか。

 すこし苛立っているような態度で、ノパは俺をしかりつけてくる。


「なにこんなの相手に手間取ってるのさ。大魔術師だろ?」

「魔法って言われても、俺は今の技しか使えないぞ」そうはっきり答えた。

「……何?」

 ぽかんと口をあけたまま、ノパは数回まばたきをする。みるみるその顔色が青くなっていく。


「うそでしょ……。だって君はアルス・デュラントなんだよ? 四大賢者のなかでも歴代最強と言われた人なんだよ?」

「……そう言われてもな。歴代最強の魔法使いに見えるか?」


「そんな……ああ、魔法も忘れてるなんて……。終わりだよもう……この世界は終わりだあ。ダンジョンどころじゃないよ、あんなのに苦戦してるようじゃあ」

 悲劇の役者のように身もだえるノパ。地面をどんどんと叩いており、なんだか申し訳なくなる。

「なんか……すみません」


「おかしいとは思ってたよ。だって魔力をかけらも感じないもの」

「巫女様にも言われたな、それ」


「困ったよ……。ちょっとさ、試しに水の魔法アクアを使ってみてよ。集中してアクアってとなえればいいから」

「……アクア」

 言われて間髪入れずとなえてみたが、おかしなことは何も起きず静寂が流れるのみである。

「もうだめだ……終わりだ……」

 灰と化したような死んだ目になるノパ。


「トレーニング次第でどうにかならないの?」俺はきいた。

「今のは超初歩の初歩! この調子じゃ10年かかるよ」


 まあでも、やはりそうかという感じもあるな。自分のなかに魔力とかいう不思議な力が沸き起こるような感覚はまるでない。剣に関しても、あの剣が俺の意志に反応して魔法を出してくれているというような感じがする。


「たぶん中途半端に精霊の力を得て生まれ変わったせいで、弱くなってしまっているのかも。だから記憶も引き継いでないし、魔力もない。ああ、どうすれば力を引き出せるのかなあ……」

 ノパは深刻そうに頭を抱えていた。


「とりあえずさっきの剣の魔法があればなんとかなるんじゃないのか」

 御神刀というくらいだし、実際今のところ負けなしなわけだしな。

 しかしノパは俺に詰め寄って、

「そんな甘いもんじゃないよ! その剣ひとつでどうやって世界中にある100個のダンジョンを攻略するんだよ!」

 と甲高い声で怒鳴った。


 俺は言われたことをよく考えて、自分の非をわびる。

「そうだな。すこし浅はかだった、すまない」

「う、うん……。とにかく……今ダンジョンに入るのは危なすぎる。まだ小さい入口なら僕がふさげるから、穴になっているところを教えて」

「すごいなノパ。そんなこともできるのか」

「君もできるはずなんだけどね……」

 悲しそうに肩を落としてノパは言う。

 オブジェに近づき、魔物が出てきたあたりを探す。

「これか?」


 オブジェに切れ目があり、そこには機械のようなまた別の性質の物体があらわになっていた。ノパがそこに魔法をかけると元通り黒く埋められる。

「こんなのがあと100個もあるのか……」

「……ねえ、さっきも思ったけど、ソウは焦ってないの? 世界のピンチなんだよ!?」

 ノパが厳しい口調で言ってくる。


「ああ……それはなんとなく伝わってるけど、どうもな……。俺がどこまでやれるのかなって考えてしまって。正直言って、アクリル村とか向こうの世界には魔法の文化があって、なかには強いやつもいるんだろ。俺とは違ってさ。こっちにも、広い世界のどこかには魔法が得意な奴がいるかもしれない。ダンジョンっていう大きなことは、その人たちがどうにかすべきなように思っちゃってさ」

「そんな確証、どこにもないよ」淡々とノパが言う。

「ああ、それはわかってる。だから俺に出来ることはやるよ」

 前向きに言ったつもりだったが、俺の肩に乗っているノパは視線を落としうつむいた。

「……僕の知ってるアルスじゃないみたいだ……守りたいものとか、ないの」

「守りたい、もの……?」

 突然きかれて、返答に困る。


「……家族とか?」

 それくらいしかすぐには思いつかなかった。

 ふと道端に小さな丸いなにかを見つけて、俺はしゃがみこむ。

「この玉は……?」

 ブラムを倒したあといつも出る謎の物体だ。


「ブラムの核、ソウルだね。ブラムは強い魔力に呼び寄せられる習性がある。そうだ、これを使えば、強い魔力があるところがわかるよ。そこに先回りしておけば、ブラムがどこに出やすいかわかるかも」

「なるほど。来やすいところの目安がついていれば、誰かが被害を受けるリスクは減るな。俺たちがどうにかできれば、だが」

 ソウルを指でつまむと、ひとりでにそれが浮き上がって、やがて直線的に移動をはじめる。

 俺たちはそれを追って道を歩いた。来た時とはちがう別の道にも、野次馬たちが数人球体の見える位置に集まってスマホで写真を撮っていた。


 ソウルの後についていくと、やがてよく見た風景に出る。

ここは俺の通学路のすぐ近くだ。まさか俺の家に向かってる、なんてことはないよな。

 そう思っていると、ソウルはやがてぴたりと止まった。

 そこは俺の通う流根山高校の真ん前である。


「俺の通ってる学校だぞ」

「ここになにか、強い魔力の反応があるみたいだね」


「って言ってもな……」

 うだうだしててもしょうがないので、とりあえず校門をくぐる。

 ソウルはさらに進んでいき、中庭をうろついたあと窓から一階の教室のなかへと入っていった。

 その付近から、なにか明るくハイテンポな音楽が聞こえて来た。教室のなかをのぞくと、女子生徒数名が動きやすそうな服装でリズムよく身体を揺らしている。


 ソウルはそのうちの一人、汗を流しながら踊っている明るい髪色の女子生徒の身体のまわりをぐるぐると旋回(せんかい)している。あの生徒に反応しているようだ。

「あの人も魔法使いかなにかなのか」とたずねる。

「いや今のところはそれほどの力は感じないかな。でももしかしたら才能があるのかも」

「あのソウルが反応してるってことは……」

「ブラムからは、狙われるってことだね」


 気の毒にな。そう考えると俺もかなり面倒な立場になっている。

「しばらくは監視したほうがいいか」とつぶやいた。

「言い方が怖いよ。護衛(ごえい)っていいなよ」

「ああ、護衛」


 部活が終わるまで待ち、制服に着替えた彼女が学校を出たのを見届けてからあとをつける。

 やはりソウルはずっと彼女のまわりをうろついている。

「早めに事情を話して、協力してもらった方がいいんじゃないの」

 彼女の後方を歩いていると、ノパがそうたずねてくる。しかしそううかつなことはできない。


「彼女にブラムが見えれば信じてもらえるかもしれないけど、今のまま説明しても不審者あつかいされるだけだろうな」

 勘がいいのか、その明るい髪色の女子生徒は一瞬立ち止まるとちらっとこちらを振り返った。

 俺はすぐに民家の塀に隠れてやり過ごす。

 女子生徒は駆け足ぎみになって、曲がり角を曲がった。

「む。まずい……」


 見失わないようにと急いでいくと、女子生徒はすでにかなり離れた先で走っている。

「気づかれてるな……バレないようにしたつもりなんだが」

「なんか……すでに不審者っぽいよ、ソウ」

「……たしかに怖がらせてしまうか」


 かと言って放置しておいたらどうなるかわからない。

「ノパ、あの女性のことを見ていてくれないか。俺は一度アクリル村にいって、もうすこし魔法が使えるようにならないかとか、ダンジョンのことだったりも調べてみる」


「なんだ、やる気じゃないか」

 意外そうにノパはよろこぶ。

「……しかたなく、な」

 とはいえ、あの女子生徒が仲間たちと楽し気に笑いあっているのをみて、ブラムに襲われる姿を想像したくなかったのもたしかだ。


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