【Ⅴ】Change before you have to.

【Ⅴ】1

【Ⅴ】Change before you have to./Jack Welch


   変革せよ。変革を迫られる前に。




 不公平な社会への不満を抱えて欝々としていても季節は巡る。


 二〇一二年はあっという間に過ぎて行った。ママが殺された八月は奇妙な夢のように淡く過ぎ去り、いつの間にか九月も終わり、十月、公園の樹々が紅葉して寂しく葉を落とす季節、秋になっていた。


 この頃になると、ラシードとハシムはもとより、トモとラティファ、さらには僕でさえも、イギリス中が中東関連のニュースに耳をそばだてるようになっていた。


 アラブの春――僕は日に幾度となく耳にするその言葉の意味を調べてみた。


 発端は、二年前の二〇一〇年十二月。チュニジアで、とある失業中の青年がガソリンを被って独裁政権への抗議の意味で焼身自殺を図った事件らしい。一青年が行った命をなげうっての抗議に端を発するデモはチュニジアにジャスミン革命を引き起こし、その成功に影響された一連の民主化運動は次々にアラブ諸国に波及していったらしい。


 別名、花の革命。やけにロマンチックな呼び名だ。


 チュニジアのジャスミン革命を皮切りに、エジプト、リビア、アルジェリア、モロッコ、サウジアラビア、イエメン、バーレーン、ヨルダン、レバノン、オマーン、クウェート、イラクでも革命を目指すデモのムーブメントが起こる。


 トモが言うには、軽い血、重い血、という言葉がアラブにはあるらしい。北アフリカの軽い血のアラブは比較的早いうちに国内の騒乱を抑えて権力の受け渡しも行われたようだけれど、アラビア半島から東の重い血と称される地域、特にイラクとシリアの混乱はじわじわと悪化し続け、やがては泥沼になっていった。重い血の人々は頑固で、容易には掲げる旗を変えない。だから長引くのだと、とある学者のブログに書かれていた。


 独裁政治の厳冬を越えて穏やかな春が来たはずなのに、政治臭のする春は、プラハの時と同じように、恵み豊かな夏には至らず冬に逆行するケースが多いようだ。ムスリム同胞団に代表される若者たちは暴力に訴えない穏当な改革を目指しているとトモが説明してくれたけれど、ニュースを見る限り、そうではないなと思った。


 武力が行使されている。


 二〇一二年、十月二十日、リビアのムアンマル・アル=カダフィが死んだ。僕は興味本位でカダフィが殺害される瞬間の動画を見た。ネットにアップされていて、誰でも見られる短い動画だった。不思議とリアリティは無かった。まるで作り物のようにチャチな気がした。興奮した様子の男達に取り囲まれたカダフィが何事かを必死に、惨めに訴えていると、僕と同じくらいの年齢の少年が不意に踊るような足取りで人垣を割ってカダフィに近付き、なんの前触れも無く頭を撃ち抜いた。盗みを働くような殺し方だった。


 事実、あの少年は、大人達の功績と、政治的な打算によって生じるなんらかの可能性を奪い取ってしまっていた。ツイッターでのトモなら、きっとこう言う。アラブは交渉する民族で、なんでも商う民族だ。カダフィは高価な商品だっただろうに――


 ところが、そう言うだろうと思っていたトモは、一緒に動画を見た時からしばらく不機嫌になってしまった。僕はツイッターでのクールで超越的だったトモとリアルの穏やかでナイーヴなトモには乖離があると、とっくに理解していたけれど軽い戸惑いを覚えた。まあ、顔を出さない場での言葉とリアルでの行動は誰でも違うさ。オンとオフがある。


 トモはピリピリした言葉で感情的に捲し立てた。


「裁判をすべきだったんだ。カダフィを殺した少年は自分のした事の意味を理解していない。短絡的で無意味な行動だ。本人は、悪者をやっつけたと自慢にでも思っているだろうけど、あれじゃジャーヒリーヤじゃないか。野蛮でバカバカしい」


 人が死ぬ瞬間を見て、トモはショックを受けているみたいだった。ジャーヒリーヤ(預言者以前の蛮行)という僕には分からない言葉を何度も吐き捨てた。


 僕には、正直、よく分からない。


 頭を撃たれた瞬間にカダフィは死んだわけじゃなかった。白目を剥いて口を開け、痙攣して、少しずつ死んでいった。たぶん、撃たれた瞬間から意識は無かったんじゃないかと思う。けれど、映画みたいにカチリとスイッチが切り替わる死ではなかった。あれほどの暴力が行われても、生から死へは、じわじわと移行するのだと知って、僕は死に馴染めたような気がした。死は僕達の生活のとても近い場所にある。手を伸ばせば、ある。


 後になって分かった事だけれど、カダフィの殺され方については、エミとマコトもトモと同じような反応をしたらしい。トモがメールの内容を訳してくれた。


 殺すな、というのが日本人の思考の癖のようだ。気になってイギリス人の意見をネットで調べてみたけれど、日本人とは違う論調だった。裁判には相応の資金と長い時間がかかる。今のヨーロッパにそんな無駄に関わっている余裕はない。カダフィは殺されてくれて良かった、と……


 不合理であっても、殺すなと言うのが日本人なのだ。金がかかろうが、時間がかかろうが、それで他のコトが停滞しようが、すでに誰かが殺されていようが、殺すなと言う。いや、別に日本人に限らないか。カトリックの女性がヒステリックな調子で書いた「どんな人間であっても殺してはならない」というトチ狂った意見も読んだ。


 なんでもかんでも殺すなと言う人の気持ちは理解出来ない。不合理なのに、どうしてその不合理を敢えて選ぶのだろうか。


 金科玉条=KINKAGYOKUJOHという日本語をトモが教えてくれた。


 Recognize no other authority than saves all life, at all.


 決して侵してはならない、絶対に守り抜かなければならない神聖なルールのことだそうだ。要するに考えるコトを放棄しているってことだ。殺すな、というルールが金科玉条だという人々は、議論の余地なく殺すなと言う。


 僕は、殺すな、と言うトモは好きになれそうもなかった。トモは好きだけれど。


 僕は仕事に出かけなければならず、苛々しているトモを置いて出社した。ボスのデヴィッドに挨拶して、ARGENTO RECOVERY WORKERSのトラックでマスードと二人、お定まりのルートで資源ゴミの回収に繰り出す。


 初秋のロンドンはもう寒い。


 いつも通り、シティ・ミル川の川岸でランチを食べながら、カダフィが殺されたことを話したら、マスードは特に意見は言わなかった。それどころか、「誰だい、そいつ?」と呑気に言った。ハラールのラムカバブサンドを食べながら。僕も同じ物を買っていた。トマトとレモン、タマネギとスパイスの香りが食欲を刺激する。僕は少しマトンやラムが苦手だけど、ここのピタサンドのラムは美味しい。


 遠いアラブで騒乱が起こっていても、僕の日常は変わらない。相変わらずゴミ集めの仕事をして、綺麗なオフィスで綺麗な服を着て綺麗な仕事をする厭味なツイてる奴ら(ラッキー・フェロウズ)に見下すような視線を投げられ、ムカつくと思いながらも何も出来ずに受け流すしかない。そんな面白味の無い毎日が延々と続く。僕は退屈でパッとしない一生を送る運命なんだ。


 退屈な仕事を終えて帰宅すると、トモはまだリビングでインターネットに張り付いていた。しょうがないな、と少し呆れ、夕食の用意は僕がすることにした。冷凍のチキンパイをオーブンに入れて、その間にシャワーを浴びた。


 ステラビールとパックサラダを出して、焼き上がったチキンパイもテーブルの上に並べる。香ばしい匂いに、やっとトモは顔を上げた。


「おかえり」


「ただいま。食事の用意が出来てるよ」


 そのやり取りが愉快だったようで、トモは少しだけ笑った。


 その時は、それだけだった。トモに特に変わったそぶりは見られなかった。彼がアラブに憧れていて、イスラムにも傾倒し、イマーム・カーディルとかいう奴のところに入り浸っていることは心配だったけれど、トモがイスラム過激派だとはとても思えなかったし、テロに関わるような様子も無かった。


 その年のクリスマス休暇とニューイヤーズデーはラティファと過ごした。トモは僕達と一緒に過ごしたり、イマーム・カーディルのところへ行ったり、いつもと変りなく落ち着かなく過ごしていた。


 ラシードとハシムは仕事が見つかったとかで、しばらくフラットを留守にしていた。何の仕事かは分からない。だけど、彼らはエリートだ。選り好みさえしなければ、僕なんかよりずっと良いクリーンでカッコイイ仕事があるはずだ。そう考えた瞬間、急降下するように気分が重くなり、心の奥に真っ黒な染みが広がっていくような気がした。


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