第4話

虚ろな瞳をした彼女が目の前で立っている。

僕は性懲りもなく意志なき彼女を弄んでいた。

日中の彼女はそれをつゆほどもうかがわせない。僕にまつわる記憶などどこにもない。けれど一週間になんどか、たしかに彼女はこうして僕の目の前でモノに成り果てる。

彼女の意思を封殺して僕の欲求だけを満たす一方的な行為は、多大な興奮と人の形をした空虚を僕に与えた。

するたびに最後にしようと思うのに、僕の足は暗示でもかけられたように必ずここへ来てしまう。普段は僕の声なんて届かない場所にいる彼女が、ささやきのひとつでたやすく僕に従うこの異常な空間に、僕はどうしようもなく魅入られている。


座ってとそう命じれば、彼女は僕の言葉に従い椅子に座る。

彼女の柔らかな臀部が、ああ、そこに待ち受ける僕の欲の塊へと沈んでいく。

彼女の柔らかな温もりにごくりと唾を呑んだ。やけにうるさく響くそれが誰かの耳に届いてしまわないかと恐れたが、僕は彼女から目を離せなかった。彼女は臀部を揺さぶり、座りのいい場所を探している。誘うようなその光景を目で追った。


彼女の臀部が、僕のクッションを、敷いている。

その光景はあまりにも卑猥だった。僕の目に焼き付くそれは瞬きの度に映写される。

耽美的であるはずの彼女にそんな思いを抱くことが底知れぬ背徳を背負わせた。

きっとこれから彼女の座る姿を見るたびに思い出すだろう。彼女がほかならない僕のクッションに座ったのだ。普段プラスチックの硬質な座椅子に支えられるその肉を、今、僕のクッションが抱いている。


ああ、僕はまた罪を重ねた。

それが分かっていてもこの情動は止まらない。今すぐに彼女を立たせ、背徳の香を放つクッションを焼却炉にくべるべきだ。分かっているのにそれはできない。青臭く若々しい愛欲が彼女を求めるのだ。


これを恋愛などとはとうてい呼べまい。

彼女の知らぬ間に僕は彼女の温もりを手中にしようというのだ。そんな一方的な欲求の充足をどうして恋愛などと呼べる。

僕の性欲が彼女の下腿を包んでいる。

今まさに汚されているというのに彼女はそれを知らない。彼女はなにも知らない。彼女が汚されているのを知るのは僕だけだ。歪んだ優越感が胸の奥からどろりと染み出した。

きっと名も知らないだろう僕なんかに、君はいまいいようにされている。

その熱を、香りを、僕のクッションが吸い上げたことなど君は想像もしないのだろう。


たっぷりと時間をかけて彼女を侵した僕は、ようやく彼女に立つよう命じた。

坐骨の出っ張りに圧された跡が、太ももの張りに押さえつけられる跡が、僕の執着を示すようにそこに残っている。この跡に自分のそれを重ねてみたい。彼女の形に触れたい。


彼女の目が僕を見下ろしている。

虚ろな目だ。まるで道端の石ころを見るような感情のない瞳。背筋が震えた。ありえないはずの軽蔑がそこにあるのはなぜだ。まるで罪人の心臓を貫くかのごとき視線はなんだ。


僕は彼女を背かせてクッションをかすめ取った。人肌に温もるそれは花のような香りがする。今すぐに抱きしめて思い切り吸い込みたかった。しかし彼女のいる空間でそれをする勇気はなかった。僕はそれを袋に詰めると、すぐさまその場を逃げ出した。


僕はついに取り返しのつかない外道となった。

それなのに緩む頬が、僕の醜悪な本性だった。


―――

修正

「一週間に一度」→「一週間になんどか」

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