第12話
「ドビュッシー、好きなんだ。姉さんもドビュッシーが好きで、色んな曲をとっても素敵に弾いてたよ」
「そう」
最後の帰り道、いつもの道を、二人はいつも通りに音楽の話をしながら並んで歩いた。
「僕、大学は東京に行くんだ。だからもうあんまり会えなくなっちゃうね」
「そうね」
「寂しい?」
「いや、別に遥か彼方っていう訳じゃないし、連絡先もコンサートの時に交換したじゃない」
私の相変わらずの釣れない返事に、律月はそれでも満足そうな笑顔でふーん、と頷いた。
学校を出た頃に降り始めた雪の粒が、だんだんと大きく、しっかりとしてきた。今日も寒い。
「紗夜さんはさ、あんまり人に興味ないって言ってたじゃん。僕、実はそうでもないんじゃないかなってずっと思ってたんだよね」
「そうでもあるわよ」
「だって僕のする話の内容とか、僕の友達の話とかまで結構覚えててくれてるじゃん。本当は、好きなんじゃない? 人と関わること」
紗夜は言葉を飲んだ。当たってるからだ。最後だし、もう言ってもいいか、と決心して、紗夜は今まで固く閉じていた部分の自分の話をしてみることにした。
「人間関係のリセットのために引っ越してきたって、前に言ったじゃない」
「うん」
「私、中学一年生の時からだんだん色が見えなくなってたの。十三歳ってまだ子供じゃない。病気の怖さとか、見える世界がだんだん変わっていく恐怖でちょっとメンタルがやられてて」
「そっか。大変だったよね」
「まぁね。私がそんな感じだったから、周りの友達が気を遣ってくれても、その同情が嫌だったり、八つ当たりをしちゃったりして。本当に自分のせいなんだけど、そういうことがあって、人間関係っていうものから逃げてた」
私が話している間、律月はずっと私の目を見て熱心に聞いてくれていた。
そっか、と相槌を何度も打ちながら、律月は話を聞いてくれた。
「だから、私の色覚のことを誰も知らない、誰にも気を遣われることのない新しい町に引っ越してきたの」
榎本生花店と書かれた律月の家のお店の前に、到着し、歩みを止めた。私は律月の隣から前へと一歩踏み出して、向かい合った。
「でもね。律月と一緒に下校して、お話しして、やっぱり人と話すのが楽しいって思ったの。久しぶりに誰かと時間を過ごすことができて、嬉しかったよ。私の演奏をたくさん褒めてくれて、聴いてくれて、たくさん話しかけてくれて、ありがとう。楽しかった」
私は律月に負けないくらいの笑顔でそう言った。
「やっぱり。大正解だったね。楽しかったのは、僕もだよ。こちらこそありがとう」
少しの間、沈黙が流れた。もう、帰らないと。でも。
「最後に一つだけいいかな」
沈黙を破ったのは、私。
「律月のことが、好き」
私の告白を聞いても、律月は驚いたような顔は見せずに、ただいつもの柔らかい表情でうん、というだけだった。
「じゃあ、また卒業式の日にね。式が終わった後、いつもの場所で、私待ってるから」
お互いに軽く手を振って、私は早歩きで家へと歩いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます