三分で読める短編集の世界

早乙女・天座

第1作 待ち合わせ

 冷たい夜風が私の髪を背後から撫でる。

 12月12日、今日は私の誕生日だ。

 とても大切な日に、思い出の公園で、部活動をしている彼を私は待つ。古くなった公園の街灯はチカチカ、と点滅し、吐いた息は夜の空に白くなって消えていく。



 ブランコに腰を掛け「こんなに低かったのか」、と地面につっかえた足を伸ばした。

 昔よく彼と一緒に遊んでいた公園。幼稚園に通っていた頃は私も彼も、今よりずっと背が低くて、滑り台だって、ジャングルジムだって、もちろんこのブランコも、何もかもが大きく感じていた。


 この公園に来ると懐かしい記憶が蘇る。


 そういえば、彼とは子供のころから一緒だった。家が近くて、なにがあっても一緒にいた。それが当たり前で、小学校、中学校、高校生になった今でも当たり前の様に一緒だった。それで、当たり前のように恋人になった。


 親からは「あなた達、いつも一緒ね。このまま結婚したらいいじゃない」、なんていわれることも稀じゃない。


 約束の時間は午後6時。スマートホンの画面に目を落とし、時間を確認する。5時45分、まだ時間はある。


 毎週通っている塾がいつもより早く終わった私は、待ち合わせの時間より早く公園に到着していた。今日、誕生日というこの日に、私は今一番欲しいモノを手に入れる。彼に大切な話をしなければならない。


 冬の夜風にあてられて、かじかんだ手を擦り、ハァと喉の奥から生暖かい息を吹きかける。

 凍えた体を温めようと、公園の向かいにあるコンビニへ向かった。


 中に入ると暖房が効いていて、固まった体は次第に解されていく。大学生くらいに見える男性の店員さんが、「いらっしゃいませ」、とやさしい笑顔でお辞儀する。


 実はこのコンビニ、家の近くという事もあり塾の帰りなどに毎週同じ曜日、同じ時間に立ち寄っている。いわゆる常連という奴だ。いつの間にか顔を覚えられ、私も顔を覚えるようになった。


 少しの間、ブラブラと店内で暖をとりながら、その足は飲料コーナーへと歩ませる。待ち合わせまで、まだ少し時間がかかる。そう踏んで体が温めるために、ペットボトル入りのカフェオレを手にとると、ここでも彼との思い出が蘇った。


 ペットボトルといえば、彼はよく手に持ったペットボトルを落としていた。「指が滑る」、なんて言っていたが、どれだけおっちょこちょいなんだ、私はそう思っていた。それは今でも変わっていない。彼は今でも、おっちょこちょいだ。


 レジに持って行くと、いつもの店員さんがニコニコとレジを進めていく。


 「わざわざ、今日も来てくださったんですね。いつも、ありがとうございます」


 少しおどけた感じに、そう言われると、ついおかしくなって私も自然と笑いがこぼれる。


 高揚した気持ちのまま、コンビニの外に目をやると、小走りで公園に向かう彼の姿が窺えた。会計を済ませ、コンビニの自動ドアから外に出る。


 「ありがとうございました」


 丁寧な店員に笑顔で一礼し、私は公園へと戻った。


 「ゴメン、待った?」 


 息を荒くしながら彼は申し訳なさそうに、そう言った。


 「ううん、大丈夫だよ」


 私がそう返すと、彼は少し嬉しそうに表情を綻ばせる。


 「今日、誕生日だよな。これ」


 そして、彼はカバンの中から何かの包みを取り出した。これはきっと、この前に私が欲しいと言った、あのお店のアクセサリーだ。


 覚えていてくれたのか、ぶっきらぼうな彼にしては気が利きすぎていて少し驚いてしまう。


 「欲しがってたよな。誕生日おめでとう」


 私に向けて伸ばすプレゼントを持った手。まさか、私が欲しがっていたものを覚えていたとは思ってもいなかったので、正直に嬉しかった。


 だが、それを手で抑する。


 「え⁉」

 「ごめんね。今日は大事な話があって、来てもらったんだ」


 そんな私の行動に彼は目を見開いて驚いた。


 「今までは、当たり前のように君と一緒にいたけど、私、本気で好きと思える人が出来たの」


 困惑する彼の表情が、細めた瞼の隙間から見える。


 「だから、私と別れてほしい」

 

 言葉を失った彼が、少し震えながら頭を掻く。


 「なにも、こんな日に言わなくても.........」

 「ごめんなさい」


 少しの間、彼は何も言わなかった。崩れた表情で斜め下を見つめ、何かを考えているのか「そっか、分かった」、そういうと彼は納得した風に頷いて、私の顔を見た。


 「夜遅いし、送っていこうか?」

 「ううん、大丈夫。もう少し夜風に当たって行く」

 「......分かった」


 そう言い残し、彼は公園を後にした——



 今日は私の誕生日、一番欲しモノのため、新しい彼に大切な話をする。それが自分へのプレゼント。


 彼のバイトが終わるまで後、数分。それが待ち合わせの時間。


 公園のベンチに腰を掛け、大切な人から渡されたペットボトルのカフェオレに、そっと唇を近づけた。

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