第35話 凡人

久しぶりに訪れたこの地は以前に来た時と何ら変わりはない。


3年前のあの時と違う事と言えば、隣にミサがいない事だろう。


今日はあの旅行から丁度3年だ。


“また一緒に来よう”という2人の約束は守れなかった。


振り返れば僕には叶わなかった夢が沢山ある。


何故いつも自分は選ばれないのか?


そう問いかけて、自分を憎んだり、情けなく思ったこともあった。


良いところまでいけても、

その先の壁は打ち破れない。


努力しても、工夫しても自分には辿り着けない場所が確かにあった。


“努力すれば叶うんじゃないか”


“努力が足りないのではないか”


“もっと工夫すれば自分にだって出来るんじゃないか”


そう言い聞かせて、自分を奮い立たせ、歯を食いしばってやってみた。


でも駄目だった。


そして、自分には自分に適した場所がある事を知った。


僕はたくさんの事で選ばれなかった。


でも、今はこれで良い。


強がりじゃない。


悲観でも無い。


必死にやるだけやってみて辿り着いた場所なのだから。


沢山の可能性から引いていく。


僕は凡人である事を受け入れて、

自分というこの設計図を愛して、

抱きしめて生きていける。


何もかも上手く行かない時、

僕は物事の両面を見ていく事で生きる力を得る事が出来たんだ。


そう、沢山の人に支えられながら。


本当に、本当に感謝しかない。


どんなに辛くても、理不尽だと思っても、

選ばれない時があっても僕は、僕を選んで生きていく。


何重にも囚われたボクの頭蓋を解き放ち、

前に、前に、前に、強く進んで行く。


たとえ選ばれなくても、

選ばれし者じゃなくても、


僕は僕を選んで生きていくんだ。


勘違いしないで欲しいのは、

僕はもう何も頑張らないと言っている訳じゃないという事。


僕には僕の生きる場所がどこなのか、

沢山やり切ってわかったという事。


“あなたにはあなたの道があるように”


だから精一杯生きて、

自分の人生を味わい尽くしていこうじゃないか。


ようやく、あの神社の前に到着すると三毛猫の子猫がいた。


ニャーと言いながら、

スネあたりにゴシゴシしてくる。

まるでミーのようだ。


懐かしい感覚に酔いしれていると子猫が神社のノートの所に導いてくれた。


僕は3年前を思い出し、

あの頃のように自分の名前を記入しようとした。


でも結局記入はしなかった。


出来なかった。


それどころではなかった。


それよりも坂道に向かって僕は真っすぐ走り出していた。


そのノートに書かれていた今日の日付と、ある名前を見て……。


僕はかけがえのない大切なものを、

これだけはもう1度取り戻したいと心から願ったからだ。


「まだ間に合う」


そう、信じて。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る