第20話 救い

あれからというもの、リョウコとは時々会って、その度に“融合”した。


既にリョウコは彼氏とは別れていたが、

僕達は付き合う事はしなかった。


でも、リョウコは僕に告白させたいのか、男友達と遊んでくる、

他の男性から告白されているなどを逐一報告してきた。


僕は付き合っていないが、

それ聞くたびに失いたくないという気持ちになった。


彼氏とまだ交際していた時は、

今日は彼の家に行ってくると言い、

今頃抱かれているのかなと想像し、

次回会う時には別の人が重なったであろう場所を僕が上書きしていく事に喜びを感じたが、

今は自分だけがリョウコを独占したい。


誰にも触れさせたくない。


わがままな感情だ。


僕は仕事を復帰してから、店舗で順調に仕事をしていた。

この仕事はお客様とのコミュニケーション、そして手技にてお客様を健康にしていく仕事だから、とてもやりがいを感じた。


「先生、とても肩コリが楽になりました」


「とても良かったです。以前よりも柔らかくなってきていますね。

ストレッチもこのまま継続して下さいね」


「ありがとう、池上先生」


このようなやり取りが毎日あると、

自分が生きている実感が湧いてきた。


この仕事をしていると、

手技に集中する事が出来て強迫性障害の症状もとても良くなっていた。


もちろん完全にゼロではないのだけれど、

三毛猫のミーの状態と同じく、

今この瞬間に集中出来る。

お客様も自分も共に元気になっていく。


そんな姿を見ていてか、

先日、新人で入ってきたサエコが練習して欲しいと言ってきた。


彼女は、アイドルグループにいそうな小柄で可愛いタイプの女の子だ。

まつ毛が長くてとても可愛い。


この小さな体では確かにお客様の身体に心地良い圧をかけることは難しいかも知れないと思ったが、

体重のかけかた次第では上達する可能性は十分にある。


そこで、業務終了後に1時間程、練習する事にした。


「池上さん、やはり心地よい圧ですよね」

サエコの腰を押していると、サエコは気持ち良さそうに言った。


「やはり、硬結という固い部分、ポイントをいかに探して押せるかだよ。

そして、ほぐすためには関連筋をいかに覚えるかだね。

腰をほぐそうとして腰だけ攻めても効果は少ない。

太ももの筋肉にアプローチしたり、

殿筋などもほぐしてそれから主訴である腰に戻って再度ほぐすなどしないとダメだよ」


「池上さん、凄い勉強していますね。私も見習わないと。

では次は私がほぐしてみるので、手技を見て下さいね」


「うん。分かった」


施術用のベッドに僕が寝るとさっそく僕の主訴である、首、肩の施術をサエコが行う。


「痛い」


「え、ごめんなさい」


「いきなりその強さは危険だよ。

先ずは相手に痛気持ち良いくらいかどうか、

10段階で言うところの7くらいの力で圧が入っているか聞かないと危険だよ。

ちなみに10が激痛ね。今9くらいまで来ていたよ」


「ごめんなさい。これくらいはどうでしょうか」


「うん。大丈夫だよ」


サエコは少しコツを掴んだのかとても心地よい手技で僕をリラックスさせてくれた。僕は指導の為に寝てはダメだと思ったが少しウトウトしてしまった。


その時だった。


「池上さんは、彼女いないんですか」


「うん、いないよ」


「そうなんですね。結婚しているかと思っていました」


「何で?」


「何というか、とても落ち着いて見えて、大人の男性と言うかなんというか」


「そうかな? でもそう言ってもらえると何だか励みになるよ。ありがとう」


練習が終わり、僕達は空腹に耐えきれず近くのファミリーレストランに入った。


「今日は練習のお手伝いして下さってありがとうございます。

とても勉強になりました」


「サエコちゃんの力に少しでもなれたのであれば良かった」


「はい! とっても学びがありました!」


サエコはニコッと笑うと目玉焼きが乗っかったハンバーグにかぶりついた。


その無邪気な表情を見ていると何だか僕の心が和んだ。


次の日の夜も、その次の日も僕たちは練習をし、

そして、お決まりのレストランに行き、

そして何度も何度も手技の事、お客様の事、店舗の事、将来の事などを話した。


ある時の練習の時だった。


仰向けの首の手技をしている時にサエコが急にキスをしてきた。

サエコはごめんなさいと言ったが、

僕は何も言えなかった。


でも、抑えられなくなって、施術ベッドの上で僕達はそのまま“融合”した。


その時、リョウコから連絡が来た。


携帯の画面を揺れながら、サエコからは見えない体勢でかろうじて見ると、


「ねぇ、会えない? 来て」

とメッセージが見えた。


外からの光に反射し、

壁に映し出された僕とサエコの姿はまるで幼少期に見た影絵ようにどこか妖しく、

そして、美しく揺れ動いていた。

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