第52話

『で、結局1年だけ一緒に活動するんだな。』


「あぁ…その後は王立学園に通うことになるらしい。でもそれまでは冒険者として活動できるんだ。」


心なしかやつれたように見えるメイビスは、それでも目を輝かせて解体用ナイフを物色していた。


ここは、ランミョーンの街の《一番の武器屋》。街で一番なのではなく、ランミョーンの街にある《一番の武器屋》という名の武器屋である。紛らわしい。


 名前に“一番”と付いている通り、店構え自体は立派である。

しかし中に武器の類は少なく、鍋や包丁などの調理器具、ワンピースやシャツなどの普段着…などのコーナーが6割を占めており、残りも簡易食料品やお役立ちグッズなどの売り場であり、武器が置いてあるのは隅の方の1割にも満たない余白部分という有様であった。

 もはや、武器屋というよりはただの雑貨屋である。


だが、ここに来れば冒険に必要なものは大抵揃うので、便利なのは間違いなかった。実際、冒険者の姿もチラホラと見えるのである。…まぁ、客層としてはご婦人方が圧倒的多数であったが。


「おっ、これ見ろよ!火付けの魔道具だってさ!この部分を押すと、この口の部分から火が出るって!便利そうだから買っていこうぜ!」


『何か見たことあんな…。てか、別にお前ら魔法使えるから要らねぇだろ。』


ピートが持って来たのは、蛍光色に塗装された金属のライターであった。見た目的には使い捨てライターに寄せているのか。何気ない所で、他の転生者の影響を感じるヤマトであった。


「んー…それもそうか。」


「ねぇねぇヤマト見て見てー!コレ凄くない!?光の魔道具だって!」


『なんだそれ、洞窟に行くんでもあるまいし…要らん。』


「えー、でも便利だよ!夜道も照らせるし!ランタンにもなるんだよ!」


 ソフィが持って来たのは、懐中電灯だった。一部がスライドしてランタンに変形するのだ。


『お前、変形機能に惹かれただけだろ…。要らん要らん!洞窟なんて行かねぇ。』


「えー…カッコいいのに。」


ヤマト達は、装備を揃える為に武器屋に来たのだが…。

調子に乗ったソフィとピートがどうでもいいものを次々と選んでは持って来る為、かなりの時間がかかっていた。


「こらこら、あんまりはしゃぐんじゃないぞ。…申し訳ありませんお騒がしいでしょう。」


「いや、元気のいいことは良いことです。仲良くやれているようで、安心しました。」


 好奇心であちこちへと目を光らせる子供たちを監督するために、二人の男が付き添っていた。

 ソフィの父ルーウィンと、メイビスの父コーヴァスだ。

一応、ルーウィンも当代限りではあるが男爵位を持っているため、コーヴァスとは予め面識があったのだ。(ちなみにコーヴァスは伯爵位である)


「しかし、剣鬼殿のご子息と友人になれるとは…我が子は幸運ですな。」


「その呼び方はやめていただきたいのですが…。」


「いやいや、有名ですぞ。第七師団の団長でありながら勇者パーティーのメンバーであった英雄…その剣はまるで鬼のように荒々しく――」


「やめてください本当に」


「お、おぉう…すみませんでした。」


 過去の活躍の話をすると、ルーウィンの顔からは表情が消え、圧を放つようになった。気圧されたコーヴァスはつい素で謝罪してしまっていた。


〈そういえば、まともな買い物って初めてかもしれない。村ではほとんど物々交換だったし、街に来てからも忙しくて…本当に忙しくて碌に観光もできなかったからな〉


 大量の魔物に襲われたランミョーンの街だが、その復興は意外にあっさりと終わってしまった。

 元々、壁と門で殆どの魔物を食い止めており、侵入した魔物もソフィらを追って外周部の一部の建物にしか被害を与えていなかったのだ。もちろん、崩壊した住居が全て復活したわけではなく、仮設住宅を設置しただけの応急処置の状態ではあるが、王国騎士第七師団…ルーウィンの古巣の皆様の協力もあり、相当数の家屋が復活していた。

そんなこんなで、あれだけの被害があったにも関わらず、のんびりと買い物できるのであった。


「ねぇヤマト君、このナイフとあのナイフどっちがいいと思う?」


 ユキが持って来たのは、十徳ナイフのようなもので、分解すればナイフ、フォーク、スプーン、栓抜き、ハサミ、物差し、釘抜き、ノコギリなどの便利機能が搭載されているものだった。

 それを片手に指差しているのは、武骨なサバイバルナイフだ。十徳ナイフほどの便利機能は無いが、頑丈で鋭そうなナイフである。しかし、少し大きすぎるか。


『ん-…持ってる奴はゴチャゴチャしすぎかな。でも、あのナイフはユキが持つには少しゴツい気がするな。』


「なぁなぁヤマト、この上着どう思う?魔獣の毛が織り込まれてて刃物も通さないってさ。」


 そう言ってメイビスが持って来たのは、スカジャンのようなものだった。魔獣の毛のせいなのか物凄くテカテカした生地になっており、あちこちにワッペンが張り付けられていた。


『あー、似合わないんじゃないかな…?〈特に世界観に。〉』


「そうか、そうだよなぁ…性能は良さそうなんだけどなぁ…」


『ってかお前ら、いちいち俺のところに持って来るなよ。大人に聞け、大人に。』


 先程から、ソフィ、ピートに限らずユキとメイビスもヤマトの所に品物を持って来ては意見を求めてきていたのだ。

 いや、自由に見て回れないヤマトに配慮して、持って来ているのか。


現在、ヤマトはトンとハクと一緒に大きめの籠に入れられ、ぶら下げられていた。

この籠は店の入り口にある使い魔用のケージで、銅貨一枚でここに使い魔を預けられるのだ。


 因みにだが、この世界の通貨単位は貨幣の素材名で呼ばれる。価値的に最も低いのが銅貨、そこから順に銀貨、金貨、白金貨、魔銀貨となっている。基本的には一字でB(ブロンズ)、S(シルバー)、G(ゴールド)、P(プラチナ)、M(ミスリル)と表記されることが多い。そう、何故かアルファベットである。

 物価の相場はまだ確認できていないが、Bが百円、Sが千円、Gが一万、Pが十万、Mが百万ぐらいだと思われる。因みに、ピートが持って来たライターは3Bであった。


〈まぁ、俺が買い物できるわけじゃないし、あんまり覚えても仕方ない気もするけど…知識は裏切らないって言うし。人化はお約束だしな!〉


「ねぇねぇ、ヤマトー。これ見て変なお面!」


そう言ってソフィが持って来たのは、某バッタの覆面バイク乗りの顔に似たお面だった。もう一つ、ウルトラな男のお面も持っている。

〈なんであるんだよ、遊びすぎだろ転生者ぁぁぁ!!〉


何と言うか、世界観ぶち壊しの上に著作権の欠片も無い。

今まで築き上げられた異世界の壮大なイメージが、ガラガラと音を立てて崩れていくのを自覚するヤマトであった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 次に向かうのは冒険者ギルドだ。

今日の最も大事な目的である、ソフィ達のギルド登録を済ませる為だ。本来は昼までに終わらせる予定だったのだが、買い物でかなり時間を食ってしまった。


 冒険者ギルドとは、その名の通り冒険を生業とする者たちの組合である。

仕事の斡旋や、人材の育成、解体、素材の買い取りなど、様々な面から冒険者を支えている。さらに、これは他のギルドも行っている事ではあるが、所属員の資産の管理なども請け負っている。


「楽しみだなぁ!」


『おー、そうだな。』


 冒険者ギルドと言えば、転生物の定番とも言える。流石に大人の同伴者がいる為テンプレは起こらないだろうが、心が躍るヤマトであった。


 ランミョーン支部は、近くに森があることもありかなり大きな建物であった。両開きのドアを押して入ると、食べ物の匂いと酒の匂いが漂ってくる。

一階部が酒場と併設となっており、情報交換の場としても利用されているのだろう。掲示板にはいくつもの張り紙がされており、いくつかある受付カウンターには、綺麗な女性が退屈そうに座っていた。


 ルーウィンは、その中でも真ん中にある、筋骨隆々な男性が座っているカウンターへと迷わずに近づいて行く。


「やぁ、久しぶりだねゴリウス。」


「おぅ、待ってたぞルーウィン。そこのチビ共か?」


「あぁ。よろしく頼むよ。」


「よし、じゃあ先ずはカードを作るぞ。ついてこい」


 ゴリウスと呼ばれた男は立ち上がり、顎をしゃくって歩き出す。

ルーウィンは微笑み突っ立っているだけでついて来るつもりは無いらしい。


 後について階段を上って行き、突き当りまで進むと『相談室』のプレートがついた部屋へと通された。

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