第46話

 消えたマルボスの屍、マルボスが言った「我に娘居らん。」という言葉。ソフィが証言したマルボスのおかしな挙動に、狙いの“垣間見の水晶”。メイビスの感じていた視線と、アンゴルモアと名乗る青年の持っていた結晶体…。


 マルボスを倒して一件落着に終わるかに見えたが、謎はまだまだ残っている。


(まぁ、俺には関係ない話だけどな。これがもしマンガとかなら、これが伏線になっていたりするんだろうけど…残念ながら、ここは現実だしな。)


 ヤマトは、口部を動かしながら考える。

瓦礫だらけの荒地のど真ん中に、大量のしかばねが積み上げられ、その中心にゴキブリが鎮座していた。


(そもそも、創作にするなら主人公が居ね…あ、俺は一応転生者か。あと、ピート、ソフィ、ユキ、メイビスはぱっと見チート能力貰ってそうだよな…。)


そう考えている間にも、山から一体の屍が減る。


(そういや、ここに転生するとき、神の暇つぶしとか言ってたか?なら、この世界自体創作みたいなもんなのか…。あぁ、伏線回収の可能性が出てきた…。)


 太陽は先程昇ったばかりで、早朝の澄んだ空気が全身を駆ける。口は常に塞がってはいるが、気門で呼吸するので窒息はしない。


(いやいや…流石にこんな安直な伏線は張らんだろ…。このご時世、雑な伏線張ったら消費者からメンタル攻撃仕掛けられるし……痛っ!?)


 いや、痛覚が無いので痛くは無いが、口の中に異物感を感じて咀嚼を中断する。

触ってみると、どうやらモンスターの小骨が刺さっているようだ。それも、一本ではなく大量に。


(なっ!?まさか、安直だって言ったから天罰…なわけないよな。って、あっ!そういえばまだ転生特典貰えてないじゃん俺!刀どうなったんだよ!)


 次の獲物に取り掛かり、すぐさま肉を削り取ったヤマトは、急に怒りが込み上げてきたのを感じる。


(くそぉ!次会ったら絶対ぶん殴ってやる!)


あっという間に屍は骨だけ残して、放り棄てられた。


現在、ヤマトは死体処理班として働いていた。少し向こうでは、冒険者と思わしき集団が、ナイフで屍から素材をはぎ取っている。そして、余った肉をこちらに積んでいるのだ。因みに骨は活用するらしく、残せと言われている。


(そう言えば、俺ってこんな事ばっかりしてる気がする…。)


2年前の記憶が蘇って来た。


 現在、ヤマトは一人で黙々と肉を齧っていた。

本当は、トンとハクも誘ったのだが、トンは樹液しか食べられないらしく、ハクは生きている獲物しか食べないらしい。というか、魔物の肉を食べるとお腹が痛くなるとか。


(全く、根性ナシどもめ。俺一人で捌ける量には限界があるってのに…。と言うか、ハクは何でも食べますって言ってペットになったんだろ…。よし、食べ終わったら首を蝶結びにしてやろう。)


 なぜヤマトが一人なのか。それは、他の皆は眠っているからだ。まぁ、夜通し緊張状態だったので疲労が溜まっていたのだろう。


(というか、俺も寝たい…。無理やり起こされて食ってるけど、これって虐待だよね。)


 実は、マルボスの死体が消えた後、一行は夜のうちに森から街へ戻っていた。

そこで、ヤマトはルーウィンとクマールに連れられてここに連れてこられたのだ。


「なぁ、ヤマト。今回も力を貸してくれないか?」

「君は、魔物の死骸の処理能力があると聞く。何、報酬は弾もう。頼めるか?」


と言われて、泣く泣く了承したのだ。


(クソッ…マジで終わりが見えねぇ!)


 見ると、まだまだモンスターの残骸は運び込まれているようだ。この苦行の終わりは、まだまだ先のようだ。


(あぁ…でも、村で死体処理させられた時よりは満腹は来てないかも。)


 自分の体積を明らかに超える量を食べ続けているが、体の大きさがある一定以上になった時から、身体にこれと言った変化はない。胃袋は限界を訴えること無く、ひたすら肉塊を吸い込み続けている。


(もしかして、ピンクの悪魔みたいな無限胃袋を手に入れたのか…?まぁ、何でもいいや。とっとと終わらそう。)


 ヤマトは、更に食べるペースを上げていく。

死体の山は、少しづつその大きさを縮小していった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

~雑魚寝~


 モーガンは、身動きが出来なかった。

左右から、じんわりと人肌の熱が伝わって非情に暑苦しい。


 極度の疲労で、寝床に付くなり気絶するように眠ってしまった。

(そこまではいい。でも、身体に違和感を感じて起きてみれば…なんだこれは!?)


 左腕を、包み込むようにセイアが密着している。

 右の腿を、まるで抱き枕の様にソフィが抱いている。


 スヤスヤと安らかな寝息が聞こえ、ほんのりと汗と甘いようないい香りが漂ってくる。


 助けを求め首を回してあたりを見る。


アイラは酷い寝相で、シャツがはだけ腹が丸出しになっている。下に敷かれたユソウが、暑苦しそうに唸っていた。

(…役に立ちそうにないな。)


ピートとユキは、仲良さそうに並んで寝ている。安らかな寝顔は、邪魔をするのをはばからせた。

(この二人は、本当に仲がいい…。)


最後の希望と思って、メイビスを探すもどこにもいない。端っこに布団が綺麗に畳まれていることから、既に起きて外に出ているのだろう。

(育ちがいいんだな…。ホントにセイアの弟か…?)


こうして、唯一の希望すら立たれたモーガンは、己の本能と暑苦しさと戦いながら、皆が起きるまでジッと息をひそめていた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 目を焼く朝日に目を細めながら、悲惨な状況の街を見る。

建物はあちこちにひびが入り、屋根の板が何枚も剥がれてみすぼらしい。ひっかき傷のような痕がいくつも残っており、街路樹はことごぎ倒されていた。

 背中には、何もない荒野のような場所から吹き付ける風を強く感じる。

振り返れば、そこには自分が築き上げた瓦礫の山と、ひたすら食餌を続ける巨蟲ヤマトがいる。


「あぁ…やっちまったなぁ…。」


 メイビスは、肩を落としてため息を吐くように呟いた。

思い返しても、自分の行動にツッコミたくなる。

 なぜ、効果のわからない魔法を使おうとしたのか。なぜ、威力を抑えようと思わなかったのか。なぜ、大きな建造物のある場所で大規模な魔法を使ったのか。


 もちろん、結果として良かったこともあった。しかし、それは結果論でしかなく、結果論で言っても、大きな被害を出してしまっているので、プラスマイナスで言えば、マイナスだろう。


 魔法実験には大きな誤算が付き物だし、至近距離での高威力魔法は自分や仲間にも被害が及ぶ可能性もある。近くに建造物があれば、瓦礫が二次災害となって襲い掛かるだろう。

 なぜ、そんな簡単なことも判断できなかったのか…。


「うわぁぁぁぁぁ…。」


メイビスは頭を抱えて蹲る。幸いにも被害者はいなかったらしいが、後の大量の瓦礫の処理を考えると、頭が痛くなってきそうだ。


「…あっ、瓦礫と言えば…。」


 メイビスは、壁の痕跡を見る。そこには、壁のラインを保ったまま積み上げられる瓦礫の山があった。


「もし、これが僕の魔法が衝撃を生むモノなら…おかしくないか?」


 もし、メイビスの魔法が衝撃を生むとすれば、瓦礫もその衝撃に沿って外に弾けるべきなのだ。しかし、現実では瓦礫と言う瓦礫が全て真下に落下している。


「衝撃を生むのではなく、何か別の効果…?建物が崩れて人間に効果が及ばないような…――」


「――…人間と建物の違い…。生き物と無機物…魔力の有無…単体と集合体…?」


 先ほどまでの自責の念をすっかり忘れ考え込む。ブツブツと独り言を紡ぎ、自らの思考をまとめ上げていく。


「建物の基礎には、魔力で強化がされて…これが無くなると倒壊…。衝撃は魔力の急激な減少による反動…?」


段々と、全体像が現れていくにつれて、検証したいという欲が湧いてくる。


「よし…少し試してみるか…!」


 何度も何度も魔法を使用し、検証に検証を重ねる。魔力量、タイミング、対象…様々に条件を変えては試行する。

 そうして、魔力が空になってぶっ倒れる頃には、自分の行為に対する反省などはゴマ粒一つ残っておらず、不思議な爽快さと探求心が全身を満たしていた。

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