第42話


 ガサガサと茂みが揺れる。各々は警戒し、武器を構える。


緊張の張り詰めた中、茂みから姿を現したのは、ヤマトを肩に乗せたメイビスだった。


「…ふぅ。お前らか。これで全員そろったな。」


 現在、ヤマトたちは密林の奥にある開けた場所へと集まっていた。

そこは、木々がその場所を避けるように綺麗な円状となっていた。この場所には野生生物は全く寄り付かないので、冒険者や旅人の野営地として人気が高い。


 木々の全くない見晴らしの良い広場に、月明かりが煌々と差し込んでいる。真夜中だというのに、ヤマトの翅の筋まではっきりと見えた。


 再び、ガサガサと言う音が鳴る。が、先程のメイビスの様に直ぐに姿を現すことは無く、何度もガサガサと言う音を立てては、悪態のような呟きを漏らしていた。

 時々、何かが倒れるような音や、バキバキと枝を折るような音が響いてくる。


 そうしてしばらく待っていると、毛皮のような部位が辛うじて股間を覆っている以外は裸のマルボスが現れた。

 よく見れば、その体は擦り傷、切り傷、痣などでボロボロになっており、土でドロドロに汚れ切っていた。


「はぁ…はぁ…ようやく、追い詰めたぞ!」


 追い詰められているのはどちらだ、と言いたくなるような風体でマルボスが叫ぶ。

どこか煤けた顔に浮かぶその目には、激しい憎悪が渦巻いていた。


『おいおい、遅かったじゃないか。迷子だったのか?』


 そう、ヤマトが言うと、マルボスは殺気を全身に漲らせて叫ぶ。

その声は、憎悪と悲哀に満ちた、しかしどこか賞賛の響きの含んだものだった。


「貴様らぁ…!よくも、よくもまぁ、これだけの罠を置いたものだな…!吾輩がここに来るまで、どれだけの罠にかかったと思う!?落とし穴、網、足元のツル、虎バサミ、毒矢―――これはまだマシだ。だが、催涙ガス!高温の油トラップに火炎放射!煙幕、爆薬、感電床!挙句はこの森に自生しない筈の食人植物まで!よくもまぁ連続で何度も何度も引っ掛けてくれたものだ!森の中で炎とか、正気なのか!?おかげで、配下も居なくなってしまった…!」


 それは、マルボスがここに来るまでに喰らった罠の数々だった。

ヤマトたちは森中にいくつもの罠を仕掛け、マルボスを少しでも消耗させようとしたのだ。そしてその作戦は見事に成功し、マルボスはほぼ瀕死の状態だ。

 その中には、もちろん常人なら即死するようなトラップも含まれており、森の中は死のピタゴラ装置と化していた。


「なぁ…アイツほぼ全部の罠に掛かってないか?」


「まさか、ここまでうまくいくとはな…。」


「よほど注意不足じゃなければ、掛からないような罠にも掛かってますしね…。」


「とゆーか、よく生きてるよなー。」


 ボソボソと、耳打ちをするモーガン達。

だが、マルボスイヤーは地獄耳。ケモミミの生えたマルボスは聞き逃さない。

 いきなり激昂し、身体を変質させようと縮こまらせる。


「もう許さん!この姿で…グハァ!?」


 が、血反吐を吐いて中断した。

度重なる魔獣の使役、ルーウィンとの勝負、変身とその強制解除、さらにはトラップ地獄―――と、マルボスの体力は殆ど枯渇していたのだ。


 モーガン達は、好機とみて止めを刺そうと武器を構える。

が、その瞬間、マルボスの右手首が急に発光しだした。

 どこか不快なその光は、一際強く発光すると収束し、やがてそれはゆっくりと人型へと姿を変えていった。


『――ゴホンッ。あーあー。聞こえてる?よし。んんっ――――マルボスの反応が弱まったと思って見に来てみたが…。これは一体どういうことだ?』


「なっ…我が主っ!これは…そのっ…!」


 光の人型は、優し気な男の声で語り掛ける。

言葉尻は柔らかいし、声もいいのだが、不思議と不快感を覚える。


「なんなんだアレは…!」


 ポツリとモーガンが溢す。その言葉に反応し、光の人型は滑るように近づいてくる。


『やぁ、君たちは…ふむ?強い力を感じ…あれ?君はマルボスと同じ…ははぁ、なるほどね。―――ってぃぃ!?』


 人型は順番にモーガン達を見ていき、途中でソフィの所で留まりブツブツと独り言を言う。

 その間、モーガン達は金縛りにでもあったかのように、指先すら動かせずにいた。


 そして、メイビスを見て、さらにその肩にのっているヤマトを見て叫び声を上げた。

この世界の住人は言わないであろう表現を使って。


『なんじゃい、ゴキブリで文句あんのか!…ってか、アンタ転生者か。』


『喋ったぁぁぁぁ!』


『このドリンク最っ高!』


『また喋ったぁぁぁ!』


『うるせぇよ!黙れ!』


『あ、キミか。2年前にマル君を邪魔したのは。』


ヒトカゲは先程まで叫んでいたことが嘘のように平然と話しかける。

その頃には、姿がはっきりと像を結び、温和な顔つきの青年が映っていた。


『知らねぇよ。ってか、さっきの口調はどうした。砕けすぎだろ。』


『いや、やっぱり堅苦しいのは苦手でね。』


『で、なんで来たんだ?』


ヤマトは、不躾に質問を投げかける。が、青年は気を害した様子もなく、むしろ愉快そうに答えた。


『いや、マルボスが瀕死だから、元気の欠片あげようと思って。』


『塊にしてやれよ。ってか、お前誰だよ。』


 二人の怒涛の応酬に口を挟む隙も無く、モーガン達はただ呆然と見守っているしかなかった。そもそも、先程から声が出せないのだ。


『ん?まぁ、それは後のお楽しみかな。あっそうだ!んんっ――マルボスを倒すことができれば、教えてやろう。』


『無理やり威厳出してるのが見え見えだな。』


 ヤマトの言葉を聞くことなく、青年はマルボスの方へと移動する。

すると、どこからともなく黄土色の結晶体を取り出した。その形は四角形をいくつも継ぎ合わせた尖った形をしており、月の光を反射して微妙に輝いていた。


『…って、マジで元気の欠片っぽいな。なんであるんだよそんなの。』


 すると、青年はおもむろにマルボスの心臓にその結晶体を――――


『刺したぁ――!?そういう使い方すんの!?欠片って食わせるんだと思ってた!』


 刺されたマルボスは、ビクンビクンと痙攣しながら起き上がる。

棺桶から起き上がる吸血鬼の様に、不自然な挙動をして立ち上がったマルボスは、おおよそ人間とは思えないような絶叫を上げた。


 その頃には既に青年の像は消えており、皆の体も動くようになっていた。


「なっ…なんなんだ!?」


 皆、口々に疑問を発する。先程から、不可解なことが多すぎて混乱していた。

だが、直ぐに押し黙ることになる。マルボスがユラユラと近づいてきたのだ。


「あぁ…吾輩、生き物が好きだ。」


 マルボスは近づきながら、こちらに聞こえるギリギリ程度の声で、ボソボソと喋り出す。その口調は、どこか幼さを感じさせる、非常に気味の悪いものだった。


「虫は少し苦手だが、それでも嫌いじゃなかった。犬、猫、兎…どの生き物も、様々な個性を持ち美しい…。」


 それは何処にも意識を向けない独白で、だがどこか危険な響きを孕んでいた。


「だけど、生き物の中でも、吾輩は特に蛇が好きだった。テラテラした鱗、つぶらな瞳、しなやかな身体、ヒヤリとした体温、長く鋭い牙…。その全てが美しかった。」


 ダラリと力なく立つマルボスを起点として、小さな地割れが一筋発生した。

ズリズリと這う様な音と共に地面が揺れる。地割れは幅のみを広げ、やがては目のような形になる。“割れる”と言うよりかは“開く”と言った方が正しいのかもしれない。


「最初に従えた蛇は、身体は立派だが臆病なヤツだった。食事の時には自分から吾輩の腕へ巻き付いて、餌をねだった。吾輩の―――友達だった。」


 這う音と地震はやがて大きくなっていき、地面にと開いた目に近づいてくる。


「まぁ…つまり、吾輩が何を言いたいのかと言うと―――蛇が好きだ。」


 謎の宣言と共に、地割れから一匹の蛇が飛び出す。その体は中程で分かたれ、それぞれの先にひし形の頭が存在していた。

 その色は、不純な物など一切含んでいない白色で、真っ赤な瞳が妖しく目立つ。

その鱗は月明かりを反射し、テラテラと不気味にしかしどこか美しく、輝いていた。

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