第33話

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北東の門


「大変だっ!南西の門が突破されたらしいぞっ!」


「なんだと!?南西は手薄なんじゃなかったのか!?」


「どうやら、特殊個体がかなりいたようだ!急ぐぞ、被害を最小限に食い止めるんだ!」


「待てっ!この門はどうするんだ!?こっちもそろそろヤバいぞ!」


 あちこちで伝令が飛び交い、現場は混乱を極めていた。

現在、この北東の門は無数のモンスターが押し寄せていた。

北東の門は、初期の段階では最も危険な状態だったため、最も多くの人員が割かれていた。それが功を奏してどうにか持ち直してはいるものの、モンスターの数は一向に減らず、膠着こうちゃく状態が続いていた。


 そんな中、最も手薄だと思われていた南西の門が陥落かんらくしたという報告を受け、パニック状態におちいっているのだ。


「静まれぇぇぇぇい!!」


 騒然とした広場に、鐘を打ったようなよく響く低い声がとどろいた。


「南西の門へは少数の精鋭部隊を派遣する!その他の者はこの門が破られぬように全力を尽くせ!」


 声の主は、背の高い熊ような男だ。飾り気のない鎧にその巨体を押し込み非常に窮屈そうだ。腕は丸太の様に太く、モンスターと見間違える程の強面だ。


「オジベア隊長!班の編成完了いたしました。」


 この巨漢の名はクマール・オジベア。この街の衛兵師団の団長である。衛兵師団は基本は街の見回りによる犯罪の抑制や、風紀の維持などを主に活動しているが、訓練内容には対人訓練・対モンスター訓練なども組み込まれており、都市駐在騎士と並んでこの街の防衛の要を担っている。


「クマール!僕も精鋭部隊に付いて行くことは出来ないかい?」


 テキパキと指示を出すクマールに、ルーウィンが話しかける。


「あぁ?一般人がなにを言って……貴様、ルーウィンか。」


 それに対して鬱陶うっとうしそうに返事をしようとするクマールだったが、ルーウィンの顔を見るなり無表情になり声も冷たくなった。


「現場から退いた騎士団長様が、一体何の用だ?」


「あぁ、少し気になることがあってね。そんなに邪険にすることは無いじゃないか。大丈夫、邪魔はしないさ。」


「ふんっ、一般人の貴様には精鋭部隊に入る資格など無い。貴様はここで防衛線の保持でもしていろ。」


 クマールは目から火花が散っていると錯覚するほどに強くルーウィンを睨みつける。二人には並々ならぬ確執があるようだった。


「迎撃部隊、出発するぞ!人間様に楯突いた愚かな魔物に、目にもの見せてやれ!」


 クマールはルーウィンから目を逸らし、既に出撃準備を終えていた精鋭に檄を飛ばす。部隊はそれに短く応え、6人程度の小隊へと別れ、別々の道へと進んで行く。

 クマールが率いる小隊は、南西の門への最短ルートを通って進む。

その後ろを、長剣を持った男がやや離れて付いて行った。


「すまないが、これだけは確認しておきたいんだ。」


そう小さく呟いた男の顔にはいつもの柔和な笑みは無く、焦燥だけが映っていた。


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 男の正体を聞くなり、ソフィは一層激しく震え出した。まるで極寒の地に裸で座っているかの如く、奥歯をガチガチと鳴らしながらうずくまっている。血の気の引いた顔は、混乱と恐怖で歪んでいる。


 確かに魔王…いや、元魔王の魔力はすさまじいが、そうなった原因は他にあった。


 ソフィは未だ、魔王の娘だという心的外傷トラウマを完全に克服できていないのだ。両親に裏切られたという気持ちは今なお心の中にとして残っており、一見解決したかに見えた問題は、元凶ともいえるマルボスの登場で再び蒸し返されることとなったのだ。


「なっ…!?」


ピートは、驚きのあまり目を見開いて硬直する。同時に、顎が外れそうな程に開いた口からは不明瞭な声が意味もなく漏れ出る。


「そんな…こんな…」


ユキはどうにか言葉にすることで自分を落ち着かせようと試みる。しかし、衝撃が大きすぎたのか、真面な文章になることなく消えていく。


『こんな…変な一人称のオヤジがソフィの種馬だっただなんて!』


その後、ユキの言葉を引き継ぐようにヤマトが言い放つ。しかし、そこには明らかにふざけた色が混じっており、声色も相手を馬鹿にするような含みを持っていた。


「えっ?クレイスの親父さんってあのおっかない剣の人じゃ…って何言ってるんだヤマト?」


メイビスは三者からの断片的な情報から事態を推測しようとする。その過程でうっかりスルーしてしまいそうになったヤマトの愚行に、少し遅れて反応した。


「おい、ヤマト。いくら何でも種馬は無ぇだろ?流石にその表現は引くわ…。」


『なんだよ。父親枠は既にルーウィンさんで埋まってるし、コイツはお父さんってカンジでもないし、種で十分だろ。』


「う~ん…私も、流石にその表現はどうかと思うな…。」


「なんだ?そもそもタネウマって何のことだ?」


 ヤマトのせいで、緊迫した雰囲気は台無しになり、和やかに雑談しだした。唯一、畜産のことを一切知らないメイビスだけが話についていけない状態となる。


「ぷっ…あはは、あははははは!」


 先ほどまでの恐怖が嘘のように、ソフィが大笑いする。恐怖で発狂したわけではなく、あまりの緊張感の無さに笑いがこみあげてきたのだろう。まだ、魔王の娘だという事実を消化できたわけではない。まだ、家族についての答えが出たわけではない。根本的な解決を一切していないが、それでも、ソフィは心から笑うことができていた。


 未だマルボスは魔力を放出している。その勢いは先程よりも強くなり、全員を押さえつけようとする。膨大な魔力が周囲を圧迫し、空間が軋みを上げている。


 しかし、魔力の放出による威圧はあくまで、膨大な魔力で心理的な圧迫を生み出しているに過ぎない。故に、和やかムードに突入したヤマトたちに効果は薄かった。いかに力ある存在の威圧も、小さな虫の下らない冗談一つで崩れる程度の物であった。


「糞餓鬼どもめが…我を、愚弄するかっ!!」


そう叫んだマルボスの身体からはさらに膨大な魔力が垂れ流しとなる。周囲の魔力は全てマルボスの物に置き換えられ、低位のモンスターは耐えきれずに息絶えている。

 それほどの魔力を受けて尚、ヤマトは余裕な態度でマルボスに話しかける。


『あぁ?ごめんごめん。ちょっと忘れてたわ。で、そのがこの街に何の用ですかねぇ?』


 ことさらに元魔王の部分を強調して返す。その声は人の神経を逆撫でする、所謂“煽り”だ。

 低俗な、安い煽りだが、マルボスは怒りを露わにして魔力を練る。それは熟練の技術により黒い球となって現界し、怒りに呼応するようにマルボスの周囲を飛び回る。


「貴様ぁ…低俗な下位種族の分際で…!」


『あっれぇ?怒っちゃったんですか?下位種族とか言ってる割に簡単に精神を揺さぶられるんですね。ってことは、元魔王サマは下位種族以下ってことですね。ププークスクス。そりゃになるわけだ。』


 しかし、怯まずにヤマトはさらに煽って行く。他の四人は、何をしているんだ、という非難と困惑の視線をヤマトに突き刺しているが、ヤマトは意に介した様子もない。


「ぐぬぬっ…このっ…!すぅ――――ふぅ。いや、そうだな。貴様みたいなゴミムシ程度に心を揺さぶられるようでは、まだまだか。」


 が、ヤマトの追撃を受けて逆に冷静になったのか、マルボスは深呼吸して心を落ち着かせる。周囲を勢いよく飛び回っていた黒球は勢いを弱め、先程まで垂れ流しにしていた魔力は全て霧散していた。その表情は、先程の憤怒とは打って変わって落ち着いた笑みを浮かべている。あまりの変化に、不気味なものを感じてしまう。


『そうそう、まだまだですね~。とっとと出直してきてくださいよ。帰れ~帰れ~森に帰れ~。』


 が、尚しつこくマルボスを煽って行く。しかし、その声には嘲る様な声に混じって何かを確かめる様な響きがあった。


「そうもいかんのだよ。我には目的があるのでね。…おっと、そういえば君は最初はソレを聞いていたのだったね。」


『あー、そうそう。その目的って何なん?邪魔するから教えてみそ?』


「ふっふっふ、敵となり得る相手に目的をさらすのは、三流のやることだよ。覚えておきなさい。」


 般若の形相から一変、穏やかな笑みを浮かべたマルボスは、優し気にヤマトへと語り掛ける。しかしその目は、昏く濁った鈍い光をたたえていた。


「ふぅ…ありがと、ヤマト。おかげで?元気出たよ。」


 マルボスとヤマトが視線をぶつけ合って牽制していると、座り込んでいたソフィが立ち上がった。その脚は未だ小刻みに震えており、恐怖に打ち克つことができていないのは瞭然としている。だが、立ち上がった。そこには恐怖を上回る仲間への信頼が確固として存在していた。


「フム。して、先程から貴様共の話を聞いていると、そこの小娘が我の娘ということだが…。」


 ソフィが完全に立ち上がるのを見て、マルボスは話始める。ソフィは身を固くし、それでも先程の様に座り込むことなく、はっきりとマルボスを睨みつけている。


「我に娘居らん。確かに、容姿、能力は何か通じるところもあるようだが…ただそれだけだろう。」


 しかし、自嘲気味にマルボスが発した言葉は、予想外の衝撃でソフィを襲う。いや、ソフィだけでなく、他の面々にも多大な驚きを齎していた。


「さて…楽しいお喋りはここまでにさせて貰おうか。我も忙しい身でね。なに、力を付けて魔王として復権しようとするわけではないのだ。安心したまえよ。…まぁ、人間にとっては魔王時代よりも酷くなるかもしれんがな。」


 そうマルボスが言い終わった瞬間、その体から先程とは比べ物にならない程濃密な魔力が放たれる。それは息苦しさとなってソフィたちへと襲い掛かった。


「そうだ。冥土の土産として、一つ講義をしてやろう。そこのローチ…ヤマトとか言ったか?が言った通り、魔力というものは、それ自体ではただのエネルギーでしかない為、活用法は少ない。せいせい威圧に使う程度が関の山であろう。しかし、圧縮し密度を上げた魔力は生物の体を侵し破壊しようとするのだ。何物も過剰摂取は毒になるのだよ。」


 マルボスが言葉を続けている間にも、息苦しさは強くなっていく。まるで喉を見えない手で掴まれたかのような圧迫感と共に視界が揺れる。


「そして、その毒は魔力の少ない者から破壊していく。魔力量が多ければ多いほど、長く苦しむことになるのだよ。ただ、この毒が効かない者も存在する。異様に魔素まそ受容体じゅようたいが発達している生物や、特異体質で魔力を受け付けない存在だな。」


 そう言いながら、マルボスは唯一無事なヤマトに視線を投げる。その視線は値踏みするようにネットリとヤマトを撫でまわす。


「もちろん、魔素受容体が発達した生物…所謂魔物や魔獣など、貴様らがモンスターと呼ぶものだな。そいつらでも下級、中級下位までならこの毒に侵されて破壊されてしまう。その点、君は最下級種であるローチの君が耐えているということは、君が只ならぬ存在であるということだ。例えば“領域の主”とかな?」


 含み笑いをしながら、愉快そうにヤマトを摘まみ上げる。


「どうだ、貴様も我と一緒に来んか?人間どもが魔物をしいたげない世界を、共に見たいと思わないかね?」


『へぇ…その世界は気になるな。』


 ヤマトは、触角をマルボスに摘まみ上げられ宙ぶらりんになりながら、マルボスの話に耳を傾けた。そんなヤマトを、ソフィたちは信じられないという様な顔で見つめている。


「だろう?人間の魔物の扱いは見るに堪えない。人間に害の与えない弱き種族を強引に攫い愛玩動物として飼った挙句、飽きたら適当に殺す、あるいは放流する。自らの発展の為と、他の生命が息衝いている自然を何も考えずに破壊し、多くの生命を刈り取る。人間とは実に愚かだ。しかし、如何せん数が多く自然の浄化作用だけでは間に合わぬ。故に適度に間引いて自然の調和を保たねばならぬのだ!」


 マルボスは自らの理想を長々と語る。そこには、人類に対する憤りと自然に対する愛しみが溢れ、自分こそが正義だという絶対の自信が感じられる。


『ふぅん…。まぁ、分からなくはないかな。でも―――』


「だめえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ―――――――――――!!」


 マルボスの言葉に一旦は同調する。そこからさらに言葉を続けようとした時、ソフィが物凄い剣幕で叫んだ。それと同時に、周囲を取り巻いていたモンスター共に鋭い緊張が走る。ざわざわと個々が好きに動いていたのが身じろぎ一つしなくなり、一瞬だけ世界がいだ。


「絶対ダメッ!ヤマトはわたしのなの!お前なんかに、渡さないっ!」


 独占欲にも似た何かをソフィは叫ぶ。そこには強い感情が込められており、それに誘発して先程から目覚めかけていた“支配”の能力が完全に覚醒する。


 白い犬歯をむき出しにして、乙女がしてはいけないような顔でソフィはマルボスを睨む。その眼は陽の光を浴びて、淡く金色に光っているようだった。



「ハハハハハッ!そうか、その力っ!なるほどな、我の娘というのもあながち妄言でもないらしい!そうか…では水晶を奪わなくとも良くなったわけか!」


 そのソフィの様子を見た途端、勢いよく笑い出し何かに納得した様子のマルボス。そのマルボスに向かって、モンスターが爪、牙など各々の武器を向ける。モンスターの支配権はマルボスからソフィへと既に移っていた。


「フム…まぁ、力はあるようだが…!練度が足りぬな。」


 しかし、マルボスはいとも容易く攻撃してきたモンスター達を無力化した。それと同時に、マルボスへと向かっていたモンスター達が再びヤマトたちの方へと向き直る。再び支配権がマルボスに移ったのだ。


「お、おい、マズいって!逃げるぞっ!」


 と、それまで空気に徹していたメイビスが逃走を促す。

ユキはそれに頷き、手早くピート・メイビス・ソフィを光で照らす。その光は数舜で消えはしたものの、対象者たちの身体を軽くした。

ユキの支援と同時に、メイビスは光球を出現させる。


「いくぞっ!」


そして、掛け声と共にその光球を炸裂させた。その光はモンスターの目を焼きマルボスの目を焼く。

 今なおマルボスを睨みつけるソフィをピートが引き摺りながらその場から逃げ出した。

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