第25話

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~sideソフィ~


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 長い夢を見ていたようだった。

私を、お母さんとは違う他の誰かが抱き上げている。

お母さんとは違うが、不思議と安心する腕の中で、女性の悲しげな声が聞こえてきた。


『ソフィ…大丈夫。あなたは助けてもらえるはずだから…。幸せに…生きてね。』


 見上げると、すぐそこに綺麗な女性の顔がある。なぜか、酷く悲しそうな顔をしている。


(泣かないで?)


 慰めようと手を伸ばすも、その手はとても短く非力で、女性の頬へと届くことは無かった。


 女性の隣を見ると、見たことの無いしかし懐かしい感じのする背の高い男性がこちらを覗き込んで、これまたやはり悲しげな顔をしている。


『すまないな…我には苦しんでいる魔物達を無視することなどできなかったのだ…。だが…今となっては、他の道があったのではないかと後悔しておる。この子には、我の様に愚かな生を歩んでほしくはない…な。』


 そう言うと、男はとても大きな扉の中へと入って行った。そして、女も私をお母さんに渡して後に続いた。


 その後、金ぴかの装備をした優し気な男がその扉へと入って行った。

内容はよく聞き取れないが、どうやら戦いが行われているらしい。


(やめて!)


 そう、叫ぼうとするが、声が全く出ない。まるで自分の身体ではないようだ。

しばらくして、扉の隙間から強烈な白い閃光が漏れ出てきた。


 そこで、私の意識は途切れてしまった…。


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 ふと、意識が覚醒した。しかし、体は鉛のように重く、動くことができないでいた。

 そんな中、お父さんの声が聞こえてくる。とても、久しぶりに聞いた気がした。実際は今朝聞いたばかりのはずなのに、寝ている間に何日も経ってしまっていたかのようだった。


 お父さんの声は最初は靄がかかっているかのように聞き取り辛く、全く内容がわからなかった。しかし、次第に意識がはっきりしてくる中で、段々と聞き取れるようになっていた。


「―――――――――――――――――――――――――――――――――――――  

 魔王とその妻はお互いに愛し合っていた。そして、子供が生まれていたんだ。当時、1歳になる女の子を。

 魔王の妻は、私たちにその娘を託し、自分は魔王と運命を共にすると言い出した。

もちろん、私たちも最初は断ったが、その人の熱意に負けて、結局はその子を引き取った。――――――――それが、ソフィだ。」


 そんな…私が魔王の…娘?

お父さんとお母さんは、私の本当のお父さんとお母さんじゃ…ない?


 噓だ…噓だ噓だウソだウソだウソだウソだうそだうそだうそだ―――――――――


 でも、嘘だ、そうじゃないと思い込めば思い込もうとするほど、疑念はより深まっていく。


 なぜ私は獣の…魔物であるヤマトの言っていたことが分かったのか。

魔王は、獣や魔物と通じ合い、強さを与えたと言うではないか。

 思えば、根性で話せるようになどなるはずもない。ヤマトが話せるようになったのは、私に魔王の力があったからなのではないか。


 そういえば、お父さん、お母さんと髪の色が全く違う。

お父さんの髪は真っ黒だし、お母さんは燃えるような赤毛だ。なのに、なんで私は金髪なんだろう?


 そしてなにより、先ほどの水晶玉のおかしな反応…。これは私に何か邪悪なものがあるという証拠なのではないか?水晶はその人の資質を映すという…それならば…。


「そう…なんだ…。」


 そんなことを、グルグルと頭の中で考えていると、自然と声が漏れた。それは疑問とも確認とも取れない中途半端な出来損ないで、勝手に声が出たことに、頭の中はさらにグチャグチャになった。


「ソフィ!!よかっ…―――聞いて、いたんだね。」


 お父さん…いや、ルーウィンさんが言葉を発した私に、安心したような顔をしてよかったと言おうとする。そして、ハッとした顔になり、少し悲し気な顔で訪ねてきた。


「うん…。最初から。」


 本当は嘘だ。話は途中からしか聞こえていなかったし、最初から全部を聞いていたわけでは無かった。でも、この小さな噓をつくことで、実はドッキリの打ち合わせをしていた~なんて下らないオチが出て来るかも…なんて、バカげた希望を持ってしまった。

 本当は、そんなことは無いと、分かっているのに…。


「そうか…」


 そう言ってルーウィンさんが私を抱きしめようと近づいてくる。

本当の父親でも、無いくせにっ…。


「近寄らないでっ!!」


 そう、考えていたらなぜか拒絶してしまっていた。

本当は寂しくて、心細くて、誰かが一緒にいて欲しいのに…。


 ルーウィンさんは、何も言わない。なぜ、何も言ってくれないのだろう。顔を上げると、とても悲し気なルーウィンさんの顔が見える。きっと、私も酷い顔をしているのだろう。


「私は、お父さんとお母さん―――ルーウィンとヘレナの本当の娘じゃないんだね…。」


 と、確認した。本当のことは分かっている。でも、ほんの小さな希望を手放すことができなかった…。

 ルーウィンさんは、尚もひどく悲し気な表情をするだけ…。これで、わずかに残っていた小さな希望さえも粉々に打ち砕かれてしまった。

 裏切られたような気分だ。


 魔王は、人類の敵…。特に先代の魔王は強大で何度も人類を危機に追いやったらしい。

 ずっと、私は人を守る騎士の子供で、私も形は違っても人のために生きるんだと思ってたのに…。


 騙された。そんな気がした。


「私は、魔王の…人類の敵の娘なんだ…。今まで、騙されて生きてたんだ…。」


「でも!ソフィのためを思って――――」


 すぐに、ルーウィンが何かを言おうとする。

でも、今は何を聞いても、ただの言い訳にしか聞こえない。


「うるさいっ!!!」


 胸の奥に湧いてきた感情を、そのまま言葉にして吐き出した。

あぁ、私、今、怒ってるんだ…。

 色々なものがごちゃ混ぜになりすぎて、何が何だか、分からない。


「―――…落ち着いたら、また話をしよう。でも、これだけは覚えておいてくれ。僕もヘレナも、ソフィ、君を愛している。たとえ実の子でなくても、君は私たちの娘なんだ。」


 ルーウィンが悲しそうに、しかし、ハッキリと芯のある声で言い切った。


だけど、今の私には何も信じられない。12年も騙されていたのだ…。信じれるわけがない。


ルーウィンは悲しげな表情のまま、医務室から出て行ってしまった。


「あっ…――なぁ、ソフィ。」「ねぇ、ソフィちゃん…。」


 ピートとユキちゃんが話しかけてくる。

何だろう?慰めてくれるつもりなのだろうか?そんなこと、無駄なのに…。そんなことよりも、今は一人にしてほしい。


「ごめん二人とも。今は、一人にしてくれないかな…。…それに、二人も魔王の娘なんかと一緒に居たくなんてないでしょ…?」


 そうだ…私は人類の敵の娘…。そんなの、嫌われるに決まってる。


「お前なぁ!俺らがそんなことを気にするとでも…!」

「やめてあげて!ピート君…今は、そっとして置いてあげよう?」


 ピートは、怒っている…。怒りたいのは私の方なのに。

 ユキちゃんは、一人にしてほしいという思いが伝わったのか、ピートをなだめている。相変わらず優しい。


「でもっ…!…あぁ、クソっ!」


 ピートはユキちゃんになだめられて、不満そうにしている。

二人とも、とても大事な友達だ。いつも一緒にいたし、いつまでも一緒に居たいと思う。

…でも、私なんかと一緒に居たら、二人が危ない目に合うかもしれない。

 

――――もう、私とは合わない方がいいんだ。


「ありがと、ユキちゃん…。二人とも、もう来ない方がいいよ…。」


「ううん、すぐにまた来るよ。だって私たち…友達だもん…。」


 でも、ソフィちゃんはまた来ると言う。

 “友達”、その言葉が心の中へとスッと入っていく。

とても、嬉しかった。でも、友達ならばなおさらユキ達を危険にさらすわけにはいかない。


 きっと、冒険者になる夢も叶うことは無いだろう…。


 そうなると、森の中で一人ひっそりと生きていくしか、道は無いようにさえ思えてきた。

 私は、これからどうすればいいのだろう?


「…なにも、分からないよ…」

勝手に出てきたその言葉は、不安をそのまま形にしているように、不安定なままで消えて行ってしまった。

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