第12話 子どもたち

(……――――ァァァぁぁぁアアアあああ!よっ…と!)

ヒュ―――――――――――――――――ポトッ


 短期間に数度目の落下である。今度は、うまく足から着地することが出来た。


(ふぅ、今度はうまく着地できたな。…慣れたくないのに、段々慣れてきた自分がいる…。さぁて、ここはどこかな~?)


 周囲を探知してみると、いくつかのブロックに仕切られた広い空間だということがわかる。今いる場所は、1メートル四方の壁で囲われた狭い空間だ。壁際に一つの四角い穴が開いており、その中は、かなりの広さの中にゲル状生物が2,3匹いるだけだ。おそらく、ぼっとん式の便所だろう。ゲル状生物はおそらくスライムで、落ちてきた排泄物を餌にしているものと思われる。人が故意に入れたのか、勝手に侵入してきたのかは知らないが、こいつらのおかげか全く臭くない。


 この地下空間の内部にかなりの人間が居るということは、ここが避難所で間違いないだろう。そしておそらく、落ちてきた穴は換気口だったのだろう。


(避難所って言うよりは、地下シェルターみたいな感じだな。いや、地下シェルター見たことないけど。ここなら、地上で暴れられても、よほどのことがない限り安全だろうなぁ…。異世界ってすげぇ。)


 いつまでもトイレにいる意味は無いので、外へ出てソフィを探す。

実は、周囲を探知していた時に、ある程度の目星はつけているのだ。この空間は、いくつかの仕切りで分けられていると前述したが、その仕切りの配置が、なぜかホテルのような宿泊施設に似ているのだ。


 入り口と思わしき階段があり、そこから下りてきたところにロビーのような広い空間がある。いま、ほとんどの人間はこのロビーのような場所に集まっていた。

 そのロビーから長い廊下が何本も伸びており、左右対称に部屋が並べられていた。廊下は、一番端ですべて繋がっており、そのつながった場所からはさらに仕切られて小さなホールのような場所がある。その中には、ロビー程ではないが人が集まっている。ロビーより露骨にグループ分けがされているため、こちらは子供が集められた場所だと考えられる。

 トイレは、ロビーに面したところに左右に6個づつの計12個、廊下の端側に10個ほど設置されている。因みに、今いるトイレはロビーの階段に一番近い側で、子供部屋と思わしき場所から一番遠い。


 これが、避難場所の大雑把な全景だ。なぜこのような形にしようと思ったのかは知らないが、避難所という感じが全くしない造りである。


(あー…ソフィがいるらしきところは一番遠いな…。とりあえず、天井を伝って行ってみるか。たぶん、見つかったら殺される…。)


 トイレの扉(引き戸)の上部の僅かな隙間に体をねじ込んでいく。隙間は1センチほどしかないが、体が柔軟なのか、頭さえ入れば後はヌルッと抜け出すことが出来た。


 天井に張り付いて、カサカサとロビーから廊下の方へと伝っていく。バレたり落ちたりしたら一貫の終わりなので慎重に進んで行くが、ゴキボディは簡単に天井を進んで行く。ふつうに床を歩く感覚と全く変わらずに歩けるため、落ちる心配は全くなさそうだ。



 カサカサを天井を伝っていくと、あっけなく子供部屋の前まで着いてしまった。子供部屋も、トイレを出る時と同じ要領でヌルッと侵入する。ふつうのゴキブリに同じことは出来ないだろう(そう信じたい)。ファンタジー世界とは凄まじいものである。


 子供部屋の中は乱雑としていた。なぜか、滑り台やジャングルジム、ブランコまであるのだ。子供部屋というよりは、公園と言った方が正しいような気がする。

 その子供部屋の奥の端っこの方に、ソフィはいた。どうやら、友人2人と一緒にいるようだ。


(って、あの子友達とか居たのか。まぁ、忘れっぽいだけで悪い子じゃなさそうだし、いるのは当然なのか?―――あら?さっきからソフィのことをチラ見してるデブがいる。ははぁん、もしかして…アレかな?フフフ、あの子も隅に置けませんなぁ。まぁ、見た目だけ見ればかわいいもんな。)


 他にもいろいろ気になる点はあるが、とりあえずソフィと合流することにする。忘れられてたことへの文句もまだ言えていないのだ。


 スススッっと天井伝いに近寄って、ソフィの頭上に到達する。高さは5mほどとかなり高い天井だが、数百メートル落下した身からすれば、大したことは無い。そのまま狙いを決めて真っ逆さまに落っこちた。目指すは、ソフィの頭の上だ。


(うおぉぉぉぉ!忘れられ置いて行かれた怒りの空中殺法!)

ヒュ――――ポト


「きゃぁっ!?何事!?」


「そ、ソフィ、お前っ、頭!頭!頭にっ…!」


「あ、あわわわわ…虫、苦手…」ガクッ


三者三様の反応を示している。状況が見えている少年と少女は若干怯えているようだ。やっぱり、こっちの世界でもゴキブリは嫌われ者らしい。


(てめぇ、くらぁ!よくも置いていきやがったなこの野郎!)


「あっ、その声は虫さん!無事だったんだね、よかったぁ!」


(よかったぁ!じゃ、ありゃせんわボケェ!こっちはなぁ、色々あったんだぞ!?お前を追っかけて外に出たら山に飛ばされてカマキリに食われそうになったり、蛇に食われそうになったりぃ!)


「えぇ…嘘だぁ。」


(嘘ちゃうわ!そもそも、お前は俺のこと忘れすぎなんだよ!イノシシの時と言い、さっきのことと言い!)


「ちょ、ゴメンって。そんなに怒らないで?」


「そ、ソフィ…。お前、なんで一人で喋ってるんだ?ローチへの恐怖でおかしくなったか?」


「おかしくなんてなってないわよ!あっ、ちょうどいいわ、ピート。この子がさっき言ってた喋る虫さんだよ!虫さん、コイツはピート。私と同い年の泣き虫よ!で、そこで伸びてるのがユキ。なんと、この年でもう回復魔法が使えるの!」


(あ、あぁ、よろしく。回復魔法なんてあるんだな。流石、ファンタジー…。)


「ふふん、凄いでしょ~。ユキは私の親友なの!ほら見なさい、ピート!私の言った通り、虫さんは喋れるでしょ!?」


「いや、何も聞こえないんだけど?前々からおかしいと思ってたけど、とうとう末期か。…頭がおかしいのって、回復魔法で治るかな?」


「頭はおかしくないわよ!聞こえないの!?虫さんがこれだけ喋ってるのに!」


「喋るも何も、口すらついてないのにどうやって喋るって言うんだよ。」


「むぅぅぅ!ほんとに喋るのにぃ!虫さん!このアホピートになんとか言ってやって!」


(何とか言えて言われてもなぁ。ピート君が言ってることが正しいしなぁ。そもそも、俺の言っていることがわかるソフィがおかしいんだと思うよ?)


「ガーーン!虫さんまでそんなこと言うんだ!裏切者!意気地なし!へっぽこ!」


「いや、虫さん、なんて言ったんだよ。流石に可愛そうになって来たぞ。」


「うぅぅ…」

失神していた少女…確か、ユキとか言っていたか。が、意識を取り戻した。どうやらソフィは、失神していたことにすら気づいていない様子であった。


「あっ、ユキ!ねぇねぇ、酷いんだよ!ピートと虫さんったら、揃って私をいじめるの!」


「(いやいや、イジメてないから)」

人聞きの悪い言葉に、一人と一匹が綺麗に揃って反応した。


「んうぅ…なぁに?ソフィちゃん。虫さんって何の……きゃぁぁぁぁぁ!」

ユキは、まだ意識がはっきりとしていないのか、目をこすりながらソフィの方を見る。そして、手の上に乗っているローチを見つけて叫び声を上げた。


「えっ?えっ?どうしたのユキちゃん!」


「そ、そそそ、ソフィちゃん、そ、その手の上に乗ってるのって…」


「ん?虫さんがどうかしたの?」


「わ、私、虫キライなのぉ!近づけないでっ!ピートっ助けてぇ!」

ユキは、あまりの恐怖に、ピートの背中へと身を隠した。


「お、落ち着いて、ユキちゃん。虫さんはこう見えても、悪い虫さんじゃないから。ほら!虫さんもなんか言って!」


(いや、俺が言ってもソフィ以外には伝わらないって、ピートで分かっただろ?そもそも、虫が嫌いな人に、嫌いなものの中で最悪であろう虫を見せつけるんじゃありません。)


「何言ってるの!虫さんが頑張ったら通じるの!ほら、頑張って!」


 根性論ではどうにもならないような気がするが、子供相手では論理的に説明しても無駄だろう。子供相手と言ったがこっちは生まれたてだし、そもそも元の頭も良くないので論理的な説明は無理なのだが。

 とりあえず、適当に従って受け流すことにした。


(はいはい…頑張るってもなぁ…ハァ……通じろ~通じろ~伝われ~伝われ~)


「まだまだ!もっともっと!」


(はいはい、伝われ~伝われ~』

適当に念じたら、途中から明らかに思念に異変があった。と言うか、音が伴った。


「「『えぇぇぇ!?喋ったぁぁぁぁぁ!!!』」」

あまりの驚きに、全く同時に声を上げる二人と一匹。それと、なぜか誇らしそうなソフィがいた。


「ふっふ~ん、やればできるのよ!ほら、ユキ、ピート、私は嘘ついてなかったでしょ!」

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