第10話 ”蛇”  帰ってきたゴキブリ

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~side???~


“ソレ”は、深い水の底に住んでいた。


 日の光がほとんど届かない水の底で、巨大に成長した体をとぐろ巻いて静かに水へと自分の“力”を垂れ流し続けていた。

 自分の“力”に満たされた水の中は、生半可な生物では生存できない、静かで快適な空間であった。

 だが、ただ一つだけ問題があるとすれば、食料となる生物が全くと言っていいほどいない事か。

 自分は新鮮な肉しか食べることは無いため、時々心地よい水から出なければならない。まぁ、腹が減って死にそうになるまでは水から出ることはほとんどないが。


 ある日、“ソレ”は強烈な空腹と美味しそうな匂いに釣られて目を開けた。

水の中まで漂ってくるその匂いは、今まで嗅いだことの無いような不思議な匂いを出している。おそらく、水の上にいるのだろう。


    是非食べなくては


 そう思い、久しぶりに体を動かしていく。どうやら、夜のようだ。


    好い


そう、思った。

 “ソレ”は夜の方が好きだった。生まれついた体質なのか、昼は眩しすぎ、日の光はやや不快に感じる。昼の方が暖かく過ごしやすいが、それ以上に日の光に対する不快感が強く、昼間に活動することを敬遠していた。


 深い深い水の底から、ようやく顔を出す。


 久しぶりの水の外は、水の中と同じように周りに“力”が渦巻いており、水の周囲の植物を押しのけていた。以前は、もっと近くにまで植物が発生していたものだが。


 美味そうな匂いは周囲に充満しており、元を特定できないでいた。

湖のまわりをグルグルと回りながら、周囲にいた生物を眺めてみる。今まで見たことのあるモノばかりで、匂いの元となりそうなものは無かった。


 グルグルグルグルグルグル―――――………


 段々、生物たちに近づきながら嗅ぎ分けていく。何周も何周も回りながら見てみるが、さっぱり分からない。


    あぁ、じれったい。もう、いい。


 この何とも言えない匂いと異常な空腹のせいで、まともな判断力が奪われているような気さえする。めんどくさくなったので、手当たり次第に食べてみることにした。

 まずは、一番肉付きのよさそうな牙のある四つ足だ。どうせ、自分の体から出る圧で逃げなどできはしないのだ。ならば、すべてを喰い尽くせばいい。


    違う…!これじャナイ…!ホカ…の…!


 一口で四つ足を食べると、限界を迎えていた空腹が一気に爆発した。手当たり次第に生き物を食べる食べる食べる。今まで食べていなかった枯葉のような生物でさえ食べる。

 しかし、強烈な飢えは癒されるどころか、さらに強くなっていくばかりであった。


    違う…違ウ…ちがうチガウチガウチガウ・・・!!!


 だんだんと意識がボンヤリとして来て、すべてのモノを喰らい尽くそうとする。

その獲物の中に、一匹だけ圧から逃れたのがいた。

 その獲物は、体は粒のようなものだが、自分の圧から脱出することが出来たのだ。きっと、素晴らしい味がするだろう。

 ここで、コイツが充満した匂いの原因であると謎の確信を得た。そんなはずもないのに、である。


    マテ…逃ゲルナ…喰ラウ…!


 相当な速さで逃げる粒のような黒い生物を追いかける。その姿は、明るい月明かりに照らされてなお、黒すぎてよく分からない。ただ、頭から長い毛があることだけはしっかりと分かった。

 その長い毛をなびかせて、自分と同じぐらいの速さで逃げていく。

途中、何度も何度も別の奴に邪魔をされたので、喰らってやった。だが、食べても食べても満足することなどできない。


 ヤツは逃げようとしてか、さらに加速する。そしてその勢いで高く高く月まで届くのではないかというほど高く、跳んだ。


    マテ!喰ラウ!


逃げられてなるものかと、大きく口を開いて空まで追っていく。

すると、ヤツは空中でクルリと向きを変え、その腹には緑の――――…



 右目に激痛が走る。視界が半分しかない。

分からない。何があった? 痛い。攻撃された? 見えない。ヤツはどこだ?

 奴が飛んで行った空へと意識を向ける。夜の闇よりも黒いナニかが月明かりに照らされて飛んでいく。


    逃ゲラレタ


 その思いが頭の中いっぱいに広がって行く。

今まで、一度も狩りに失敗したことの無い白蛇にとって、逃げられたことは衝撃であった。だが、同時に愉快でもあった。


   逃ガサナイ!


 あの不思議な匂いはうっすらと残っている。自分ならそれを追うことも可能だ。飛んでいるヤツに追いつくことは出来ずとも、追いかけていくことは出来る。


 残り香に誘引されて、巨大な“ソレ”は、長い体をうねらせて山を這い下りて行く。見つからないように、ゆっくりと。その後ろに、多くの生物を従えて。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



(………―――ァァアアアああああああアアアアアア!!?)


ヒュ――――――――――――――ポトッという音と共に、傍目にはとても間抜けに見え、当事者からすれば地獄にも等しい落下は終了した。

かなりの高さからかなりのスピードで落下したが、


 山で、散々な思いをしながら、やっと村を見つけることが出来た。

出来はしたのだが、そこは村の遥か上空。着地の方に問題があった。軽い体は簡単に風に流されそうになり、姿勢制御と方向維持だけでも大変なのだ。

 なので、まともに着地体制を取ることもできずに着地する羽目となった。


(あぁぁぁ………怖かったぁぁぁ!!!)


 おそらく、400mは落下したであろう。ジェットコースターの比ではない恐怖体験に、寿命が10年ほど縮まったような気がした。

 だが、400mもの上空から落下したにしては元気…どころか、無傷である。体の軽さもあるのだろうが、流石生命力にだけは定評のあるゴキボディと言えよう。


(ふぅ…って、眩しっ…あぁ、日の出か。もう朝なのか。ここはどこだろ?)


 地獄の空中散歩をしているときには気が付かなかったが、既に太陽は山間から顔を出して、村を鮮やかに照らし出している。 

 今現在の位置を確認しようとしても、そもそも家の外に出たことがなく、村の地理など露ほども知らないため、迷子状態であった 。

 とりあえず、人に見つからないように狭い隙間へともぐりこんだが、早々にソフィと合流したいものである。


(はぁ…ソフィ、完全に俺のこと忘れていったもんな。あ、さっきの戦闘でかなりの血が付いたんだよな。ソフィに会う前に綺麗にしておかないと、心配させちまうよな。)


 そう思い、体の隅々まで綺麗に掃除する。と言っても、舐めとるだけだ。さらに、この体の構造上、うまくできるのは触角部のみで、他は全くできない。仕方がないので、触角をうまく使って体についた汚れなどを落としていく。


 一通りの身だしなみを整えたところで、急に体に違和感が現れ始めた。

何やら、体の内側から何かが膨張して、殻を突き破ろうとしているようだ。

背中からメリメリと音を立てて新しい体が現れていく。体をスルッと殻から抜くと、後には半透明の黒い抜け殻があった。


(うえっ!?なんだ、脱皮か⁉なんで急に?もしかして、レベルアップして進化したとか?いや、そんな摩訶不思議なことがあるわけ……あ、ここ異世界か。じゃあ、有っても不思議じゃないね。うん…ホントなんだろ?)


 実際に、体に起こった変化は進化に相当するものであった。

進化とは本来、環境の変化や生活の変化に適応するために何世代にも渡って変化を重ねていくものである。しかし、魔力という不思議な力が、1世代にして進化するという体に負担のかかる行動を可能にした。

 まぁ、進化とは少し違い、どちらかと言うと変態に近いものであるのだが、細かいことは気にしないでおこう。

 さらに言うと、実はネズミの血を飲んだ後にも進化をしていたのである。寝ていて気づかなかっただけで。


(まぁたぶん進化かぁ?テンション上がるわぁ。ゴキブリじゃなかったら。……脱皮の殻がまんま前の姿じゃん、キメェ。というか、進化ならどこかが変わってるよな?どこだ?)


 しかし、前足がカマみたいになっているとか、顎が凶悪になっている、などの大きな変化はほとんどなく、少し羽が大きくなって、サイズも一回り大きくなった程度であった。


(っち。なんだよ。急に脱皮するから、もっと大きく変わるかと思ってたのに…。期待外れだわぁ…。って、なんか、周りがはっきり見えるぞ?――――っあ!目が良くなってる!)


 だが、変化は見えるところだけに現れるものではない。今まで、目が良くないために、匂いで周囲の状況を把握していたのだが、進化したことによって目が発達し、前世と変わらない程度には見えるようになったのだ。


(やった!もうすでに馴染みすぎてて気付かなかったけど、目が悪かったんだよ!いや~良かった良かった。嬉しいな。――――――ところで、この抜け殻どうしよ?なんか、食べるって聞いたこともあるけど―――…うん、生理的に無理。)


 仕方がないので、背負って行くことにした。ついでなので、余ったカマキリのカマは抜け殻の中に突っ込んでおく。


(うっし、これで良し。…良し?―――うん。良し良し。)


 抜け殻の背から少しカマが出ていて貫かれたように見えたり、紐で簡単に縛り付けているだけなので、凄くズレて動きにくいこと以外に問題は無いので良しとする。いや、この二つでも十分な問題なのだが。


(さ~て、ソフィはどこかな~?確か、避難所とか、村長の家とか言っていたなぁ。探してみるかぁ。)


 こうして、ソフィと合流するために町をフラフラと散策し始めるのだった。

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