《 第23話 きみがいないとつまらない 》

 ゴールデンウィークが終わって1週間が過ぎた。


 今日は金曜日だ。これといってイベントのない、いつもと変わらない1日になると思っていたが――



「……あれ?」



 教室に入ると、柚花の姿が見当たらなかった。


 しばらく待ってみたが、トイレから戻ってくる気配もない。


 昨日の放課後は柚花の家でレースゲームを楽しんだ。食事休憩を挟んで21時頃に帰ったが……俺が帰ろうとしたときに「勝ち逃げはズルいわよ! 泊まりなさい!」って呼び止めてきたし、悔しくて遅くまで練習したせいで寝坊してしまったのかも。


 けっきょくチャイムが鳴っても姿を見せず、沢城先生がやってきた。


 そして「鯉川さんは風邪でお休みです」と告げられる。


 学校内では話さないようにしてるけど……あいつが近くにいるのといないのとでは大違いだ。


 柚花のいない1日はとても退屈に感じられ、心配で授業に身が入らない。


 柚花が俺と同じ気持ちかはわからんが……最近はずっとふたりで過ごしてるんだ。ひとりでいるのは退屈なはず。見舞いに行ってやろうかね。


 そんなわけで放課後――。教科書をカバンに詰めるクラスメイトを横目に、柚花にメールを送ってみた。



【お疲れさん。体調はどんな感じ?】



 いつもならすぐに返事が来るのに、5分待っても音沙汰なしだ。


 帰りながら連絡を待とうと席を立ったところで、ようやくケータイが振動した。



【きつい】



 ずいぶんシンプルな返事だな……。


 文章の短さからも、気怠げな様子が伝わってきた。



【お見舞いに行こうか?】


【来なくていい。風邪移るかもだし】


【だいじょうぶだって。バカは風邪を引かないって言うだろ?】


【たしかに】



 素直に認めるのかよ……。


 まあいいけどさ。



【なにか欲しいものは?】


【フルーツ食べたい】


【りょーかい】



 ケータイをポケットに入れ、急いで学校を出る。


 スーパーに立ち寄り、桃缶とバナナとヨーグルトとスポーツドリンクを購入。家に寄らず、そのまま柚花のマンションへ。


 エントランスで部屋番号を入力してチャイムを押すと、「入っていいわよ。カギも開けとくから」と鼻声がする。


 声を聞いて心配になりつつエレベーターに乗り、柚花の部屋へ。



「お邪魔しま~す。……柚花~?」


「……こっち」



 小さな声が聞こえてきた。


 リビングに入ると、柚花はソファに座っていた。


 ジャージ姿だ。顔が赤らみ、さっきまで寝てたのか、髪の毛がぼさっとしている。


 きつそうな姿を見ていると、心が苦しくなってくる。



「体調はどうだ?」


「まだきついわ……。ほんとに風邪移らない?」


「平気だって。バカなんだから」


「そんなの迷信じゃない」


「だったらなんでメールで納得したんだよ」


「だって……寂しかったから……」


「じゃあ来て正解だったな。昼飯は食べたか?」


「食べてない……。朝からずっと寝てたから」


「悪い。俺のメールで起きちまったのか」


「謝らなくていいわよ。来てくれて嬉しいんだから。なに買ってきてくれたの?」


「桃缶とバナナと、あとヨーグルトとスポーツドリンクだ」


「ありがと。お金払うわ」


「いいって。台所借りるぞ」


「うん。缶切りは戸棚の一段目にあるから」


「はいよ」



 皿に移した桃とバナナにヨーグルトをかけ、スポーツドリンクをコップに入れて、テーブルへ運ぶ。


 柚花がソファの端に移動していることに気づき、わずかなスペースに腰を下ろす。



「……昔みたいに食べさせてくれる?」


「もちろんだ。ほら、口開けて」


「ん。……美味しい」


「そりゃよかった」



 かなりダルそうにしているが、食欲はあるようで一安心だ。


 スローペースながらもすべて平らげ、食器を片づけてソファに戻る。



「熱はどれくらいあるんだ?」


「熱は……たしか今朝は37.6℃だったわ」


「もうちょい上がってそうだな。体温計はどこだ?」


「ベッドの上……枕元にあるわ」


「枕元ね」


「汗かいたから、あんまり匂い嗅がないでね?」


「そんなことしないって」



 寝室へ体温計を取りに行き、柚花に渡す。


 すると柚花は、ジャージを脱いだ。鎖骨から胸の谷間までしっとり汗ばんでいて、ノーブラなのかインナーには胸の形がくっきりと浮き出ていた。


 パンパン!


 思いきり頬を叩き、煩悩を追い払う。



「ど、どうして顔叩いてるの?」


「柚花の風邪が早く治りますようにって祈願したんだ!」


「手を叩いてお願いしないと……赤くなってるわよ?」


「柚花ほどじゃないって」



 パチパチ。



「なんで手を鳴らすんだ?」


「航平の顔が早く良くなりますようにってお祈りしたの」


「その言い方だと俺がブサイクみたいに聞こえるが……」


「あたしは好きよ、航平の顔」


「そ、そか。ならいいんだが……とにかく、さっさと熱測ろうぜ」



 腋に体温計を挟み、待つことしばし。


 ぴぴぴ、と体温計が鳴る。


 見せてもらうと、38.2℃だった。



「高いな……。病院行くならタクシー呼ぶぞ」


「やだ。お家にいる」


「じゃあ寝てろよ」


「……寝るまでそばにいてくれる?」



 風邪で弱っているからか、柚花は甘えん坊になっている。


 頼られるのは嬉しいので、俺は快諾するのだった。


 柚花をベッドに寝かしつけ、椅子に腰かける。もっと近くにきて、と手招きされ、ベッドの横に座りこむ。


 今日はとことん甘えるモードだな。



「せっかくだし、子守歌でも歌ってやろうか?」


「いい。59点だし」



 冗談で言ったのに、強烈なストレートをお見舞いされた。


 2曲目は62点だっただろ……。



「今日はゆっくり寝て、早く風邪を治せよな。柚花がいないと退屈なんだから」


「うん。あたしも航平に会えないとつまんないから。今日は来てくれてありがと」


「いいって。風邪が治ったら遊びに行こうぜ。どこか行きたい場所とかあるか?」



 柚花はぼんやりとした眼差しで天井を見上げ、行きたい場所を考えている様子。


 そして思いついたのか、ぼそっと言った。



「バーに行きたい」


「バーって……俺たち高校生だぞ。てか柚花、バーに興味とかあったのか?」


「航平につれてってもらったから……」


「あ~……そういや1回だけ行ったな」



 成人記念に背伸びして、はじめてのアルコールはバーで摂取することにしたのだ。


 オシャレな雰囲気に馴染めず、バーに行ったのはその一度きりだけど。


 でも、記念日を柚花と祝えたのは本当に嬉しかった。



「成人したら再挑戦してみるか」


「うん。20歳になるのが楽しみ」


「俺もだよ。で、ほかに行きたい場所は?」


「だったら……公園がいい」


「公園?」



 バーの次が公園って、振り幅がすごいな。


 べつにいいけどさ。公園ならいくらでも候補があるし。


 まあ、うちの目の前の公園だけはやめてほしいけど。あそこで柚花と過ごしたら、家族に見られてしまうから。



「よし。風邪が治ったら公園行くか」


「うん。そのあとボート漕いで、映画を観て、ボーリングして、買い物して、ケーキ食べたい」


「行き先に統一感がないな……」


「でも楽しかったわ。すっごく、すっごく……」



 にへら、とだらしなく頬を弛緩させ、柚花が幸せそうに笑う。



「楽しかった?」


「航平がつれてってくれたから……」


「……ああ、そっか」



 思い出した。


 公園を散歩して、ボートを漕いで、映画を観て、ボーリングして、買い物をして、ケーキを食べて帰る――。


 俺と柚花の初デートだ。


 デートでなにをしたらいいかわからず、とにかく柚花が楽しんでくれそうなものを詰めこみまくり、1日がかりになってしまったのだ。


 以降はシンプルなデートを心がけるようになったけど、同じ場所に行きたがるってことは、楽しんでくれてたってことか。



「前回と同じ場所に行くなら、日帰りは無理だろ」


「だよね……言ってみただけだから、気にしないで」


「早とちりするなよな。まったく同じ場所は無理だけど、近くに条件満たせる場所がないか探してみるよ」


「ほんと?」


「ほんとほんと。だから今日はもう寝て、早く体調治してくれ。ちゃんとそばにいてやるから」


「……いつまでそばにいてくれる?」


「柚花が満足するまでだ」


「……ありがと」



 柚花は安心したように目を瞑り、幸せそうに寝息を立て始めたのだった。

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