《 第13話 記念が多い1日 》
映画館はショッピングモールに併設されている。
フードコートで昼食を済ませると、俺たちはチケット売り場を訪れた。
目当ての映画はキミウタだ。
正式タイトルは『君に歌声を届けたい』。長らく続く宇宙戦争を終わらせるために各船団から選抜されたアイドルがマイク片手に戦場を駆け巡る作品で、キャラソンは全キャラコンプリート済みだ。
自動券売機のほうへ向かい、タッチパネルを操作する。
「学生料金で鑑賞できるって得した気分だな」
「学生のうちにいっぱい観とかないと損ね」
「だな。席はどこがいい? やっぱ真ん中中段?」
「……今回はペアシートにしない?」
えっ? ペアシートだと!?
まさかの誘いに、タッチパネルを誤操作しかける。
「な、なんでだよ? ネカフェと違って座席余ってんだぞ」
「友達になった記念よ、記念。あとペアシートだと肘掛け上げられるし……」
「肘掛けを上げてどうするつもりだ? ま、まさか俺にもたれかかるのか?」
「そ、そんなカップルみたいなことしないわよっ。ただほら、あたしたちっていつも映画観るときポップコーンひとつだけ買うじゃない? 肘掛けがあると手が引っかかって邪魔なのよっ」
まくし立てるように言って、柚花がペアシートを選択する。
ペアシートはシアターの両端にある。個人的に隅っこだと観づらいが……たまには隅っこも悪くないか。
入場を済ませ、来場者特典を受け取る。
「特典いつ開ける?」
「映画が終わってからにしようか」
しゃべりながら売店へ向かい、劇場グッズをチェックする。
「なにも残ってないわね」
「さすがに公開終了間際だからな。ま、俺は手に入れたけど」
「いつ?」
「12年くらい前。たしか公開初日に観に行って、全キャラのキーホルダーと、あとシャーペンを買ったと思う」
「シャーペンとか持ってたっけ?」
「家で使ってるんだよ。欲しいか?」
「な、なによ。またマウント取る気?」
「そんなんじゃねえよ。欲しいならやろうと思って」
「……」
「黙りこんでどうした?」
「急に親切にされると気味が悪いなって」
「ひとがせっかく優しくしてるのに……。ほら、今日は友達になった、いわば記念日だろ? だからやろうと思ったのに、気味が悪いってお前……」
「い、いい意味で気味が悪いのよっ。くれるならもらうわ。ありがとね、航平」
急にほほ笑まれ、どきっとした。
冷え切った夫婦生活が長く続いて忘れがちになってしまうが……柚花って、笑うとめちゃくちゃ可愛いんだよな。惚れたきっかけも笑顔だし。
「黙りこんでどうしたの?」
「急に笑顔になられると気味が悪いなって。……良い意味で」
眉をつり上げられたのでつけ足すと、柚花は「あと5秒遅ければ脇腹小突いていたところよ」と表情を和らげる。
コーラふたつとポップコーン(塩味)ひとつを購入し、シアターへ。
ふたり掛けの席に腰かけ、肘掛けを上げ、真ん中にポップコーンを置く。ほどなくして長いコマーシャルが始まり、キミウタが幕を開けた。
初っ端からライブシーンでいきなりテンションがマックスだ。ハマってた思い出が蘇り、高校時代に戻った気分。懐かしさを感じつつポップコーンに手を伸ばし――
ぴた、と指と指とが触れ合った。
「――ッ!」
慌てて手を引っこめてしまったが……これだと柚花を意識してるみたいじゃね?
俺に意識されていると勘違いして、ぎくしゃくしなければいいんだが……。
再びポップコーンに手を伸ばすと、さらりとした感触が。これは柚花の手の甲だ。
「……」
「……」
意識していると思われるのが嫌で、今回は手を引っこめない。さっさと払いのけてくれればいいのだが……なぜ手を引っこめないんだ、柚花。これじゃ俺がお前と手を繋ぎたいみたいじゃないか!
すでに1分が経過している。手を離すタイミングを逃してしまった。
いまさら遠ざけるとよけいに意識していると思われかねない。
……けっきょく手を離したのは、シアター内が明るくなってからだった。
どちらからともなく手を遠ざけ、チラッと横顔をうかがうと、柚花の頬は赤らんでいた。たぶん俺の頬も……。
「ど、どうしてずっと手を握ってたわけ?」
「べ、べつに手を握ってたわけじゃ……ポップコーン取りたかっただけだ」
「さっさと取ればよかったじゃない」
「柚花の手が邪魔で取れなかったんだよ。柚花こそなんでおとなしくしてたんだよ」
「航平に気を遣ってあげたのよ。あたしが手を払いのけたらショックで何日も寝込むでしょ」
「そんな何日も寝込まねえよ」
「……ショックなのは否定しないんだ?」
「ま、まあ……多少はな。それよりポップコーンどうする?」
「ベンチで食べましょ。ついでに特典も見たいわ」
俺たちはシアターを出て、トイレ横のベンチに腰かけた。
特典を開け、ほうけてしまう。
「なんだこれ……」
「どれ? ……ふふっ、真っ暗ね」
「よりによって宇宙って……。柚花はどうだった?」
「ライブシーンよっ!」
「マジで!? まさか序盤のライブか!? ……なんだこれ」
「だからライブシーンよ」
「モブの観客じゃねえか」
「ライブはライブよ。この勝負、あたしの勝ちねっ。というわけで、ひとつお願いを聞いてもらうわ」
「そんな約束した覚えがないんだが? ……ちなみにお願いって?」
「カラオケに行きたいわ。その、友達になった記念に……。だめ?」
「いいよ。俺も歌いたい気分だし」
序盤のライブシーンしか集中して観られなかったが、気分が盛り上がったからな。やっぱキミウタは名曲揃いだ。カラオケで熱唱したい。
ポップコーンを平らげると、俺たちは駅近くのカラオケ店へ向かった。
「とりあえず1時間でいいよな?」
「それでいいわ」
受付を済ませ、ドリンクバーでジュースを注ぎ、個室に入る。
「キミウタ縛りでいいわよね?」
「もちろんだ。柚花からいいぞ」
柚花はタッチパネルを操作。劇場版ソングはリリース前だが、アニメが2期あり、キャラソンも豊富だ。柚花が選んだのは俺の推しキャラのキャラソンだった。
しっとりとしたミュージックが流れ、甘い声で歌う。歌い慣れているだけあって、声質もキャラに近づけている。
まるで推しキャラが目の前にいるようで、ちょっとどきどきしてしまった。
「どうだった?」
「上手かったぞ。90点はありそうだ」
「もっと高いわよ」
「90点でも充分だろ。俺の耳に狂いはないって」
「だったら試してみましょ」
採点ゲームを選び、さっきと同じ歌を歌う。
結果は90点ジャストだ。
「ほらな。俺がどんだけ柚花の歌を聴いてきたと思ってんだ」
「……この採点、壊れてるんじゃない?」
「機械のせいにするなよ。実力だろ? 次、俺の番な」
キミウタ1期のエンディングを選び、心をこめて熱唱する。
結果は59点だった。
「やっぱり機械壊れてるかもな」
「機械のせいにしないの。これが航平の実力なのよ」
「ま、まだ実力を発揮できないんだよっ。俺の一番得意な曲はリリースされてないんだから」
かといって、50点台はショックだ。せめて70点は取らないと格好がつかない。
好きな曲を選んでみたが、62点とこれまた低め。高得点を連発する柚花に焦りを抱き、高得点が狙えそうな曲を探しつつ、オレンジジュースを飲む。
「あっ、それ……」
「ん? ……あ」
やべっ。これ柚花の飲みかけジュースじゃねえか。
「ご、ごめん」
「い、いいわよべつに。ていうか、どぎまぎするのやめて。間接キスを意識されてるみたいで気まずいわ」
「べ、べつに意識とかしてねえよ!」
「どうかしら? ポップコーンのときも思春期みたいな反応だったじゃない」
「それはお前も同じだろ!」
「あたしは堂々としてたわよっ!」
「してない!」
「してた! 疑うなら証明してやるわ!」
「どうやってだよ?」
「こうやってよ!」
こちらに詰めより、ぎゅっと手を握ってきた。
「な、なにしてんだよ!?」
「ほらやっぱり意識してる! 顔赤くなってるわよ?」
「お、お前だって赤くなってるだろ!」
「な、なるわけないでしょ! あたしたち夫婦だったのよ? いまさら手繋ぐくらいどうってことないわ!」
「夫婦だったときも顔赤らめてただろ!」
「あたしがいつ赤面したのよ!」
「はじめて腕枕したとき、顔赤くしてただろ!」
「それを言うならあんただって膝枕したとき赤面してたじゃない!」
「してない!」
「してた! 証明してやるわ!」
売り言葉に買い言葉。柚花はソファに座りなおすと、太ももをぽんと叩いた。
制服スカートから色白の太ももが覗け、どきどきが加速する。
「ど、どうしたのよ? 早く寝なさいよ……」
「わ、わかったよ」
どきどきしつつ、柚花の太ももに顔を近づける。
そのときだ。
「うわっ!?」
「ひゃあ!?」
突然コール音が響いた。
受付からの電話だ。
「い、いかがわしいことしてるって思われたんじゃないわよね!?」
「そ、そんなことしてないだろ! とにかく出るから静かにしてろ!」
監視カメラをチラ見しつつ、電話に出る。
……残り時間が迫っているというお知らせの電話だった。
「どうする? 1時間延長する?」
「うーん……。今日のところはやめとくわ。なんだか疲れちゃった」
「りょーかい」
リベンジは次の機会に持ち越しだ。
撤収作業を進めていると、柚花がチラッとこちらを見て、
「ね、ねえ……このあと、うちに来ない?」
「柚花の家に……? なんで?」
「な、なんでって……友達になった記念によ。……来る?」
柚花の家で、なにをするのかはわからない。
だけど柚花から離れるのが名残惜しくて、俺は首を縦に振るのだった。
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