蒼月 

咲屋安希

序章

序章

 

 底が見えないような大穴が、そこら中に空いていた。


 

 茶色い土くれと、少し前まですこやかに葉を茂らせていただろう樹木の緑が混ざり、凸凹の大地を形成していた。


 更にそこから突き出る大量の瓦礫は、元々ここには建物があったことを知らせている。


 まるで上空から激しい爆撃でも受けたような、土壌の上と下が強引に撹拌かくはんされたような、そんな状況だった。


 土や瓦礫が盛り上がった周囲には薄く、灰色の煙が漂っていた。


 何かが燃えくすぶり、そのきな臭さが漂ってきそうなビジョンだった。 



 空はべたりと墨汁を塗ったように黒かった。


 小さな星の、ほんの微かな瞬きさえなく、まるで救いの無い『絶望』を具現化したような夜空だった。



 正に荒れ果てた景色の中、誰かが背を向けて立っている。男か女か若いか年寄りか、よく見えない。


 その人物の足元に、人が倒れているのが見えた。


 その隣にも、またその隣にも、その向こうにも、また反対側にも。



 今まで見えなかったのか気付けなかったのか、派手に乱雑に掘り返された地面の上は、死体だらけだった。


 同じ白い着物を纏った死体が、ごろごろとそこら中に転がっていた。


 揃って死体が纏う白い衣装は、千年からの歴史を持つ名門霊能術家れいのうじゅか御乙神みこがみ一族の術師じゅつしの正装だった。


 手が欠け足が欠け、首が欠け胴がちぎれ、ぼろぼろの死体が累々と転がる地獄絵図が、その場にただ一人立つ人物の足元から広がっていた。


 一族の滅亡――視えたビジョンが、そう伝えてくる。先視さきみの術が視せる未来に愕然としていると、不意にビジョンが切り替わる。



 荒れ果てた景色も、屍の散る地獄絵図も消えた。代わりに視えたのは、一人の女性だった。


 一目で美しさの分かる女性だった。


 肌の白さや顔立ちの雰囲気からして、純粋な日本人ではないようだった。


 髪の色は暗めの金髪に見える。髪自体が輝いているような艶があり、染色ではない自然な風合いだった。


 ゆるくクセのある髪は背中程の長さで、左肩に寄せてゆるく束ねている。白い肌に良く似合う、いかにも手触りのよさそうな美しい髪だった。

 


 静かに微笑むその顔は、腕に抱く赤ん坊を見つめていた。


 我が子への深い愛情が映る、けれどもどこか影のある笑顔だった。


 

 女性に抱かれる赤ん坊に、背中が粟立つ寒気を覚える。これが先ほど屍の中に立っていた人物だとすぐに分かった。



 一族を殺し尽くす者とその母親。そこまで視えたところで、先視のビジョンは途切れた。

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