僕とだいだらぼっちの夏休み

紅りんご

第1話 

 そのおじさんに初めて会ったのは、夏休みが始まってすぐ。その日は夕方までの夏期講習を終えて、後は帰るだけだった。見たいテレビがあった僕は、公園を横切る近道を使うことにした。

 おじさんを目にしたのは、小ぶりなどんぐりを付けた木に囲まれた公園の真ん中、噴水の所だった。彼が目を引いたのは、くたびれたスーツを着ているからでも、異様に恰幅が良いからでもない。どこか普通の人とは違う、そう思わせる迫力があったからだ。

 だから僕は声をかけられた時、彼を無視できなかった。


「なぁ、君。」

「えっ、何ですか。」


 先を急いでいたはずの足が不思議と止まる。

 そこで初めて僕はおじさんと向かい合った。


「おじさん、誰ですか?」

「おじさんはだいだらぼっちだ。」

「だいだらぼっち。」


 だいだらぼっち、頭の中でもう一度唱えてみる。僕が知らないだけで、そういう職業があるんだろうか。

 困惑する僕の考えを見透かしたのか、おじさんは苦笑いを浮かべたまま立ち上がった。小学六年生の僕よりもはるかに大きい背丈、2メートルはあるのではないだろうか。平均身長しかない僕からすると、まるで巨人のようだ。


「どうだ、おじさんは大きいだろう?」

「確かに大きいですけど。」


 それが何なんですか、そう言いたかったけれど、怖くて口には出せなかった。おじさんの目には生気がなく、どこまでも深淵が満ちていた。思わず目を逸らすと、おじさんは困ったように笑った。


「ごめん。いきなり怪しい人に声をかけられたら驚くよね、普通。」

「もう僕、行ってもいいですか?」

「見たいテレビでもあるのかな?」

 

 どうして分かったのか。後から考えれば、おじさんが適当に言ってみただけだと気づけたのだろうが、その時の僕は目を見開いてしまった。僕の表情から答えを導いたおじさんは満足そうに笑う。


「じゃあ、また明日。」

「は、はい。」


 そこで初めて僕の足は動くようになった。広場にある時計はほとんど動いていなかった。どうやら間に合いそうだ。

 僕は一度も振り返ることなく、逃げるように走り出した。

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