第6話 チョコミントとコーヒーカップ!

 ぎろりと睨む俺。

「今、チョコミントを悪く言ったな!」

「ひっ! ごめんなさい!」

 高坂さんがびっくりして声が裏返る。

「これを食え! 絶対においしいと感じるはずだ!」

 俺は先ほどまで口にしたアイスを差し伸べる。

「え」

「食え!」

「は、はい!」

 間髪入れず俺は高坂の口にアイスを放り込む。

 甘くて冷たいアイスを頬張る高坂。

 そしてゴクンと飲み込む。

「歯み……」

「え?」

「お、おいしいですよ! それに間接……」

「なっ。わ、わたしも歯磨き粉の味だと思うんだ!」

 なぜか一緒になって言い出す明理。

「お前もそういうか! 食え! さすれば分かる!」

 今度は明理にアイスを食べさせる。

「うん。おいちい……」

 頬赤らめ、そんな呟きをする明理。

 なんでだろう? 赤くなっているのは冷たくなった口内を暖めるための生理現象だろうか。いやはや人間の身体はうまくできている。

「我も、我も!」

「なんだ? 菜乃、食べたくなったのか?」

「しょうがないなー。ほれ」

 俺はアイスを菜乃に食べさせる。

「いいかな。おいしいかな!」

 テンションの上がる菜乃。

 そんな要素はどこにあったんだ? 疑問はつきないが、チョコミントの味を理解してくれる同士がいてくれて嬉しい。

「お前も食べるか? たける」

「いや、お前の食いかけなんて嫌だね」

 そういってチョコチップクッキーのアイスを頬張る。

「それにチョコミントは好きじゃないんだ」

「? お前、チョコは好きだし、ミントも好きだろ?」

「そうなんだよ。あの二つを同時に食べるなんてありえないぜ!」

「な、なに!?」

「チョコのねっとりとした甘さがミントの爽快感を打ち消すばかりか、甘さも中途半端に伝わる。これはチョコとミントに対する冒涜だ。どっちも別々で食べるべきだ」

「いいや、この二つのマリアージュが織りなすとき、世界に祝福をもたらすのだろう。だからこそ、チョコミントというのは次元を超えたうまさを実現しているのだ」

「ふ、二人の言い分が分からないです」

「わたしも分からないわ」「かな……」

 高坂の意見に明理と菜乃が同意している。

 口論している間にアイスは溶け、二人の議論も終わりを迎えた。

「くそ。チョコミントを無駄にした……!」

「それはこっちの台詞、せっかくのチョコが……」

「お前は一生チョコを食っていればいいのさ」

「なんだと? そういうお前もチョコミントだけを食えよ?」

「なんでそんなことしなくちゃいけないんだよ」

「いや、お前自分の発言に責任もてよ!」

「記憶にございません!」

「政治家か!」

「文書による報告をお願いします」

「役所か!」

「何を言っているのかわからないが、俺は大変なことに気がついた」

「なんだ?」

「せっかくみんなと来ているのに、たけるばかりと話している」

 ベンチで呆けている明理、高坂、菜乃を見やる。みんな死んだ魚のような目をしている。

「いや、待たせたね。次行こうか?」

「次はどこがいいかな?」

「コーヒーカップ!」

「え。あのただ回るだけの装置?」

「嫌な言い方しないで! あれはあれで面白いのよ」

 明理が猛烈に推してくるコーヒーカップ。

 なら、それに乗ってみるのも一興か。

「よし、じゃあ、コーヒーカップへ!」

「ええ」「分かりましたわ」「かな」

「おれはそこらで待っているよ。今度はみんなで頑張りな」

「みんなで頑張る……?」

 俺たちはコーヒーカップの列に並ぶ。

 大きなカップの上に人が座り、中央のハンドルを回すことでカップ自体が回転を始める乗り物だ。

 なぜかジェットコースターとは違い、ちゃんとした説明がなされている。

 俺たちの番が回ってくると、俺、明理、高坂、菜乃の順でカップの椅子に座る。

「それでは出発~」

 案内人が声を高らかに上げると、コーヒーカップの台座が回転を始める。

「この程度の回転、何が楽しいのやら」

 俺は冷めた目でカップを見渡す。

「じゃあ、回転行くよ~!」

 明理が中央にあるハンドルを握り、そして勢いよく回す。

 と、カップは高速回転を始める。

「ぐっあぁぁぁぁあぁあ」

 その早さは三Gの力が加わるほどだ。つまり、俺の体重50キロの三倍、150キロの圧力を受けているのだ。

「えいえい!」

 明理が回すのをやめず、さらに回すことでどんどんと負荷がかかっていく。

「きゃあっぁぁぁっぁあっぁっぁ」

 高坂も青白い顔で必死にしがみついている。

「かなかなかなかなかんかなかなかなっかな!」

 菜乃はバグっておかしなことを言い始めているし。

 これでは楽しむどころではない。

 と、思っていたが、明理は楽しんでいるのか、にまにまと笑いながら回転させている。

 マズい。

 このままではもどしてしまう。

「明理、もういい。ここで止めよ!」

「あら。ぬるいわね。これからが本番よ!」

「へ。本番?」

「うりゃ!」

 ハンドルを回す手が早くなる。

 そのあと三分にわたる拷問をうけ、俺と高坂、菜乃はコーヒーカップから降りる。

「あー。楽しかった♪」

「そ、それは良かった……」

「つ、疲れたかな」「ええ。もうこりごりですわ」

「だから言ったろう? おれはいかない、って」

 たけるが乾いた笑みを浮かべている。

「こうなるって知っていたのか?」

「ああ。ここの遊園地名物、魔のカップだ。最高速度は時速300キロ。誰も体験したことのない世界をあなたにお届け! だったか。キャッチコピーは」

「誰だよ。あんなめちゃくちゃなの考えたのは」

「すいません」

「なんで高坂が謝るんだよ?」

 俺は疑問に思い高坂の顔を見る。

 と、苦悶の表情でうつむいている。

「そいつの家の系列会社だからな。この遊園地。つまりオーナーの娘ってことだ」

「え。マジで!?」

「は、はい。恥ずかしながら遊園地は初めてきました。現場の様子が分かり、大変勉強になりました」

「ほ、本当にそうなのかよ……」

「資産は10兆円を超えるとか」

「ほへ~。わたし、知らなかった。そんなにお金持ちだったのね」

「だから、我らのチケットも用意できたのかな?」

「そうです。私の我が儘を聴いてくれたお父さんに感謝です」

「しかし住む世界が違うな。これだけの遊園地を持っているなんて。感服するぞ」

「そうね」「かな」

「み、みなさん。そうかしこまらないでください。私は対等な関係を望んでいるのです」

「そうか。なら今日から〝高坂〟呼びでいいか?」

「え、ええ。それくらいかまいませんが、どうしてです?」

「いや、呼び名から変えるのが適切な距離のつめかたかな、って思ったんだ」

「わたしは明理、菜乃ちゃんも菜乃呼びだしね」

「……!? なら、私は〝真莉愛まりあ〟と呼んでください!」

「い、いやいきなりは無理だから」

「そ、そうですか……」

 残念そうにうつむく高坂。

「ほら。そろそろ次に行くぜ」

「ああ。そうだな。たける」

「と、言いたいが、そろそろ十二時だ。腹減っていないか?」

「そんなことありませんよ?」

「うん。わたしもまだだいじょ……」

 ぐぅうっぅぅうぅっぅぅぅぅ、とかわいらしい腹の虫を鳴らしたのは明理だ。

「お腹は正直ですね。いいでしょう。付き合います」

「かな。我も同意」

「俺もちょうど腹減っていたんだ。みんなでご飯だな」

「しかし、どこで食べるか……」

「近くの売店とかでいいんじゃないか?」

「いやいや、それはないっしょ。ちゃんと調べて行くべきだぞ、祐介」

 スマホを取り出し、内容を調べるたける。

 いいところあるじゃないか。

 もし。

 もしたけるに彼女らが惚れたら……? 俺はどう思うのだろう。

 俺はにぶちんらしいから、きっと二人が仲良くなっているのにも気がつかないのだろう。

 俺よりも勉強ができて、スポーツ万能で、趣味が多彩なたけるがモテない訳がないのだ。

 俺はまた奪われるのだろうか? それが悔しくてたまらない。


 俺の初恋はまだ終わっていないのだから……。

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