第25話:求愛されたのに凹むエルフ
タイカ王国・ダイエンジョー森林。
王都にほど近いこの森にある我らの隠れ里がついにバレて、存亡の危機に立たされてしまった。
我らが唯一の望みは、個人的には誠に遺憾ではあるが例のクソ皇子。
しかし、その皇子が議会を欠席したかと思えば、実は身柄を拘束されてしまったそうで……。
「ホンノー様には事実隠蔽罪の疑惑がかけられているそうなんですよー」
「事実隠蔽罪?」
「具体的に言えば以前に配信した動画から『この村の存在をずっと前から知っておきながらわざと世間に知らせなかったのでは?』って不信に思われているそうですー」
そう言ってかぶりを振るアヅチ嬢。さすがにあのままではまともな話も出来ないので、こちらで用意したツルペタの服に着替えてもらった。
年齢はそれこそ200歳以上離れているのにサイズぴったりなのは何も言うまい。
それよりふたりが知り合いなのに驚いた。なんでも書架ダンジョンで一緒に冒険したらしい。
そしてツルペタがナイスバディ魔法の魔導書を見つけたのに対し、クソ皇子とアヅチ嬢は何回ダンジョンに潜っても断章しか見つけられず、仕方ないからそこから事実を推測しようかと地上へ戻ったところを上記の理由で王国兵に捕まってしまったのだそうだ。
「すみません、私のせいで殿下にまでご迷惑を……」
「いえー、こちらこそ迂闊でした。こうなる可能性はあったのに、動画をそのままにしてしまうなんて」
「で、あいつはどうなるんだ?」
「おそらく罪が確定になれば極刑になっちゃうかとー」
「マジで!? そんな、エルフ村ひとつ隠したぐらいで殺されるのか?」
「普通はそこまで厳しい罰は受けませんよー。ですがホンノー様は王族です。国民に信頼されてこその王族、民を騙す行為は死に値するんです」
そんなこと言ったら、あいつは王都の人たちの前では猫を被ってやがるんだろ。それこそ詐欺じゃん。極刑じゃん。
「というわけで、ホンノー様を助ける為に私を貰ってください、アスベスト様」
「えっと、ごめん。正直、その言葉の意味がよく分からないのだが。貰うって奴隷としてって事?」
「アスベスト様は私を奴隷にしてあんなことやこんなことをしたいのですかー?」
「まさか! そんな邪な考えは決して」
「ですよね! なので奴隷ではありません」
「じゃ、じゃあやっぱり……」
「はい! 私をお嫁さんとしてもらって欲しいのですッ!」
や、やはりそうなるのか……。
うーん。あのクソ皇子を助ける為、自分の身を差し出して助けを求めるというのは、なかなか出来ることではないと思う。アヅチ嬢の献身精神は素晴らしい。
それに彼女の魔法の実力は対バスターフレイムドラゴン戦で実証済み。あの力が加われば、村を守り抜くことも俄然現実味を帯びてくる。
でもなぁ。
「結婚? アヅチさんと結婚ってどういうことなの、アスベスト……?」
さっきまでしょんぼりとしていたツルペタが、その一言を聞くやいなや凄まじい目力で俺をじろりと睨みつけてくる。
「いや、俺も返事に困っていると言うか……」
「困る必要なんてないんじゃないかしら。だってエルフと人間では子供を作れないわけだし」
「それはそうなんだけど……」
「それに私という婚約者だっているじゃない」
「だけどアヅチさんの魔力があれば村が……」
「……へぇ」
すぅーとツルペタの目が細くなっていく。
い、いかん。これはツルペタが激怒する時の前兆だ!
それは忘れもしない俺がまだ100歳にも満たない子供だった頃の夏、ちょっとした悪戯心でツルペタの服の中に蝉を入れたら、それはもうトラウマレベルでめちゃくちゃ怒られたことが――。
「ご、ごめんなさい、ツルペタさん!!」
ツルペタ火山の大噴火に恐れ慄く俺。
そんな俺を助けようとアヅチ嬢が敢然と立ち向かう!
しかしそれはまさに水に熱々の油を注ぐようなもの。下手したら人間たちが燃やしに来るより一足早く、俺が骨の髄まで燃え上がってしまうゥゥゥ!
「ツルペタさんがアスベスト様をどれだけ愛しておられるかは知ってます。でも、ホンノー様を助け出すにはもうアスベスト様に縋るしか私には方法がないのですよぉ」
「だからって結婚する必要はないんじゃないかしら」
「ですが何も対価を差し出さないでホンノー様を助けて欲しいなんて、厚かましいじゃないですかー」
「だったらアヅチさんの力で村を守ってくださるだけでいいです。それだけで十分お釣りが来ますもの」
「うっ。で、でも、それでは私がホンノー様に叱られてしまいますよー。『吾輩の命がエルフ村ひとつとは安く見られたものだ』とか何とか言って」
ああ、間違いなくそんな減らず口を叩きそうだな、あいつ。
でもその前にアヅチ嬢をお嫁に貰ったりしたら「アスベスト君にアヅチを寝取られた!」って大騒ぎしそうだ。
そうだ、そもそもクソ皇子はアヅチ嬢のこの申し出を許可しているのか?
以前にアヅチ嬢から聞いた話では、彼女は赤ちゃんの頃、とある遺跡にて泣いているところをクソ皇子の父親たちに拾われたという。
それからはクソ皇子の侍女として育てられたと聞いているが、そのような身である以上、主人であるあいつが認めない限りは結婚なんて出来やしないのではないだろうか?
これはちゃんと確認しておく必要が――。
「アヅチさん、ホンノー殿下を助ける為に結婚しなきゃいけないってのはフェイクですね?」
と、ツルペタがいきなりそんなことを言い出した。
「本当は殿下なんてどうでもよくて、ただアスベストと結婚したいだけなのでしょう?」
「そ、そんなことないですッ! 私は本気でホンノー様をお助けしたくて」
「ごめんなさい、言葉が過ぎました。殿下を助けたいというのは本心ですよね。でも、アスベストとの結婚はあなたの願望だわ」
「う、うう……そ、それは……」
「いいんですよアヅチさん、あなたがアスベストに惹かれる気持ちはよく分かるわ。だってアスベストほど素晴らしい人はこの世にいないもの。なんせアスベストときたら昔から有言実行。一度口にしたことは必ずやり遂げる立派な人だったわ」
「え? アスベスト様は何度もホンノー様を殺すと言うものの結局今まで殺せていないヘタレですけど……」
「それにどんな困難にも真正面から立ち向かう堂々とした人で」
「ホンノー様を村から追い出す為に村中の人を巻き込んでゾンビの小芝居を打つなんてセコいところがあるなぁと思うんですけど」
「些細なお金の貸し借りも気にしないおおらかな性格で」
「でもいまだに10万ゴールドを返してもらえないことを根に持っておられますよね、アスベスト様って」
「ちょっとアヅチさん、それじゃあまるでアスベストが何一ついいところのないダメエルフみたいじゃないですか!」
「ダメエルフじゃないです! まぁ、ダメなところはいっぱいあるけれど、代わりに素敵なところもいっぱいあるんですー!! だから私はそんなアスベスト様の事が好きになってしまって」
「ほらやっぱり」
「あ……」
巧妙なツルペタの誘導(?)に見事アヅチ嬢が引っ掛かった。
もっともその誘導で俺のプライドはズタボロに引き裂かれてしまったわけだが。
そ、そうかぁ俺、アヅチ嬢にヘタレとかセコいとか守銭奴とかダメなところがいっぱいあるとか思われていたのか……。
最後の「好き」の一言だけではリカバー出来ないぐらいに凹むわぁ、これ。
「アスベスト、女の子ってのはね、人間だろうとエルフだろうと、たとえこんな小さな子であろうと怖い生き物なのよ。覚えておいて」
「あ、うん」
てか、ツルペタも怖いんだけど。
「アヅチさんも、アスベストのことが好きならそんな卑怯な手を使わずに正攻法でいらっしゃい。アスベストにはそっちの方が効果的だって、きっとあなたも分かっているでしょう?」
「…………」
「殿下の事なら大丈夫よ。私たちだってお世話になっているのだから救出作戦に力を貸すわ」
「…………」
「でもその為にはまず村を人間たちから守らないと――」
「分かりましたッ!」
ツルペタの誘導による本音告白後は顔を真っ赤にしてうな垂れていたアヅチ嬢が突然、大声とともに顔を上げた。
「おおっ! ありがとうアヅチさん、村を守るのに協力してくれるのか!?」
「はいっ!」
やった! 結婚せずにアヅチ嬢という貴重な戦力をゲット!!
「でもその為には私と結婚してくださいね、アスベスト様ぁ!」
「はいいい? いや、だってそれはさっきの話で終わったんじゃ?」
「はい、ホンノー様救出の手助けの為に結婚するのは諦めました。ですから今度は村を守って欲しかったら私と結婚してくださいっ!」
なんですとー!? なんでそうなった!?
「だってツルペタさんがさっきそう言ったじゃないですかー。アスベスト様には正攻法の方が上手くいくって。言われてみればアスベスト様って代償を支払わなくても勝手にホンノー様を助けてくださるような方ですよね。そして何よりも村を守り抜くのが大事って考えのアスベスト様なら、こうすればアヅチときっと結婚してくれるはずですー」
ただでさえ綺麗な目をキラキラさせてアヅチ嬢が言い切った。
その隣りでツルペタがジト目でこちらを睨みつけてくる。
……なんてこった。事態がさらに悪化したぞ。
どうすりゃいいんだこれ?
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