第21話:浮かれるエルフ

 タイカ王国・ダイエンジョー森林。

 王都にほど近いこの森にある我らエルフの隠れ里は今、空前の新築ラッシュに沸いている。


 村は朝から夕方まで木材を削ったり、楔を打ち込んだりする音で満たされ、どこへ行っても木の香りに満たされていた。

 日が暮れると仕事を終えたエルフたちが一斉に酒場へと繰り出し、夜遅くまでどんちゃん騒ぎが続く。


 正直な話、バスターフレイムドラゴンのブレスで村の半分が焼け野原になってしまった時は絶望しかなかった。

 復興したくとも村の予算を考えれば少なくとも数十年はかかる。さらにこの惨状を見て、村を出て行く若いエルフも数多くいただろう。

 まさにエンジョー村過疎化待ったなしだ。

 

 が、それを救ったのもまたバスターフレイムドラゴンだった。

 討伐した皇子がその死体を何でも屋に持ち込んだところ、なんとエンジョー村の年間予算100年分で売れたのだ。

 それを丸ごと迷惑料としてこちらに支払われたものだから、落ち込んでいた村人たちはたちまち元気になった。


 そして議会でありとあらゆる建築議案がかつてないほどの速さでどれも承認され、村の復興作業が急ピッチで行われている次第である。




「へぇ、そんなことがあったんだ」


 俺の説明を受けたナナカマー様が、村の変わりように驚くあまり外れてしまった顎を何とか元に戻しながら言った。

 

「あたしはてっきり次のエルフオリンピック会場に決まったのかと思ったよ」

「あ、いいですねそれ。今度、立候補しましょうか。競技場とか選手村とか作って」

「あー、相当に浮かれてるね、村長くん」


 浮かれている? いや、そうではない。俺はこの降って湧いたチャンスを、村の発展へ最大限に活用したいだけだ。

 ちなみに来月には焼き芋大会を企画している。今年は村の畑で作っていた芋も豊作になりそうだし、予算もあるから派手にやりたいところだ。

 

「しかし、たかがバスターフレイムドラゴン一頭の売却値段が年間予算の100年分だなんて、苦労してるんだね、この村も」

「なんでもクソ皇子が倒したことに付加価値があるそうで、普通よりも数十倍高値で売れたらしいですよ」

「ああ、なるほど。そういうことか」

「だから素材にするのではなく、剥製にして売り出すそうです」

「あの皇子、人気者だしね。それに王族関連の記念品を所持しているとなると、多少無理めな金額を払ってでもその価値はあるか」

「あと剥製と一緒に王国お抱え彫刻家による皇子の銅像と、皇子のプレミアムコンサートへのチケット最速申し込み券が付くそうです」

「ふーん。あ、銅像と言えばさ、せっかくお金があるんだからこの村にも立てたらいいんじゃね?」

「え? いやぁ、そんな。さすがにそれはないですよ」

「いやいや、よく考えなよー、村長クン。村の中央広場に英雄の像を立てたら、村人たちは毎日それを見るわけじゃん? そうすればみんな『ああ、今日も一日この人みたく偉くなれるよう頑張ろう』と思ったりするわけじゃないの」

「えー、でもそんな、さすがに銅像はやりすぎですよー」

「そんなことはないぞー。それだけの世間的貢献をしているしな。なんせかつては世界を救――」

「だって照れちゃいますよ、俺の銅像だなんて!」

「……あー、やっぱり浮かれまくっているね、君」


 銅像……銅像かぁ。考えたことなかったけれど悪くないな。

 予算はまだまだ残っているし、ナナカマー様がなんだか急に白けたような目をしているけれど、彼女の一押しがあれば議会もきっと納得するに違いない。せっかくだから前向きに検討してもいいかもしれないな。


「しかし、そうかそうか。バスターフレイムドラゴンも倒せるほどになったかー」


 と、ナナカマー様が突然に話題を変えてきた。

 うーん、銅像の話を続けたかったのだが。仕方ない。


「ナナカマー様はあいつを狙ってるって以前に言ってましたよね?」

「そう。あれの魔力はなかなか興味深いんだよ。あたしの弟子にしてやってもいいと思うぐらいにね」

「そこまでですか。性格はあんなだけど凄いんだな、あいつ」

「そうだね。もっとのびのびやれるともっと成長するんだけどなー」


 え? あれ以上自由にされたらこちらはたまったもんじゃないんですけど?

 あ、でも王族だから行動に色々と制約があったりするのだろうか?

 

「まぁとりあえず君と仲良くやっているようでよかったよ。君、若いのに頭は古臭いエルフジジイそのものだから、村から追い出そうとしてるんじゃないかって心配してたんだよねー」

「エルフジジイの頭で悪かったですね! 確かに追い出そうとしてますよ。だってうちの村を燃やそうとしているんですから」

「だけど実際はこうやって村が発展を遂げているんだからいいじゃん」

「結果論ですよ、それは」

「結果論でいいじゃん。結果は大事だよー。よく経過こそが大事だって言うけどさー、そんなのは結果を出したからこそ言えるものなんだよね。つまりは結果の継続性を高める為に経過を大事にしているわけ。となると、これまでの結果(村に起きたこと)を考えたら、あの子と関係を保ち続けることこそが正解ってなるよねー」


 いやいや、ナナカマー様のお言葉とは言え、さすがにこれは詭弁過ぎる。

 だいたい前に新庁舎をくれたことも、今回の一件も、結局のところはクソ皇子のきまぐれにすぎない。そういう意味では仲良くしていればこれからも気まぐれを起こし続けてくれる可能性もあるけれど、所詮気まぐれは気まぐれだ。何の保証もない。村を全焼されてはいおしまいってことも十分に考えられる。

 

 その最悪な結末を回避する為にも、やっぱり皇子との縁を断つのが一番だと俺は思う。

 それこそあいつが村を燃やそうとするのをやめたら話は別なのだが……あ!

 

「そう言えばナナカマー様は人間が何故エルフの村を焼こうとするのか、その理由を知っておられますか?」

「んー、楽しいからなんじゃないのー?」

「そんな理由で燃やされたら困るんですけどッ!?」

「でも盛大に燃え上がる光景って気分が上がるじゃん? エルフの村なんて特に燃えやすいし、お祭り気分を演出するのに最適だと思うけど」

「お祭り気分で村を燃やされたら、さすがに俺たちが不憫すぎますッ! いや、そうじゃなくてね、皇子がその理由って奴を調べてるらしいんですよ」

「へぇ。そりゃまた酔狂なことをするね。人間にとってエルフの村を燃やすのはほとんど本能的なものだと思ってたけれど」

「でも調べてたら他の皇子から邪魔が入ったらしくて。そこまでして隠す理由があるのかな、と。ナナカマー様ならそのあたり何か見当ついたりしませんか?」

「幾らあたしが長生きだからってそんなの知るわけないだろー。そもそもあたしが子供の頃だってエルフの村は人間たちに燃やされて……あ、あれ、そう言えばあの頃はまだそんなことなかったっけか」

「ほらー。やっぱり何か理由があったからこそ、人間は俺たちの村を燃やそうとするんですよ」

「ええー? なんだろ? 全然思い出せない」

「頑張って思い出してください、ナナカマー様」

「ううっ、そんなこと言っても何千年前の話だと思ってんだよー。そんなの覚えてなくて当然じゃろう? はて、朝ご飯は食べたかのぅ?」

「ボケたふりして胡麻化さないでくださいッ!」


 ああ、もう! やっぱりクソ皇子と同じかそれ以上に疲れる人だな!

 

「すまん。マジで覚えてない。これでも記憶力には自信があるんだけどなー」

「はぁ、そうですか……」

「と言うか覚えてないというより、そもそも知らないような気がするんだけど……あ、思い出した」

「え、思い出したんですか!?」

「うん、を思い出した!」


 お約束かッ!

 

「ほら、前に魔王を倒して村に戻ったら結界を張ってくれって村人に頼まれたって言ったじゃん? あの時に『最近は人間が村を燃やしにやってくるからさぁ』って言ってたんだ。あの時はつまらない喧嘩でもしてんのかなと思ったんだけど、そうか、あたしたちが魔王を倒しに極北の世界を彷徨っていた10年間に何かがあったんだ」

「で、その何かは分からない、と」

「そう! えへへー」


 数千年生き続ける妖怪エルフが照れ笑いを浮かべる。見た目は若くて可愛いんだけど、もう騙されないぞ俺は!


「ただ、言われてみれば確かにその辺りからだよねー。人間の間でエルフが悪者にされる話が広まったのって」

「そんなのがあるんですか?」

「今となっては昔話の類だけどね。例えば若い男のエルフの吟遊詩人が街の人間の女性を全て連れていってしまった話とか、毎年ひとり若い女性を生贄に差し出せと魔王エルフが要求する話とか」

「魔王エルフってなんですかそれ?」

「あたしに言われても困るってば。おかげで一時期は旅するのも大変だったもんだよ。こちとら世界を救った勇者のひとりなのにさ、エルフってだけで石ころを投げつけられたりするんだよ。ひどくない? ひどいよねー」


 それでもナナカマー様やエルフの冒険者が各地の困っている人間たちを助けてあげたり、街に住み着いたエルフが真面目に働いたりし続けたおかげで種族そのものへの偏見はかなり改善されたらしい。

 

「ただ、人間たちはこの手の話を子供の頃から読み聞かされて育つものだしね。それにエルフも自分たちの村を守る為にその存在を秘匿するから、街エルフや冒険者エルフはいいエルフだけど、村エルフは人間たちに隠れて何か悪いことをしている悪いエルフだって誤解されているのかもしれない。それが結果としてエルフの村を見たら燃やして滅ぼしてしまえって思考の定着に繋がっているのかもねー」


 なんともやりきれない話だった。

 そもそもは人間が勝手にエルフを悪者に仕立て上げて村を燃やし始めたのだから、俺たちは自衛のために村を隠すようになった。

 なのに隠れて悪いことをしているに違いない、やっぱりエルフの村は燃やしてしまえってなるなんて、だったら俺たちは一体どうすればいいのか?

 その誤解を解こうにも結界を解除したら絶対燃やしにくるくせに。

 

「まぁそんなわけだからどうしようもないよ。ただ、その起源を求めるのはなかなか面白い話だ。おおもとの原因が分かり、それを解消することが出来れば状況も変わるかもしれない。皇子に頑張ってもらうしかないね」

「でも答えが見つかる前に皇子自身がうちの村を焼き払ってしまう可能性もあるんですけど」

「スリル満点でいいじゃん」


 どこがいいんだか。

 

「あー、そこでひとつ。村長クンには悪いニュースがあります」


 呆れているとナナカマー様が少し真面目な表情をして切り出してきた。

 

「実はこれを伝える為に今日はやってきたんだけどさー、近々この村を何か大きな災難が襲うかもしんない」

「災難って……この前、バスターフレイムドラゴンに襲われたばかりなんですけどッ!?」

「うん、それと同じぐらい、いやもしかしたらそれ以上の危機が迫っている可能性があるかもと、王都の母ことノートルダム・テラコ先生が仰っているんだよ!」

「あ、そいつ知ってます! 確か今日の運勢で『エルフの村人はいっそ村を焼かれてみて』とか言ってたヤツでしょ!」

「ちなみにノートルダム・テラコは、あたしの霊体分身のひとつなんだけどね」

「あんたなのかよっ!」


 もうヤダこの人、クソ皇子以上に性質が悪いッ!!!

 

「まぁとにかくさ、なんかやばそうな感じがするから気を付けなー。あたしも故郷が無くなるのは寂しい」

「だったらナナカマー様も手伝ってくださいよー」

「それがさー、占いではあたしの手には負えないって出てるんだよねー」

「だったら俺にも無理じゃないですかッ!」

「いやいや、そこは若者のパワーで頑張ってなんとか村を守るんだよ、村長クン」


 そりゃあ村を守るのが俺の使命ですから守りますけどね。

 でも、なんだかんだで手伝う気もなければ、曖昧過ぎて具体的なことが何一つとして分からない情報をぽーんとこちらに放り投げておいて俺にどうしろと?

 突然降って湧いた好景気に軽くなったはずの俺の肩が、またずーんと重くなったような気がした。

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